模範囚の都合のいい夢
時系列がちゃがちゃで申し訳ないです
――夢を見ていた。
それは、あったかもしれない未来と、過去。
人見知りで、すこしぼんやりとした婚約者との、ささやかで優しい未来――。
「フルストゥル、入学おめでとう」
「レヴィエ様……ありがとうございます」
「すまないな。うちのために学院に入学させてしまって……、困ったことがあったら何でもたよってくれ」
「……はい」
一瞬じっとこちらをみてから、何度もこくこく頷くその姿はまるで小動物の様だが、長いまつげに彩られた、夜の海のような瞳の下には、疲労のせいかうっすらとクマが浮かんでいた。
「よかったら。フルストゥルが、前に好きだと言っていたフルーツタルトを取り寄せたんだ。よかったら食べていくか?」
「え……ぁ、はい」
遠慮がちにそういうが、ぱちぱちと、何回も瞬きするときは喜んでいる証拠というのは、ほぼ10年来の付き合いだからこそ知っている、その仕草に、彼女が何にも変わっていないことを確信し、安心した。
そのあと二人でケーキを食べ、のんびり首都を回ったが、はしたなくない程度に周りを見渡すその姿も、話すときに少しどもるところも、何にも変わらなかった。
「はぁ、来月から、こんなところで住める気がしないです……」
はぁと驚きと、あまりの人の多さに疲れたのか、表情に陰りがみえ、思わず頭を……あの男がするように撫でてしまった。
「大丈夫 すぐ慣れるさ……。うちが事業で忙しくなかったら、うちに住んでいて欲しかったんだったが」
「いやいやいいですって、色々と忙しそうですし……」
控えめに首を振るその様は、水浴び後の犬みたいだと思いつつ、その日は和やかに終わった。
またある時は彼女の初登校の日、あまりの大人数に驚くフルストゥルをなだめつつ、門を潜った。
「何かあったらいつでも来ていいから」
「でも……迷惑じゃ……」
不安げな表情のまま、そう答えるフルストゥルの不安を、笑うように優しく答えた。
「婚約者なんだからきにしなくていい」
「……はい」
そうして、これは覚えがある。
人見知りの彼女が、意を決して自分のクラスに来た時の場面だ。流石に、一人で来るのは無理だったのか、仲がいい令嬢と一緒に、ドアの前で、こちらをうかがうように見てるところと目があった。
「フルストゥル、どうした?」
「レヴィエ様……その」
話を聞くと、どうやら授業についていけなくて、どうしたらいいかわからないらしく、昼休みに勉強を見ることになった。
何度も何度も頭を下げられたが、そこまでしなくていいのに、相変わらず律儀だなと思いつつ、素直に頼られたことが嬉しかった。
「ありがとうございます。レヴィエ様、ごめんなさい……迷惑ばかりかけてしまって……」
「気にしなくていい 俺は……――」
君の婚約者なんだから、と言い切らない間に、目が覚めてしまった。
「あぁ……」
思い出した。
これは夢で、ここはブランデンブルク侯爵邸ではなくて、勿論学院でもなく、拘留所ということを、嫌でも思い出してしまうのはこの鉄格子のせいだろう。
目が覚めたといっても、まだ深夜なのだが、どうにもこの硬いベッドでは、再度眠りにつける気がせず、ぼーっと天井を眺めることにした。
「フルストゥル……フルストゥル……」
呟いていると、周囲がひそひそと話し始める。
「あのぼっちゃんまた言ってるよ」
「なんだっけ、恋人かなんかだったか?」
「さぁ知らねぇよ」
そう個々の囚人たちは知らない。
彼がつまらない理由で、侯爵家の跡取りという立ち位置も、少し大人しいだけの優しい婚約者も、全部、全部台無しにしてしまったことを。
その、心優しい婚約者に愛想をつかされたことも、付きまとったことも、全部全部言えるはずがなかった。
何故なら、そんなことをした理由すら、本人にも分からない上に、彼自身、まだ自身が廃嫡されたという事実を受け入れられず、下民と話すことなどないと見下しているため、誰とも口を利くことも無かったからだ。
――それすらも、どうでもいい。
もうどうでもよくなってしまった。
目が覚めて気づいたのは、何もかもが手遅れであること、そして夢の中とはちがう冷めた表情、もう何も、期待もしない言わんばかりの眼差しに、感情があるかわからない程の、淡々としすぎた声で正論を述べる姿。
きっとその前からも諦観した表情、すこしだけ悲しげな表情ばかりが思い浮かんで、そういえば、彼女が首都に来てから、あの控えめな笑顔を向けられることも、無かったことを思い返し、何とも言い切れない気持ちになった。
何より
――私の婚約者は、ニィリエ・ハイルガーデン男爵子息様ただ一人です。貴方から、もらいたいものなんて、何にもありません――
お前がいらないという、そのはっきりとした意思表示と、明確な敵意をむけられたことが、
こんなにも胸に大きい穴をあけ、もうなんにも考えたくない、そんな気分にさせた。
「あぁ、可哀そうなレヴィエ……」
「姉さん」
もう嫁いで長い姉、ユリアナは面会の際、何度もそういい涙を流していたが、正直どうでもよかったが、姉の話によると、どうやら今回の件で、ブランデンブルグの資産はかなり厳しいことになってしまったこと、だがそれを、姉の嫁いだレーベンス侯爵家が援助すること、母方の祖父である、ノルドハイム伯爵が保釈金を用意してくれるが、今後一切、援助はしないということだった。
あぁ、だろうなと思ったその矢先に、姉は一縷の希望の糸を垂らした。
「でも安心して、保釈金のお陰か刑期もかなり短縮できたから……。嫌かもしれないけど、奉仕作業に従事すれば、狩猟祭あたりにはここを出れるって」
「そうですか……」
「大丈夫よ レヴィエ、身柄はレーベンス侯爵家で預かるわ。ユーリにもちゃんと許可を取ったし……それに」
「私、フルストゥルちゃんにレヴィエのことを頼もうと思っているの」
「……え?」
予想していなかった言葉に硬直するものの、ひとまず、姉の言葉に耳を傾けることにした。
「きっと今はレヴィエが冷たくしすぎたせいで拗ねてるだけよ 大丈夫、だってあなたたちは十年来の幼馴染じゃない?ちょっと話せばきっと分かり合えると思うの」
手を合わせて恋をしたばかりの少女のようにそういう 歌の歌うように軽やかに楽し気に姉時は続けた。
「大丈夫、フルストゥルちゃんは優しいもの」
結局その話は通るわけもなく、どうやらその場にあの忌々しい王女の護衛と、彼女の父がいたらしい……。
けれどフルストゥルに言われたこと、夫に諭されたこともあり、以前のように、全面的に味方をしてくれることは無かったが、当初の予定どおり、黙々と奉仕活動……という名の、屈辱的な作業に身をやつしていた。
黙々と、淡々と、側溝の泥や下水の整備に身をやつしていると、聞き覚えのある、控えめだけれど、どこか淡い鈴のような声が聞こえた。
一瞬、目があった。
白と青の礼服を着たかつての婚約者に
まるで運命のように、ぴったりと視線が重なったのが自身でもわかったが、自らのみずぼらしい姿をみてきまずくなり、すぐにそっぽを向いてしまったが、心の中で枯れていた気持が、またじりじりと熱を取り戻した。
きっと、きっとこれは運命だ。
そうでなければ、こんな暗闇の薄汚れた場所にいる自分に、気づくわけもない
そうだきっと運命だ。
どんな物語だって、簡単にハッピーエンドになったらつまらないのと同じように、これを乗り越えて、彼女をあの男から取り返す……。そうしたら、きっとすべておさまるんだ――。
狩猟祭まであと少し、首都の路地裏で、おかしな男が、幸福な夢を見ているかのように、笑っていた。
いつも読んでくれてる皆様、初見の方閲覧ありがとうございます。
いいね、評価してくれる方本当にありがとうございますとてもモチベーション向上につながっております。
お暇なとき気軽な気持ちで評価、ブクマ等していただけたら幸いです。




