ぼんやり令嬢はそれなりに落ち込んでるようです
アイン様は残念そうな表情を浮かべた後に、すぐに私の頭を撫でた。
「……災難だったわね」
髪を優しく梳きながら、アイン様は心から心配そうに眼を細めた。
「ありがとうございます。心配かけてすいません」
「大丈夫?無理だったら全然やすんでいいからね」
「大丈夫です。ありがとうございます」
アイン様の言葉は本当にありがたいけれど、自分の機嫌一つで、仕事を投げ出していいとは思えず、にこやかに答えた。
先ほど不意にとはいえ涙が出たせいか、表情がぎこちないかもしれないが、そこにつっこまれずにほっとした。
「そうならいいけど、明日は結果発表と食事会だし、警護もしっかりしているから、昨日みたいなことは起きないと思うから」
「はい」
アイン様は、その後もいろいろと気遣ってくれたが正直、今日途中で抜けさせてくれ、気分転換できただけでも大分心が楽になったから、これ以上便宜を図ってもらうのは申し訳ないなという思いから頷いた。
「とりあえず今日はありがとう。ゆっくりやすんでね」
「失礼します」
「ニーチェ、送ってってあげて」
「はい」
……流石に、さっきちょっと泣いたの多分ばれてるんで、気まずいからって理由で辞退はできないかなと、思ったけれど、逆にそれが一番失礼じゃないか?それ、という結論に秒速でたどり着き、アイン様の言うことを素直に聞くことにした。
元々、逆らう気なんてこれっぽっちもないけれどと補足した後に、ニーチェさんに手をつながれそ、のままその場を後にした。
「……」
「……」
どうしよう、何か話した方がいいのかなとか、いつも何喋ってたっけとか、色々考え、何にも思い浮かばない代わりに、相変わらず、流石王宮の調度品は趣向が凝っているなぁとか、この絨毯は何処の職人が作ったんだろうかとか、そんなことばかり考えているうちに、門の近くまでついてしまった。
「アーレンスマイヤのタウンハウスまででよろしいですか?」
いつもの御者さんが、一応の確認で聞く質問に、いつものように答えようとすると、ニーチェさんがそれを手で制した。
「いや、ハイルガーデン男爵家で」
「はい?」
「うん?」
ニーチェさんの言葉に驚く私と御者さんをよそに、ニーチェさんはにこにこと続ける。
「嫌か?」
「いえ……そんなわけでは」
御者さんは少したじろぎながら答えているなか、私はいつもとは違って、先にハイルガーデン家に行くのかなくらいにしか考えず、そのまま竜車にエスコートされるまま乗った。
「いやぁ、今年も盛り上がりましたねぇ」
「そうですね 今年は結構参加人数も多かったですし」
きっと、内部であんなことがあっただなんて知らないからこその、素直な感想を御者さんが言うと、ニーチェさんがにこやかに答えた。
「あぁ確か、少し規制が緩やかになったと聞いてますよ。やっぱ人数がいると盛り上がりますね」
「違いない」
ニーチェさんがにこやかに答えると気をよくしたのか御者さんは続けた。
「ところでニィリエ様は参加したことは?」
「ほとんどないかな?ずっと秘書業ばかりだよ」
「もったいないですねぇ。騎兵としてかなり優秀なのに」
「ありがとう。でも俺は、こういうののほうが性に合ってるよ」
ニーチェさんが、騎兵というのを知らなかったため意外だなぁと思いながらも、先ほどの沈んだ気持ちは何処へやら、騎兵隊の隊服を着たニーチェさんを想像して、絶対に似合うなと確信していると、今度は私の方を見てきた。
「ベルバニア伯爵令嬢も、ニィリエ様のかっこいいところ、みたいですよねぇ?」
「え?あぁ……はぁそうですね」
そんなこと、考えたことも無かった……。
多分、ニーチェさんが仮に参加してたとしても、怪我しないか心配で、気が気でなくなっちゃうだろうなぁ、という思いから、曖昧な返事をするも、相手は特に気にならなかったらしく、そのままなんとなくな会話が続き、いつの間にかハイルガーデン男爵家に着いた。
御者に礼をした後、ニーチェさんに促され降りるも、はて、どうすればいいんだろうと見上げると、ニーチェさんはそれに気づいたように手を握ってきた。
「少し、話そうか」
「……はい」
そうして、いつかエフレムさんといった職人街を少し歩いたさきにある丘までいくと、街の明かりがよく見えた。
「綺麗」
「だろ……よくへこんだらここにくるんだよ」
その言葉を聞いて、あぁやっぱり気づかないふりをしてくれていただけで、うっかり涙が出てしまったことを、ニーチェさんは分かっていたんだな。
きっとわかっていたけれど、私が、そこに触れてほしくないというのも見抜いて触れなかっただけなんだと気づき、元々なんの勝負もしてないけど、やっぱり敵わないなぁと思いため息が漏れた。
「……そのままため込んで帰っても 余計皆を心配させるだろ?」
「う……」
確かに、リノンやエマ、オルハにはすぐにばれそうだし、エフレムさんも勘がよさそうだし、ものすごく気を使われそうだな、と考えるたびに、申し訳ない気持ちが湧き出てきた。
それと同時に、いや だからとはいえニーチェさんに自分でも処理できない気持ちをぶつけるのはいいのんだろうか?
婚約者とはいえ仮だし、そもそもあって一年も経っていないし、それを言ってしまったら、幼いころから顔見知りだったレヴィエ様にも、言ったことも無い。
家族にさえ口を噤んできたからこそ躊躇ってしまう。
正直、自分が逆の立場だったらどうしてだろうと思うも、答えは出なかった。
「俺じゃ頼りないか?一応年上なんだけど」
「いやいやいや、そういうわけではなくて……えっと」
「冗談だよ。それにちょっと俺が話したかっただけだから」
気にしなくていいよと、わたわたする私をなだめた後に、ベンチにハンカチを敷いて座るように促されるままに座った。
「すいません」
「すごい縮こまるじゃん……。いいよ怒ってないよ」
そうして、ニーチェさんに宥められてから少しして、思わず本音が出てきた。
「なんというか、色々とありすぎて疲れちゃいました」
「……本当に色々あったよなぁ」
ニーチェさんは同意した後に、一度頷いてから、私の背中をとんとんと優しく叩いてくれた。
「……俺は、フルルのお陰でとても助かったけど、フルルにしてみたら大変なことばかりだったよな」
「そう……ですね」
いつもだったらそんなことはないですとか、大丈夫ですとか言って流しているのに、今は何故かそれが出来ず、ただ頷くしかできなかったが、ニーチェさんは、たかだかあんなことでとか言わずに、私が次の言葉をいうまで待ってくれていた。
「……一体、どこを間違えてしまったんでしょうねぇ」
ぽつりと呟いたあとに、頭の中では、今までの色々がぐるぐる回転木馬のように浮かんできては、本当に幼稚かもしれないけれど虚しくなった。
私、前世でとんでもない大罪でも犯したのかなぁ、とぼんやり考えていると、ニーチェさんはもう一度頭を撫でてから答えた。
「フルルは何も悪くないから」
そういった後に、思わず本当にと言いかけ、喉まで出かかった言葉を吐こうとしたときに、ニーチェさんはさらに続けた。
「俺だけじゃなくて、フルルが頑張ってたことも、悪くないことも、みんな分かってるから、弱音ぐらいはいたってバチは当たらないよ」
その言葉をきっかけに、私の眼から涙がぼろぼろと滝のように出てくるのを、止めることはできなかった。
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