ぼんやり令嬢はとある葛藤と器をしるようです
「勘違いしないで、別にアシュリー様に対して恨みや怒りは無いの」
「そう……ですか」
「私にはあの国にしがみつく理由はないし、私が私生児である限りあの国に居場所はないでしょう」
貴女も知っているはず、とリーセ様は微笑みだけで暗に告げると、アシュリー皇妃はそれ以上追及することは無かった。
「……貴女、さっきはごめんなさいね」
「いえお気になさらず」
他人といえば他人だしなぁと淡々と納得しているとアシュリー皇妃はほっとしていた。
その姿を見ると、この方はロイエンタール皇帝に意見をしているところを考えると、立場、いやあの皇帝さえいなければ、リーセ様のいい友人になれたんだろうなと、勝手に考えてしまった。
「そういえば、ロイエンタール様は、貴女がここにいることを知っているの?貴女が私と関わるのを、ものすごく嫌がるじゃない」
「いえ、あの一件以来そういったことは全く」
「……そう、貴女が咎められないならそれでいいの」
どこかほっとした様子のリーセ様を見て、アシュリー皇妃は意を決したように口を開いた。
「……すべての問題が片付いたら、手紙を書いてもいいですか?」
「私に?」
意外そうに眼を大きく開くリーセ様に、アシュリー皇妃はゆっくり頷いた。
「えぇ、お嫌なら無理にとは」
「返事をするかはわからないけど……。そうね、マーリン様のお許しがでたら、好きにするといいわ」
「ありがとうございます」
「感謝されることではないわ……。フルストゥル様行きましょうか」
「え?あぁはい」
促されるまま立ち上がった後、アシュリー皇妃に頭を下げてリーセ様についていくと、そこはリーセ様にあてがわれた部屋だった。
「ごめんなさいね。無駄に歩かせてしまって」
「いえ全然、近いですし」
気にするほどでは、とほほ笑むも、リーセ様の表情は少し陰っていた。
「大丈夫ですか?」
「どうなのかしらね……」
返答になっていない返答をするリーセ様に、私は静かに答えた。
「アシュリー皇妃のことですよね?」
「えぇ 私は彼女を誤解してたかもしれませんね もしかしたら少し冷たくしすぎたかも……」
別に、アシュリー様に何をされたわけでもないのに、あんな八つ当たりのようなことをと後悔している様子に、私は余計なことかもしれないけれど、言葉をかけずにはいられなかった。
「アシュリー皇妃は少し興奮されていましたから、あぁいった物言いでないと、聞かないところはあったかもしれないですね。それにリーセ様は事実を言ったまでですし、むしろ毅然とした態度で答える姿は、私も見習わないと……」
「……ありがとう。私、心のどこかでアシュリー様のことを、この人もきっと皇帝と同じで、私のことを侮蔑してるんじゃないかって思ってたみたい。ちゃんと意見してくれているところを、目の前で見たのに」
なんとなく、なんとなくだけれど、リーセ様の言葉というより、気持ちが勝手ながら、わかるような気がしてしまった。
ずっとずっと味方のいない王宮内で、それこそ、いろんな人に陰口や直接的侮蔑を受け続けていればだれもかれも敵に見えるのはしかたがないことだと思うのに、彼女はアシュリー皇妃の無知を責めることもせず、何故助けてくれなかったのかとか、お前に何が分かるとか言うわけでもなく、ただ淡々と意見を言っただけにとどめたのは、立派だなと第三者からみれば思うが、きっと、リーセ様は今まで自分をおさえ続けていたせいか、自分の発言の正統性はあるのかとか、そういったことを考えてしまっているのではないかと、考えてしまった。
「敵意や憎悪をぶつけた訳じゃないから、大丈夫ですよ」
「……そうかしら、ありがとう」
ほっとしたようなでも、心配そうな表情を浮かべるリーセ様に、私は気分を変えてもらおうと話しかける。
「いえ、じゃあお茶にしましょうか」
「あ……冷めちゃったわよ……ね?」
申し訳なさそうなリーセ様に、私は首を横に振ってからこたえる
「大丈夫ですよ。保温魔法使ったので」
「保温……?」
そんな魔法ありましたっけと言いたげな表情に、私は少し悲しい表情を浮かべた。
「……厳密にいうと、熱風を起こす魔法なんですけどね……」
「え?」
「魔力量が少ないんですよね……」
「逆に、よくそこまで繊細に調整できますね」
「よく言われます。なんでそれはできるんだって」
主に教師に……と、少し苦い思い出を噛みしめていると、リーセ様は少し神妙な表情を浮かべた。
「いや、魔力をそこまで繊細に扱える上に、生活に落とし込めるのも才能ですよ?」
「そうですかね?」
そうですよ、とリーセ様は優しい表情を浮かべた後に、紅茶を口にした。
「うん、美味しいです」
「ありがとうございます」
そしてお互い心を切り替えるために、王立学院の生活や設備の話になった。
「へぇ そんなに設備が整ってるんですね」
「そうですね。でもものすごく広いんですよ。移動教室が本当に大変で……」
「ふふ、そうかもしれませんね」
しばらくそんな話をした後、こんこんと、ドアを叩く音が聞こえた。
「イブリス皇后、ベルバニア伯爵令嬢いらっしゃいますか?」
「…はいどうされました?」
「妃殿下がお呼びです」
「……?わかりました」
予想外のお声がけに少し驚きつつも、妃殿下をながながと待たせるわけにはいかないと、少しだけ速足で向かうと、妃殿下は柔和な笑みで迎え入れてくれた。
「急に呼びつけてごめんなさいね」
「いいえ」
妃殿下に答えつつ周囲を見ると、ロイエンタール皇帝と、アシュリー皇妃が目に入った。
やはり、レイラントのことかなと予想を立てながら、もう一度、妃殿下の方を見ると妃殿下が凛とした表情で告げる。
「ロイエンタール皇帝……。何度もイブリス皇后が進言していたのにも関わらず、旧き神の狂信者たちを放置し、こともあろうか、祝祭を破綻させようとしたこと、また、我が国民を誑かしたことについての責任を、どうするつもり?」
普段の柔和な、国母としての優しい表情や声色ではなく、上に立つものとしてのその態度に、何故か聞かれてるのは私じゃ無いのに、ちょっと喉が絞められたような感覚に陥りつつも、平常を装った。
「それは 昨日賠償金を払うことで……」
「それだけで済ませられるって思っているの?これは、貴方の怠惰で引き起こされたことでもあるのよ?そうよね」
狼狽えるロイエンタール皇帝を無視して、彼の執事に王妃が問いかけると、少し怯えた様子で執事が震える口で答える。
「……イブリス様は、何度も議題にこのことを上げていました。晩餐の時も、このままでは、国内だけでなく、他国へも影響が及ぶ可能性があると、何度も訴えていました」
「そう」
「……皇后として、意見を述べてもよろしいでしょうか」
先ほどまでの、春の女神のような、ふんわりとした雰囲気ではなく、冷静に淡々と手を上げてリーセ様、いやイブリス皇后がそういうと妃殿下は頷いた。
「今回のことソロン様の言う通り、未然に防げなかったこちらの落ち度が大きいでしょう……。わが国民が、他国の貴族を含む、国民をかどわかした。国家を揺るがす問題です。」
「……そうね」
「こちらから提案できることは、今回のことに関わった者を、全てレイラントに送ること、名目は親交のため、復興のため等名誉を傷つけない方向にしましょう。申し訳ありませんが、箝口令や、内々の処理は、そちらに任せることになってしまうと思いますが……」
つまりそれは、今回のことにかかわった方の処理をレイラントで行う。
そうすることで、狩猟祭の問題が、公になることが避けられるという、無血の策だった。
その答えを聞いた妃殿下は、にこりとほほ笑んで答える。
「流石ね リーセ」
その後に妃殿下が、呆れたような目をロイエンタール皇帝に向けていたのは、気のせいではないと思ったのだった。
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