ぼんやり令嬢の杞憂とよこしまな思考
「フルストゥル嬢」
朝早くからの準備を終え、ようやく一息つけるかなというところで、思わぬ人物から声をかけられた。
「リーセ様」
「様はいらないわ 私、私生児だもの」
……今、とんでもないことを聞かされたような気がしたが、私生児だという理由で、対応を変えたりするのもなぁと思った。
だって私生児って、それは親のせいであり、生まれただけの子供に、罪は無いんじゃないかなぁと個人的には考えている。
それが、貴族社会の中で、異質な考えなのは重々承知なのだけれど、きっとそんな考えを持てるのは、どろどろとした貴族社会を、古い家門の癖に知らなさすぎる故なのかなぁ。
「リーセ様は大切なお客様ですので……」
「ありがとう」
リーセ様は柔らかく微笑んだ後、はかなげな表情でゆっくりと口を開いた。
「……この狩猟祭が終わったら、私は王立学院の寮に入ることになりました」
「え?そうなんですか」
多分、監視の目的も少しはあると思うけれど、ちゃんと住むところがあるのは、よかったなぁと思うし、学院の寮なら安全だろうと、ほっと胸を撫でおろした。
「はい、陛下の取り計らいで」
「私も在学してるので、もしかしたら会えるかもしれないですね」
「ええ、嬉しいです」
にこにこと笑うその笑顔の陰に、不安や怯えとかそういったものはなく、控えめだが、愛らしい笑顔でまさしく春の天使……。朝、早起きしてよかったぁと思うと同時に、リーセ様に身の安全確定に、ほっと胸を撫でおろした。
「あぁでも狩猟祭の間は……」
「最後の仕事として出席します」
「そうなんですか、無理はしないでくださいね」
何しろあの厚顔無恥、傍若無人のフルコース。
時が時なら激怒してますよあんなの……、と珍しく思うくらいには、傲慢な皇帝の側にいないといけないなんて、精神的拷問だよ……と心配になったが、いろんなことが解決して、誤解も解け、お母様の身の安全も確保できているからだろうか、重苦しいような、つらそうな感情ではなく、吹っ切れたようにみえ、この数分で、何度目かわからない安心のため息を吐くと、リーセ様は、ほわほわとした笑顔を浮かべていた。
「ありがとう では失礼しますね」
「はい」
よかったぁ、いろいろといい方向に進んでいるみたいで、アイン様から聞いてはいたけれど、どうやらレイラントとの国交を優位に進めることで、船の中継地点や、貿易の補給などが簡単になるのと、イズゥムル本国に行くの、かなり容易になるらしいから、狙っていたらしいけど、ものすごくトントン拍子で進んでいるのは、流石我らが王強すぎる……。
そんな雑念は置いて支度をしないと、陛下に申し訳なさすぎるからね、泥塗るわけにはいかないですし、と自分でほほをパチンと叩き叱咤する。
ただでさえ、ぼんやりしすぎてることに定評があるんだから、これ以上はだめだめと再度、自分に言い聞かせた。
「フルル」
書斎に戻ると、ニーチェさんが優しく声をかけてくれ、私は頷いた後に、先ほどリーセ様と話したことを、もちろん私生児であることは伏せ、けれど伝えたら、ニーチェさんも思うところがあったのか、安心したようなため息を吐いた。
「そうかぁ、まぁ監視はつくとはいえよかったよ」
「はい、リーセ様いい表情してました」
「……てことはフルルの同級生?上級生になるのか?」
「どうなんでしょう?そういえばお年聞いてないですけど……うーん」
多分年上なのかなぁ、リーセ様、可愛らしいけど大人っぽいし美人だし。
でもそれを言うと、レベッカ様も美人顔だけど同い年だしなぁ……と少し唸っていると、ニーチェさんがそんなに悩まなくても、と苦笑を浮かべていた。
「そこ そんな重要なのか?」
「重要ですよ。リーセ様美人だから、虐められるかもしれないじゃないですか」
「まぁなぁで、どうするんだ?」
「相手にドライアイスぶつけてやりますよ」
「うん、やめようなそれはー」
よしよし、とニーチェさんに宥められ、握りしめたこぶしをあっけなく下ろされた。
本当に狩猟祭の前なのか、と疑われるくらい和やかな雰囲気の中、最終確認を終え、パーティーホールへ二人で向かうと、ちらちらこちらを見る視線が刺さり始めた。
「ほら、みてあのお二人」
「あぁ、アイン様の……」
「婚約者なんですっけ?」
「お似合いですよねぇ。まるで最初から婚約者だったように見えますよねぇ」
あぁぁぁぁぁぁ、昨日お母様と話したことを、ようやく脳の隅において平常運転してたのに、思い出してしまったじゃないですか、全くもうと唸りたくなる衝動に駆られてしまった。
確かにレヴィエ様の前では、ニーチェさんだけが、私の婚約者だと啖呵はきったけど。
あの時の気持ちとかに嘘はないけども、今後どうなるのかまで、気が回ってなかったというか……と、弁明したい気持ちでいっぱいだった。
「まぁ、気にしないのが一番だ」
「……はい」
ひそひそと、噂されることに疲れたと感じたのか、ニーチェさんは、私にだけ聞こえる声でつぶやいた後に、いつものようにチョコレートを渡してきて、その、通常運転具合にほっとするのと同時に、周りから、私たちってやっぱりそうみえてるのかぁ……。まぁ、わざとそういう風に見せましょうって、作戦実行したこともあったけれど……。これは早めに相談だなぁ……。
「フルル」
「……はい?」
「何か朝から変なこと考えてないか?いつもの5倍割増しでぼんやりしてるけど」
この人、心でも読めるのか?流石のハイスペックでもここまでくると怖いし、元婚約者や母親だけでなく、ぼんやりしすぎて、何を考えてるかたまにわからないと、シャロにいわれるくらいなのに?何故気づいたんだ?と悶々としている私をみて、ニーチェさんは苦笑した。
「わかりやすいからなぁフルルは、それに一応仮とはいえ婚約者だしな、俺」
その言葉に、悩みの元が入ってるとは知らないニーチェさんは、さわやかな表情でいうが、私はどうしたらいいか分からずに、令嬢らしからぬ声が口から漏れていた。
「ぅぐうぅ」
「待て待て待て待て、どんな感情なんだ???」
落ち着こう、な?と促され、書斎のソファに座らされるのをみて、アイン様も首を傾げていた。
「何?喧嘩?それとも倦怠期?」
「違いますぅ……」
そうして、思ったよりも早い意見のすり合わせが始まり、お母様に言われたこと、自分なりに考えていたこと、これからどうしたらいいのか……。
そもそも、今まで迷惑かけすぎじゃない?と思ったことを、洗いざらい全部吐き出させられた結果。二人から言われた言葉は・・・。
「杞憂、ね」
「杞憂、だなぁ」
であり、その表情からはやや呆れのようなものも混じっていたが、アイン様はよしよしと頭を撫でながら続ける。
「まぁ、ティルディア様の言いたいことも分かるけどねぇ」
「とりあえず、俺は迷惑とか全然思ってないし、そもそも恋愛したいとか、そういう願望元々薄いんだよ」
だから、気にするなと続けた後に、ニーチェさんは優しく微笑んでいたが、アイン様はとびきりな笑顔で付け加えた。
「まぁ、フルルちゃんが、どーしても、ニィリエが嫌で嫌で仕方がないなら別だけどね?」
「え?そうなのか?」
ニーチェさんが少しシュンとした表情でこちらをみてきて、あぁそういう表情もできるんだと、一瞬よこしまな思考が横切ったが、即座にそれを切り捨てて、思いっきり首を横を振った。
「いやいやいやいや、ないですないです」
「よかった。だとしたら、いい年してなくとこだったかもしれない」
不安が消え去った安心感と、それはそれでみたいなぁ、というよこしますぎる考えが、脳内で殴り合いを始めていたが、それは流石に二人にばれませんように、と祈るばかりだった。
新年早々 誤字報告と言葉の意味違いの指摘ありがとうございました。
いつも読んでくれてる皆様、初見の方閲覧ありがとうございます。
いいね、評価してくれる方本当にありがとうございますとてもモチベーション向上につながっております。
お暇なとき気軽な気持ちで評価、ブクマ等していただけたら幸いです。




