ぼんやり令嬢は同級生に挨拶するそうです。
あっけなく杞憂は消え去り、私たちも開会式のために、パーティーホールへと向かうことになった。
「それにしても、今更過ぎる悩みだったわねぇ」
「今まで気にしてなかったというか……。そんな余裕なかったというか」
アイン様の指摘に唸っていると、ニーチェさんは苦笑していた。
「まぁ、嫌われてないならなんでもいいよ」
「うぅぅ」
あまりにも優しい声色に、申しわけなく思うも、それすら見透かしたニーチェさんは続けた。
「まぁ色々考えてくれてありがとうな」
「ご心配おかけしました……」
「あんまり頭下げすぎると髪乱れるぞー」
「はいー」
何度も頭を下げて、少しだけ乱れた前髪をニーチェさんが軽く直してくれ、心の中でそういうところですよ……。
普通の女子なら、こんなことされたらうっかりときめいてしまうところを、何とか持ちこたえ、平常心ですよという、表情を取り繕っているのを見て、アイン様は相変わらず、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「あぁ、おはよう」
「お父様」
ホールに着くと、陛下が、穏やかにアイン様に声をかけると同時に、ニーチェさんと頭を下げ、二人のやり取りを流し聞きしていた。
こうやって聞いていると、普通の親子に見えるし、アイン様も年相応に見えるなぁ……。
あ、いま頭下げてるから見えないけど、なんかこう、雰囲気的なものですよ……と、弁明していると、陛下からお声がかかった。
「君たちも、頭を上げていいよ」
「はい」
頭を上げると、陛下は満足そうに頷いてから、相変わらず、底知れない雰囲気を漂わせながら、笑顔でこちらを見ていた。
「君たちのお陰で、今日を迎えることができたよ。ありがとう」
「もったいないお言葉です」
多分、表面上のお礼かもしれないけど、そもそも、陛下からこうして、直接言葉をかけられるだなんて、一年前の私だったら、全然想像もつかなかっただろうし、そこに真心まで求めたら、贅沢なんてもんじゃないのよ……と、考えていると、陛下は笑顔のまま続ける。
「いやいや本心だよ?君のお陰で色々と早く片付いたし、色々面倒ごとも解決したしねぇ」
「そうねぇ、今年は徹夜もなかったし」
「いえ……えっとぉ」
買いかぶりすぎでは、と思いながら否定するのもと思った矢先、徹夜してたことがあったんだという、純粋な驚きが混ざり合って、どう返したらいいんだろうと悩んでいると、陛下はそんな私の反応は無視して、満足げに頷いていた。
「いやぁまさか、レイラントの話もうまくいったし、幸先良いねぇ」
「……陛下なら、もっとうまくできたんじゃ……」
「いやぁ、皇后の呪いとかもろもろわかってたけどね。格下と思っている君に指摘された方が、あそこで本性出すだろうし?それになかなかギャランからは言えないしねぇ・・・国際問題になっちゃうし?」
「なるほど……」
確かに、言えないよね、国交問題になっちゃうし。
それに私が気に障ることいったとしても、ここで怒ってうっかり殺したり、暴行を加えるなんてできないしねぇ……。やっぱり、私みたいな凡人ではわからないけど、あれはあれで、最適解だったのかと脱帽した。
「まぁ解決の仕方は色々あるんだよ」
「なるほど……」
「まぁ、フルルちゃん平和主義だもんねぇ」
よしよしとアイン様に撫でられ、陛下の考えに感銘を受けていると、ホールには前夜祭とはちがい、騎士のような動きやすい衣服をまとった貴族や、ドレスや正装に身を包んだ令嬢や、貴婦人が集まっていた。
「さて、じゃあそろそろ開会式としようか」
陛下はそういって壇上へ上がっていき、私たちはアイン様の側に控えた。
……まさか、自分が壇上にいるだなんて、幼い私に教えたら絶対、嘘だと思うだろうなぁと、遠い目になりながらも短くも雑ではなく、むしろ簡潔に、それでいて高貴さは忘れさせない陛下の開会の言葉が終わり、全員が狩場へと向かって行った。
こういう所を見ると、おじい様が言っていた、陛下は最初から王として生まれてきた方、といっていいただけあるなぁと、深く頷いてしまった。
「さて、私たちも向かおうか」
「はい」
そうして 王族用の竜車に乗り 狩場……ではなく王族の休憩所について、ようやく 本当に今更だけれど、今日が狩猟祭なんだという自覚が、急に背中から這い上がってきて、しなくてもいいはずの緊張に襲われてしまった。
「フルル 大丈夫か?」
「ちょっと緊張してきました……」
「まぁ人、多いしなぁ。それに初参加だろ?無理もないって」
「ありがとうございますぅ……」
「ふふ、でも、私たちの仕事は、もうほとんどといっていいほどないから、肩の力抜こうね」
そのために今まで準備してきたし、とアイン様が言うと、ニーチェさんもそうだなと頷いたあとに、いつものように雑談をしたせいか、嫌な緊張感は少しだけ和らいだところで、各々の家からか騎士の方々か、今回の狩猟祭に力を入れてるかたがたの円陣やら、気合の声が聞こえてきた。
「おぉ 盛り上がってるなぁ」
「そうねぇ」
「いい声でてますねぇ」
どこか殺気立った声とは真逆に、のどかな雰囲気で話しているのを見ていたギャラン様は、どこか気の抜けた表情を浮かべ。
「完璧に他人事なんだよなぁ」
その呟きに他人事なんですよねぇ……。自分は参加しないし、と言葉には出さずに頷くことで、肯定していると、ギャラン様は何かに気づいたのか、目を少しだけ見開いた。
「あ、レベッカ嬢じゃないか?あれ」
「え?レベッカ様?」
ギャラン様が示した先には、深い緑色の騎士服に身を包んだレベッカ様がいた。いつもおろしているつややかな黒髪は、一つに束ねられており、腰にはレイピアを差していて、まさに、凛々しく美しい女騎士といった風貌で、思わず見ほれて、心の底からの声が欲望と共にあふれ出た。
「レベッカ様かっこいいぃぃ」
そんな私の様子を見て、アイン様はそうねぇと頷いていたが、さらにその後ろでギャラン様がやや憐みの表情で、ニーチェさんの肩に手をおいて静かに、本当に小さな声で告げた。
「……苦労しますね」
「うーん、まぁ喜んでるならいいかな?」
「はい?」
何か失礼しでかしたかな、と心配になって振り返るも、ニーチェさんは、やさしく首を横に振った。
「なんでもないよ 時間もあるし少し喋っていくか?同級生もいると思うし」
「そうねぇ 大会がはじまっちゃうとなかなか会えないと思うし……いっておいで」
「ありがとうございます」
そうして、私は各家門のテントがある中、それも、大人数の中を、どうにか服や髪が乱れないように、ガリアーノ家の紋章のテントへ行くと、レベッカ様が一瞬でこちらに気づいてくれた。
「フルストゥル様」
「レベッカ様」
まじかで見るレベッカ様はそれはそれは美麗で、凛々しくて戦乙女といった雰囲気で息が止まりそうになったが、レベッカ様はそれを知ってか知らずか、にこにこと、教室で見せるような笑顔を見せてくれた。
「かっこいいです」
「ありがとうございます。あ、見てください。タッセルちゃんとつけたんですよ」
そういって、剣の柄についてるタッセルを見せてくれ、思わず、恋する乙女のように顔を赤らめてしまった。
「ありがとうございます。嬉しいです」
そのあとも軽く話していると、テントからお父様よりかやや若い男性が現れた。
「おや……君は」
「お父様、この方フルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢です」
「あぁ、娘から話は聞いてるよ。いつもありがとう」
意外と友好的な、ガリアーノ伯爵にほっと胸を撫でおろしていると、レベッカ様は笑顔のまま、伯爵に告げる。
「お父様、フルストゥル様が怖がるので、引っ込んでてくれます?」
「え?あぁ……すまない」
レベッカ様に言い負かされるその姿に、いつも、お母様に一方的に、いろいろ言われているお父様が重なって見え、少しだけ何とも言えない気持ちになったのだった。
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