獣耳少女は誤解を解くようです(ラグ視点)
フルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢は今まで見てきた貴族令嬢の中で上位に入る穏やかさと随一のぼんやり具合で、話していてもたまに駄目だこの人、危機感とかが薄すぎると此方が心配してしまうほどで、どこの誰が言い出したかわからないレウデールの魔女だなんて仰々しい二つ名をきいて、考えた人のセンスを疑ってしまうほどだった。
「なぁ、レウデールの魔女と仲がいいらしいけど大丈夫か?」
教室に入るなり、男子生徒が数人やや物々しい表情で私に詰め寄ってきて思わず殴ってしまいそうになるのを堪えて、いやこらえきれずため息を厭味ったらしく息を吐いてから答えた。
「質問の意図が分からないんだけれど、それはどういう意味?」
「だって、侯爵家を滅ぼした張本人だぞ?」
恐る恐る、まるでフルストゥルさんが本当の魔女のように言うその様に、後ろでは調子に乗ってる男子生徒が仰々しい雰囲気で魔女の雰囲気を出しているが、それがフルストゥルさんの真似だとしたら馬鹿馬鹿しい、あの人をたとえるとしたら完全に室内で飼いの大人しい猫っていうのがぴったりだろう。
それくらいあの人は、華やかな顔立ちに反して大人しいし、あまりにも他人のことに興味があまりなさすぎる。
「……その侯爵家がフルストゥルさんに何をしたか知ってるの?」
その一言で、その男子生徒以外にも聞き耳を立てていたクラスメイトがいる中で兄から聞いた聞きかじりの情報を呼び起こし答えた。
「無理やり首都に来させてこの学院に入学させてアフターフォローは一切なし、婚約者としての義務は一切果たしてくれないのに婚約者としての振舞を要求される……あぁ、会うたびに罵倒される、暴力を振るわれるなんてのも聞きましたね」
その証拠を見た兄さんは、あまりのことに閉口していたなぁ、と思い出しながら誤解と偏見にまみれていたクラスメイト達が、どよめいているのを見て、やっぱり何も知らないくせに好き勝手言っていたんだなぁと呆れつつ続けた。
「……フルストゥルさんが兄さんのところで要求したのは、婚約破棄と普通よりやや高い慰謝料くらいでしたかね?あぁあと接見禁止もだったのかな?請求した額はもちろん侯爵家が生活できる範囲だったし、婚約者と関係をもった令嬢らの家門にはあまり請求はしなかったみたいですし……」
そこまで言うと、校門の前で向けていた敵意は何処に行ったのか一気に表情が青ざめていくのを見て、だったら最初から調べなよと呆れた気持ちで呟いた。
「もしかして、何にも知らないで魔女だなんだって騒いでたんですか?場合によっては訴えられますよ?」
そもそも、平民が貴族に逆らったらどうなるかなんてわかりきっているだろうし。
数回しか見たことないが彼女の使用人たちが、彼女がいいよと言っても情け容赦しないだろうなというのは想像するに易かった。
「そういえば、フルストゥルさんが一番仲良くしてる令嬢はたしかロゼットロア公爵令嬢でしたかね?あー怖い怖い、公爵家を怒らせたらどうなっちゃうんだろー」
わざとらしい口調でそういうと、ようやく事の重大さに気づいたのか、彼らの表情から血の気が一切なくなり後ずさりしていた。
「う……」
「まさか、赤髪の聖女様のために危害を加えようとか思ってませんよね?やめた方がいいですよ?完全に冤罪ですし、お先真っ暗確定ですよ」
「……そ、そうか、ありがとう」
私にしてはかなり喋ったな、と思いながら何かを制止するように手を翳して答えた。
「だから心配はご無用、むしろノーサンキュー」
「そ、そうか……なぁ俺たちのこと誰かに言ったりとか」
「しないけど……面倒だし、でももうガリアーノ伯爵令嬢には顔覚えられたんじゃない?何せ大事な友人を場合によっては傷つけようとしたんだし」
そこまで言うと同情するべきではないのだが、可哀そうに思えるくらい彼らは生気を失っていた。
何にせよ、頭の足りない彼らに、ちょっと抜けてるあの人が傷つけられる未来が回避できただけいいとしようかな。
それにしても、普段彼らはやんちゃなだけで、そんな噂だけで人を傷つけるような性格でもないのにたかだか魔女だなんて仰々しい二つ名だけであそこまで敵意をもつだなんて、と少々嫌な空気を感じ、なんにせよ赤髪の聖女とやらの求心力は恐ろしさをひしひしと肌に伝わった。
が、とりあえず今度、噂のレウデールの魔女様に、なにかおごってもらおうかなと考えるラグなのであった。
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