ぼんやり令嬢の怪我の功名。
固まる私に対して婚約者様は怒りとか、驚きとかそういう感情がぐちゃぐちゃになった表情をしていた。
「俺は…」
「あぁ フルストゥル嬢いたいた」
何か言いかけたその時、本当にさわやかに、それこそ恋愛小説のヒーローのようにタイミングよくギャラン様が現れた。
あまりのタイミングのよさに、うっかりときめいても罪にはならなそうだがこちらとしてはそれどころではない。
「ギャラハッド殿下」
さすがに、傲慢を極めている婚約者様でも王族に礼を尽くさないといけないことは理解しているらしい。
渋々っていうよりか、突然の登場に驚いたのか動揺を隠し切れないまま頭を下げた。
「殿下はいいよ、それよりフルストゥル嬢のことをうちの担任が探していてね、もう用は済んだかな?」
ギャラン様がそう言うと、あっさりと拘束は解けゆっくりと婚約者様とは距離を取った。
「ええ お手数おかけしました、じゃあ婚約者殿……また」
またなんてあってたまるか、私の両肩どうする気なんだと、ようやく恐怖から解放されたせいか心で叫び散らかし一礼しゆっくりとギャラン様の後ろに続いた。
廊下を歩いてるうちに、ようやく口が言うことを聞くようになったのか、素朴な疑問をギャラン様に投げかけた。
「そういえばマオ先生の用事って?」
「あぁ、あんまりにも帰ってこないから、迷子になったんじゃないかってマオ先生が心配して、俺に迎えに来させたの」
「迷子って…」
マオ先生私のことなんだと思ってるんだろう、一人で帰れますよ子供じゃねえですし…。
と反発したい一方で、いやでもギャラン様来てくれなかったら面倒なことになっただろうなぁ…。
両肩大破もあり得たし…。
しかたない、今回は甘んじて子供扱いを受けましょう。
結果ものすごく助かったことは事実ですし。
「それより、肩大丈夫か?」
「逆にどう思います?」
「疑問に疑問をぶつけてきたかぁ」
まぁバチバチに痛いんだけど泣くほどでもないかな、と思いつつなんとかその日の授業はなんとか終了し、臨時募集の仕事のために王宮へと向かった。
肩は痛いがまぁ、主な仕事は刺繍、刺繍、ひたすら刺繍のため重い荷物をもったり肩を叩かれたりしない限りは、昨日と同様に手が進めることはできた。
先ほどからおやつの補充とか物品の交換も皆様気が利きすぎて、というより私が気づかなすぎてどんどんやってもらってしまっている。
せめて皆さん家に帰っても忙しいだろうし、片づけは私がやろうと申し出ると皆さんにものすごく感謝された。
「いいの?ありがとう本当に助かるわ」
「ありがとうフルストゥルちゃん、気をつけてね。」
「ごめんね、でもありがたいわ」
と、心から感謝され皆さんを送った後、もくもくと布や裁縫道具、カップなどの片づけやごみを集めたりを魔法を交えつつ進めた。
最後にゴミ箱を焼却炉にもっていく途中でフランクな声掛けとともに肩に衝撃を受けた。
「よっお嬢ちゃん」
「ぎゃっ……いつつ」
軽く、本当に羽を触るかのようなソフトタッチだった。
それなのに、急だったことと患部に刺激がきたせいかかなりのオーバーリアクションを取ってしまったせいか、叩いた手の主、ニーチェさんは自分の手と痛がる私を交互に眺め心から申し訳なさそうにかがんで目線を合わせながら問いかけた。
「えっごめんな?痛かったか?」
「いえ、すいませんちょっと肩やっちゃってて……」
「え?大丈夫か?」
ニーチェさんが心底心配そうにしている後ろから、凛とした声が聞こえた。
「年下の女の子になにしてるんだか全く」
大袈裟に肩を落とし、ニーチェさんに呆れた視線を向けるのは、銀髪にうっとりするくらいキラキラと光を放つ紅い瞳をしたまるで女神様のような容姿のアイン・ノワルーナ・エルドラドレーヴェン第一王女。
キャシャラト国第一王女であり、ソロン王妃譲りの知性とマーリン王同様の魔力のたかさ、とある理由であまり社交界にはでてこないものの彼女を知らないものはこの国の貴族であればいないだろう。
あまりのビックネームの登場に固まる私を置いて、ニーチェさんは両手をあげて弁明する。
「誤解ですって、誤解」
「現に痛がってるじゃない、可哀想に……ごめんね?」
アイン王女に首をかしげられ謝られた衝撃でようやく頭を下げることが出来た。
「アイン王女殿下…あっえっとキャシャラトの月に……」
「いいのよ、そんなかしこまらないでもとりあえず治療室に行きましょう?」
手に持っているゴミ箱と、臨時募集の人員に配られたエプロンを着用しているのをみて、私の戸惑いがわかったらしく、アイン様は柔らかく微笑んだ。
「お仕事のことは気にしなくて大丈夫よ 片付けてもらうから、ほら着いてきて?」
「……はい」
女神様、もといアイン様にいわれて否などいえるわけもなく。
背が高く、スタイルのいい二人の後ろに、とぼとぼと効果音が聞こえてもおかしくない速度でついていった。
治療室にはいると一瞬驚いたように目を見開くが和やかにアイン様に問いかけた。
「王女様どうされましたか?」
「ニィリエがいたいけな女の子を怪我させたのよ」
アイン様は少し恨めしそうに、けどどこかいたずらっこのよういうとニーチェさんは大きく肩を落とした。
「だぁから違うって」
「相変わらず仲がいいねぇ、さて患者は君かな?」
にこにこと、小さい子供を相手にするような口調で問われ思わずつられて、小さな子供のように大きく首を縦に振るといい子だねぇ。
といいながら肩を触診し心配そうな顔でこちらを見ながら答えた。
「まー派手にぶつかったりとか転んだりとかしたの?痛かったでしょう?重いものとかあまり持たないようにね、湿布出しとくよ。」
「はぁい」
一歩間違えたら脱臼してたよ、と言われ思わず血の気が引いてしまう。
え?あの婚約者私の肩壊す気満々じゃあないですか、怖すぎる。
絶対日記にも書いておこう。
日記も証拠になりますし、とはいえ私が何をしたというんでしょうか。
次から怪我しても心配するのはやめましょう、自分の肩とか犠牲にしてまでするもんじゃないですわ。
「脱臼って……流石に俺が軽くたたいただけでならないよな?」
「あっちがいます、ちがいますニーチェさんに会う前からとっくに痛いです」
「俺の冤罪は晴れたけどさぁ、いったい何にぶつけたんだ?それとも重いものでも持ったのか?」
「ぶつけたというか……押されたというか、うーんなんていえばいいんでしょう?」
壁にぶち当てられて、強くつかまれた場合って、ぶつかったというのが正しいのか、それともぶつけられたという方がいいのか。
そもそもの原因はつかまれたことによることなのか、どこが原因なんだろうとぼんやり考えていると、ニーチェさんは少し嫌悪感を漏らしながらつぶやいた。
「まさか、ブランデンブルク侯爵子息にやられたのか?」
「え?すごいなんでわかったんですか?」
確か一度しかあってないはずなのに、やっぱり王女の側近って記憶力すさまじいなぁと感心していると、ニーチェさんは、アイン様にあらぬことを言われたときと同じように、肩を落としつつ心配そうに諭してきた。
「いや、感心してる場合じゃないんだよ?」
「そうねぇ、なんでこんなことされちゃったの?喧嘩?」
アイン様に言われあれは、喧嘩なんだろうかでも喧嘩というにはあまりに一方的だったような?と思いつつ、うんうん唸りながら口を開いた。
「ことの発端はよくわからないんですけど……」
とりあえず婚約者様との関係を説明した後に今日の出来事を説明した。
模擬戦を見学したときに一瞬目があったこと、婚約者様を特に声をあげて応援することも逆に相手を応援するわけでもなく静観していたこと。
何なら、ミドガルド様ばかりがっつりみてたことも正直に答えたらそこは、しかたないよねと苦笑された。
ばったり出くわしたときに思わず怪我の心配をしたら腹が立ったのか、思い切り壁にぶつけられ肩をつかまれたのが、原因だろうと話し終わるころには二人の表情というか雰囲気がすこしだけ曇った気がして思わず慌てて言葉を続けた。
「あっでもすごいいいタイミングでギャラン様が来てくれて助かったんですよ、来てくれてなかったら両肩やられてるとこでした。」
「あらぁ、よかったわ弟が役に立って」
「役にって……いつもお世話になってます」
「いいのいいの、存分に使ってやってね?」
この人和やかにすごいこというなぁ、流石第一王女、と感心しているとさも当たり前のようにアイン様は提案してきた。
「さて、もうこんな時間ね、ニィリエ、送ってってあげなさい」
「いや、そんな悪いです。」
「いいのよ遠慮しないで」
「そーだよ、怪我してるんだし」
そうして私は怪我の功名とはいえまさか、王女様専用の高貴な方しか乗れない高級仕様の馬車。
しかも馬ではなく、翼がないいわば地龍が引いてくれる仕様のやつに乗ることとなったのだった。
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