ぼんやり令嬢の領地での週末。
――ベルバニアよ~、私は戻ってきたぞ~。
と心の中で何か強者のような雄たけびを上げつつ、ベルバニア家の紋章の馬車を見た途端、領地内の一画、ロテュスの町は大盛り上がりとなりまして。
「お館様の末姫様のご帰還だぞー」
「姫様お帰りなさい~」
と町民の皆様から大歓迎を受けております。
まぁ私があまり首都から帰ってこないっていうのも全然ありますが、ここまで皆様が慕ってくださるのは、領主であるお父様の人望がとてつもないからだろうなぁ。
私のお父様であるチェーザレ・ベルバニアは、先代のおじい様同様、領民の生活と活性化に重きを置いていて。
まぁ私にはあまり細かいところまではわかりませんが、色々と政策とかをたくさん立てたり、目立つことといえば王家の寄付を全く受けずに学校を建てたこととか、王家の騎士の休憩所を作って領民に仕事を与えたりだとか、他にも道の整備や橋を立てたりとかしてベルバニア領内を活性化させてきた実績は尊敬でしかないものなぁ。としみじみ痛感する。
そんな熱烈な歓迎を受けつつ、屋敷に到着するとお父様がわざわざ出迎えてくれた。
「お帰り、フルストゥル」
「お父様、久しぶりです。」
私と同じ深い青い髪と青い瞳、かつて騎士だったころについた右目の傷跡は仰々しいものの、チェーザレ・ベルバニア伯爵ことお父様は、私が帰ってきたのを心の底から嬉しそうに優しく微笑んだ。
「うん、元気そうだな。オルハ、リノンいつもありがとう」
「「ありがたきお言葉です。お館様」」
リノンとオルハは深々と礼をし、その場を後にするとお父様は心配そうに口を開いた。
「手紙でも見たけど、話しって何だいフルストゥル」
「ちょっと……お父様に伝えたいことがありまして」
「私の部屋で話そうか、すまないが洋ナシとベリーのチーズタルトとレモンティーを頼む」
「はい、お館様。」
お父様は当たり前のようにメイドに私の好物を頼むと、たくさんの異国の本や、歴史の本などが所せましと置かれている書庫と思えるくらいの蔵書がある、お父様の私室へ入った。
ひいおじい様のころからある、アンティークなソファに腰を下ろし、ケーキとお茶を食べながらウォーミングアップのように、最近の出来事や本の感想などを少し話した後。
恐る恐る本題を口にした。
「お父様、これを見ていただきたいのです。」
と、婚約者様の不貞の証拠や、暴力や精神的ダメージを受けたときの証拠を、本当におびただしい数の証拠を提示した。
「……これは……」
あまりのひどさと多さに絶句しているお父様は、まさに信じられないといった表情をしていた。
無理もない、お父様はまだ仲が良かったころの私たちを知っているし、私が何にも言ってこなかったからこそうまくいっていると信じていたのだろう。
あまりのひどさにため息が止まらない様子だ。
「……お父様、もしかしたら私が力不足だったのかもしれませんがもう耐えられません」
「フルストゥル」
「ごめんなさい」
「いいや、フルストゥルお前は何もわるくない、むしろここまでよく耐えた気づいてやれなくて」
言いながらお父様は優しく頭を撫でてくれた。
その途端、今までの苦労からか、それとも安心からか涙が出そうになるのをぐっと堪え、言葉を発する。
「じゃあ、婚約は」
「勿論破棄する、すぐにブランデンブルグと話し合う機会を作ろう。」
「お母様には……」
「ティアには私から言っておく」
「ありがとうございます。」
「もし、私の力不足だと言われてしまって逆に慰謝料とかがかかる場合微力ですけど一部払わせてください。」
そのために王宮に通ったり、軽いビジネスをしてることをいうと、お父様は優しく抱き締めてくれた。
「フルストゥルは偉いな、でもこれはお父様の仕事だ。お前はなんも心配しなくていい、そのお金はこんなことに使わなくていいんだ」
「こんなこと?」
「あぁ、あんな奴のためにフルストゥルが頑張って稼いだお金を使うことはない、それはもっと大事なことに使いなさい。」
普段、とても温厚で人を卑下するような言葉なんて言わないお父様の口からでた言葉に、驚くも優しく微笑みかけるその表情に安心した。
何より味方でいてくれるだけでなく、私の不出来を指摘するでもなく、ただただ優しく接してくれることがとても嬉しく、また泣きそうに鳴ってしまうがなんとかこらえ頷いた。
「…疲れただろう?ゆっくり休んできなさい。」
「はい」
お父様に優しく言われ部屋に戻ると、肩の荷が降りたせいかどっと疲れが押し寄せ思わずベッドに仰向けになった。
――あぁ、案外呆気なかったな、何ならもっと早くにこうしておけば、あんな嫌な思いもし続けることもなかったんだろうか。
そんなことばかり頭に浮かんでは消え続けるなか、ひとつだけわかったのは、私は多分どこかで幼いときの優しい思い出を忘れられなかったからこそ。
いつか、優しいレヴィエ様に戻るのだと叶うはずのない願望を抱いていたのだろう。
だから、なかなか婚約破棄をしたいと踏み切れなかったのか、そうか私あんなひとに期待なんて無駄なことしていたんだな。
……と、考えれば考えるほど、虚しくしかならない結果を無理やり受け入れるのではなく、取り敢えず一回心のすみに置くだけ置いた。
「お嬢様、夕食です」
「ありがとう」
多分、お父様の気遣いで、部屋まで食事を運んできてくれたのだろう。
私は昔から一人が好きで、食事も喋りながら家族で、というより一人でもくもくと食べることが性に合っていた。
幼少期に、マナーに厳しかった母からすごい怒られながら食事をとったことや、兄や姉のように毎日褒められるような功績もなく、二人が褒められるのをみて劣等感を感じた時もあり、あまりたのしい思い出はそこまでない。
まぁ、家族仲は悪くないから、ただ私が偏屈なだけなんだろうけども・・・。
お父様はそれを知っていて、今日はあらかじめ手配してくれたのはとてもありがたいと思うと同時に、仕事を増やして申し訳ないなと感じ、エマに声をかけた。
「ごめんね エマ、仕事増やして」
「大丈夫ですよ お嬢様、それよりオルハは迷惑かけてませんか?」
私がエマ、とよんだこの褐色にすこし癖のある金髪を、サイドテールが特徴的な灰色の瞳をしたメイドは、私の従僕のオルハ・アクイラの姉、エマ・アクイラ。
オルハ曰く。
「世の中の男は姉という存在に夢見すぎなんすよ。」
といっていた。
なんなら
「も~仕方がないなぁ~って甘やかしてくれる姉なんて幻想なんですよ、お嬢」
ともいっていた。
私も姉はいるけど、年が離れてるせいか鬱陶しいと感じるほど甘々対応だけど、オルハとエマは年が近いからなぁ~。
しみじみ思いながら、多分これもお父様の気遣いなんだろうか、それとも料理人の手配なのか私の好物ばかりが並んでいた。
「お嬢様、食後にはプリンがありますよ。」
「今日ケーキもたべたのに、太っちゃうよ。」
「毎日じゃないから大丈夫ですよ。」
エマはそう笑うと部屋を後にした。
私は、久しぶりのベルバニアでの食事をのんびり味わったあと、きっとこれもお父様の差配なのか、入浴後じっくりとマッサージをされ、極楽気分のまま移動の疲れも相まって、すぐに寝てしまった。
その翌日、領地でのんびり過ごす予定だったので、午前中に馬舎にいくと、久しぶりに会う愛馬が変わらない姿でそこにはいた。
元気そうなその姿がとてもうれしく、思わず駆け寄る。
「わぁ~元気してたぁ?アントワネット~ごめんねぇ最近これなくて」
アントワネットは、私の10の誕生日に贈られた黒い毛並みの馬で、とても穏やかで優しい馬で親ばかみたいなことを言うが、とてもきれいな馬だと思う。
そんなアントワネット撫でながらいうと、アントワネットは優しく顔を近づけてきた。
まるでいいんだよ、といってくれてるようだった。
「マークスさん、いつもアントワネットのお世話ありがとう。」
「いいえ 末姫様の大事な友達ですからね、こんなじじいにはすぎたる光栄ですよ」
「そんなことないですよ。」
この優しい年配のおじいさんはマークスさん。
お父様が少年のころから仕えてくれてる。
主に厩舎での仕事をしている方で、私を孫のように優しく接してくれる。
その優しさは動物にも伝わっているのか、ベルバニアの屋敷にいるどの動物も彼になついてる。
「ちょうど昨日馬蹄も変えたんですよ、久しぶりに乗ってきますか?」
「そうだね、ちょっと走ろうかな、いい?アントワネット」
アントワネットは嬉しそうにかるくいななくと、マークスさんはほほ笑んだ。
「よかったなぁ アン」
「じゃあいってきます。」
久しぶりの乗馬はブランクのせいか、もっと疲れるかと思ったがさすがアントワネット、ゆっくり走ってくれたおかげか体に負担は全然かからなかった。
「ありがとうねぇ、アントワネット」
乗り終わりお礼を言うと、アントワネットは何度も何度も顔を近づけてきて、それが可愛くて可愛くて、正直休み明けに首都に帰るのがおっくうに思ってしまった。
泣く泣くその翌日、惜しまれつつ首都に戻ったのであった。
フルストゥルがあまり領地に帰ってないのはブランデンブルク侯爵家での淑女教育が大きい理由です。でも一応月に2回程度は最低でも帰ってきてます。
いつも読んでくれてる皆様、初見の方閲覧ありがとうございます。
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