ぼんやり令嬢の準備と駆け巡るただの事実
「お嬢ちゃん、チョコレート食う?」
「ありがとうございます。」
ニーチェさんに促され、個包装のチョコレートをもらい食べるように促される。
普通の馬車の中に感じるがまごうことなくこれは王族専用の豪華な馬車。
この場合は竜車というんのだろうか、なのだけれどその中は厳かというよりもと和やかな雰囲気だった。
「お嬢ちゃん……っていうのもあれだなぁ、フルストゥル嬢でいいか?」
「大丈夫です。」
答えるとニーチェさんはためらったように少し間を開けてから口を開いた。
「フルストゥル嬢はブランデンブルク侯爵子息のことをどう思っているんだ?」
「……うーん」
少し考えこむとニーチェさんは申し訳なさそうに首を横に振った。
「いや、答えたくないならいいんだ」
「あーいや、そういうわけではないんですけど」
まぁ、ニーチェさんが聞きたくなる気持ちはものすごく分かる。
だって、最初に会った時は侮蔑されるわ暴力振られかけてるとこ見られるし。
今回も私が暴力振られてるの聞いたし、そりゃ私が逆でも余計なお世話と知りつつ心配になってしまうよなぁ。
という気持ちがありつつも・・・。
あれ?私婚約者様のこと改めてどう思っているんだろう。
もう当たり前だが恋愛的な意味では見れないし、見ようとも思わない。
でも、婚約者様みたいに会うたびに侮蔑したいほど憎いわけでもない。
彼が他の令嬢とどんなことをしててもどうでもいいし、エスコートとかされなくても全然いい。
プレゼントとか手紙とか、一応義務として送っているけど、気持ちがこもっているかと言われてたら声を大にして否と答えられる。
だからこそ、お返しなんて最初からからもらえなくてもどーでもいいですし。
だというのに、何であんな当てつけのようなことをされなきゃいけないんだろう。
どうして私に危害を加えてくるんだろう。
「……どうしてほっといてくれないかなぁ、と」
「そっかぁ」
私がどうにか絞り出した言葉を、否定するわけでも無理に肯定するわけでもなくそう呟くと浅くため息を吐いた。
「令嬢は大変だよなぁ」
「そうですねぇ」
まぁ、婚約破棄、ないしは解消を目指してるんですけどね、と心の内で答えつつ曖昧に淑女の笑顔で答えると家に到着した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。」
ニーチェさんにエスコートされ、タウンハウスの前で下車し帰宅した後、伯父とリノンになにがあったんだと詰問されたのはまた別のお話。
翌日になると、流石王宮の湿布といったところだろうか、肩の痛みはだいぶ引いておりこれやばいもの入ってるんじゃなかろうかと心配になってしまうくらいだが。
ギャラン様曰く、いい薬草たくさん使ってるかららしい。
そんなこんなで昨日あったことをシャロに言うと・・・。
「いや、アイン様に会えたことはうらやましいけどさぁ、やたら戻ってくるのが遅いと思ったらそんなことがあったの?」
驚きと心配、時々羨望といったような言葉をかけられるが、昨日のことを思い出し理不尽さに思わず、役者のように大げさに肩をすくめながら答える。
「心配したらこれよ、流石に怖くない?」
「言う割にはいろいろと平気そうね、まぁ元気がないよりかはいいけどさ」
「まぁもうショックを受ける段階は通り過ぎてるからね」
「自分で言っててどうなのそれ」
シャロは少し怪訝な表情をするが暴力?自体にはびっくりしたし、正直怖かった。
が、婚約者様の意味の分からない発言とか、侮蔑とか、馬鹿にしてくるような表情なんかは、もうとっくに慣れてしまっている。
その程度で泣いたりだとか、怒ったりだとしたら、多分感情使いすぎてパンクしてしまいそうだしなぁ。
と、納得しつつも昨日車内で思考を整頓して出てきた答えのまま言葉にした。
「え?別に好きじゃないしなぁ」
「……ねぇ昔は仲が良かったって本当?」
「本当だよ~自分でも信じられないけどねぇ」
もはや自分でも、今の婚約者様があまりにもひどすぎて、現実逃避のために作り出した偽りの記憶だったりしないかな。
と思ったこともあるが、実家にばっちりアルバムが残っているのでどうやら本当らしい。
ちなみに侯爵家にもあります。
「まぁそれはそれとしてさぁ、どう証拠は集まってきた?」
「皆さんのおかげで大分ね、とりあえず狩猟祭前に一回侯爵様と相談しようかなって」
そういうと、シャロは意外だったのか目を見開いた。
「はぁ、そんなの大金渡されて穏便に済まされるのが落ちでしょうに」
「別に私は婚約破棄をしたいだけであってあちらに恥をかかせようとか、未来をめちゃめちゃにしようとは思ってないよ。お金で済ませられるならそれで済ませたいし」
正直婚約者様の行動には目に余るものがあるし、きれいさっぱり全てを許せるかと言われれば答えは否だけれども。
現当主であるダイアン様にはとてもやさしくしていただいたし、フィリア様もまぁ本音はアレだったがいじわるされたわけでもない。
寧ろとことんまで甘やかしてくださったし、婚約者様の姉であるユリアナ様は私のお姉さまと友人だし、それにまだ幼い弟もいる。
婚約者様のことが許せないからと言って、ただ血縁である彼らを巻き込んで破滅させるのはやりすぎだと思うし、何より彼らがそうなってしまえば、侯爵家に仕える使用人たちやその家族も生活に支障が出てしまうだろう。
本音を言ってしまえば、そこまでの人の人生を狂わせてのうのうと生活できる自信はない。
逆恨みで殺される人生は、まっぴらごめんだ。
そんな本音を知ってか知らずかシャロは仕方がないな、という風にほほ笑んだ。
「フルルらしいけどさ、まぁでも無理はしないでよ」
「ありがとう、シャロ」
「いいのよ別に それより両親には伝えたの?」
「明後日領地に戻るからそのときに」
「そう、まぁ無理しないようにね」
そうして婚約破棄の準備が着々と進んでいくなか、私やシャロが知らないところで、上級生の間ではとある噂が流れていた。
――レヴィエ・ブランデンブルクは婚約者がいるにも関わらず様々な令嬢と関係を持っているらしい――
もはや噂というよりは、れっきとした事実だがこれまで、それこそレヴィエが三年生になるまで広がることがなかった噂。
もとい、ただの事実が広まったのは約二週間ほど前、そうフルストゥルが中庭でシャルロットとマリアンの前で、思わず婚約破棄をしたいといった翌日の出来事から急速に広まっていった。
「レヴィエ様」
「……マリアン、昨日は……」
「申し訳ありませんでした!!!」
レヴィエが取り繕おうとしたのもつかの間レヴィエのクラスメイト。
すなわち、エリート中のエリートらが見ている中、マリアンはほぼ直角と言っていいだろう。
「マリアン、昨日のことは怒っていないよ、むしろ謝らないといけないのは僕の方だ。」
はたから見れば、レヴィエはいつもどうり物腰が柔らかく紳士的で器が広いように見えているだろう。
以前のマリアンだったらきっと、なんて優しいんだろうと簡単にほれ込んでしまっただろうが、頭を下げたままマリアンは言葉をつづけた。
「いいえ、私が悪いのです。」
なかなか頭を上げようとしないマリアンに、周囲のクラスメイトらも少しずつ何があったのだろうと、心配そうな雰囲気でその場を見守っているなか、マリアンは事実を述べた。
「レヴィエ様に婚約者がいること知りながら、親しくし続けてしまったこと。婚約者様に危害を加えようとしたこと、本当に申し訳ありませんでした。」
マリアンのその言葉に、聞き耳を立てていた者たちは、ざわつき始めた。
「え?レヴィエ様って婚約者いたの?」
と驚くものもいれば
「俺は、いるけど関係は冷めてるらしいって聞いたけど……」
「でも見たことあるのか?」
「ないない、だって夜会じゃいつも違う方といるじゃんか」
と、婚約者の存在に戸惑う声と、その中に混じって詮索するような声がちらほらと聞こえたとおもえば、違う方向からも声が上がった。
「正規の婚約者がいるのに危害を加えるって恥知らずよね、これだから新興派は嫌なのよ。」
「でも、婚約者がいるのなら他の女性に必要以上親しくするのってどうかとも思うわよ?」
「私が婚約者様だったら、悲しくてどうにかなってしまうわよ、普通ありえないもの」
という非難の声、主に、は礼節を重んじる令嬢らや騎士系の家門のものたちだった。
だが共通して言えるのは、彼らの瞳には、レヴィエがいつもフルストゥルに対して、浮かべていた侮蔑の感情を目に宿していたことだろう。
飼い犬だと思っていた、マリアンの思わぬ行動により、じわじわと毒のように自身の評判を落とす事実が広がっていた。
そう、これこそマリアンの、いやマリアンとシャルロットの思惑と、マリアンのフルストゥルに対しての罪滅ぼしの一環なのであった。
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