ぼんやり令嬢と心構え
「やっぱ流石ノルドハイムお庭も素敵ですねぇ」
バルコニーから見える庭にはかなりの種類の花があり、温室のような設備も見えるが、その中でも一層目を引くのは、大きな噴水だろう。
芸術を愛するデイヴィス様のこだわりなのか、以前からあるのか、かなり精巧な作りなのが、遠目から見ても分かるのか、ニーチェさんも同意し続けた。
「すごいな、あの噴水……何が彫刻されてるんだろうなぁ」
その言葉に、確かにと興味が湧きじっと目を凝らしてみると、美しい人魚のような少女が、輪を掲げているように見え、少ない知識から答えを導き出した。
「多分、伝承にある水の聖女セフィーリャじゃないですかねぇ、ほら天輪ありますし」
「おおー流石だなぁ」
ニーチェさんは納得したのかうんうんと頷いた。
ちなみに水の聖女セフィーリャというのは、水の神と契約し、この地に豊かな水源をもたらし、水の一族に繁栄をもたらしたとされる聖女で、清廉さとか清らかさとか、繁栄など、そういったものを象徴することが多いというのは、有名である。
「ミドガルド様に聞いたんですけど、セフィーリャって元々は人間だったんですけど、契約の影響で、人魚のような姿になったんですって」
「あの人、本当に剣技だけじゃなくて、知識もすごいからなぁ」
本当、ミドガルド様って私みたいな異能がないのにも関わらず、どんな国の言葉も読み書きできるし、そもそも詰め込まれている知識、それこそ神や魔物、多くの伝承に関しては、学院の教師をも、しのぐかもしれないと言われるほどで、流石すぎる。
逆に言うと、彼女レベルでないと、王妃の友人にはなれないという事実に、すこし驚いてしまったがニーチェさんに同意し頷いた。
「いい勉強になります」
「にしてもよくそんなこと覚えてたよなフルル、ミドガルド様しれっとそういうこというし」
「まぁ 興味があったんで」
……ん?じゃあ、興味がなければ覚えてないってことかと言われれば、笑顔で、頷いてしまう勢いだったが、流石紳士代表ニーチェさんは、そんな野暮なことは聞いてこなかった。
「さてと、ぼちぼち戻るか」
確かに、ずっとここにいるのも、主催に楽しんでない、とあらぬ誤解を生ませてしまう可能性あるし、なんやかんやホールが広いせいか、シャロと合流できてないしなぁと思いつつ、先ほどの逃亡劇を思い出し、少し笑いを抑えながら、私は親指を立てて、ニーチェさんに答える。
「ですねぇ……また囲まれたら逃げましょう」
「……フルルちょっと逃げるの楽しんでない?」
図星を突かれたが、またも謎の決め顔で爪を指し示した。
「爪の先くらいは」
「こらこら」
まぁ、わかるけどなと、ニーチェさんは優しく笑いつつも、自然とエスコートをし、パーティーホールへと戻っていくと、まだまだ音楽は鳴りやまずに、豪華絢爛な舞踏会は続いていた。
「さてと、どうしたものかね」
「ねぇ……とりあえず次の曲まで待ちますかぁ」
「だなぁ」
煌びやかに着飾ってるとは思えないほどの、のんびりとした会話をしながら、壁際にいると、ちらちら令嬢ないしは、令息らがこちらをうかがっているのが、まるっとわかってしまい、少しげんなりした。
はいはい、そんな見なくても逃げませんよーと、聞こえない返答をしつつ、厳かな内装がいくらかなぁと計算していると、ようやく曲が終わったらしく、次のパートナーを探すべく、もしくは談笑するためにばらけていった。
「じゃあ、シャロ嬢もしくは知り合いでも探すか」
「そうですねぇ」
もしかしたら、最近頑張ったせいか、お茶会であった人とかいるだろうし、またまたもしかしたら、クラスメイトや、王宮で働いてる人とかいるかもしれないし、もしいるんだったら、全く知らない人よりか、全然ましだし、と逃亡策を練っていると、ジョシュア様がいつの間にか、私が脳内作戦会議している間にいたらしく、少し驚いてしまったが、何とか表情を取り繕った。
「……ジョシュア様」
「よければ、一曲お願いできるだろうか?」
「ええとぉ……」
予期していなかった出来事に、どうしようと一度ニーチェさんを見上げると、優しく微笑んだまま、ニーチェさんは答えた。
「行っておいで」
「……はい」
確かに、主催側の誘いを断るのは、あまりにも失礼だと思ったのだろう、ニーチェさんの言葉に、私は内心で頷いた。
けど不安だなぁ……。
本当に、今まで婚約者という立場の人以外とは、授業で踊っただけだし、そもそもジョシュア様は、最初の印象が悪くて態度が軟化した今でも、申し訳ないけど少し怖いんだよなぁ、と表情に出さないようにしていたが、ニーチェさんは何か感じ取っていたのだろう、私の耳元で小さく囁いた。
「……大丈夫、何かあったらすぐ行けるように見てるから」
「……はい」
その声はとても優しく、振り返ると、ニーチェさんは優しい表情を浮かべていた。
私が何かやらかすとは思っていないが、私が何か不安がっていることを察知してくれたのだろう、信頼されているのも、もちろん嬉しかったし、何より私が不安なことも見抜いてくれていて、とても安心した。
前の婚約者は、もっぱら私が他の誰かと踊るのを嫌がっていたし、その際は、「お前はどんくさいからどうせ何かやらかす」「他の男とそんなに踊りたいかあばずれめ」とかなんとか、沢山言われて、誰がときめけと?と思い出して頭が痛くなりそうだったが、脳内でビンタをかまし、頭痛とは別々の道に歩もうとお別れした。
「貴女は、踊るのも上手なんだな」
ジョシュア様は、どこかとろんとした表情で、そう褒めてくれたが、表情を崩さずに答えた。
「……いえ、ジョシュア様のリードがお上手なだけで」
「慎ましいな」
そうしてしばらく踊っているうちに、ジョシュア様はまたまた口を開いた。
「本当に、私の初対面でのあの態度は、あまりにも稚拙で、愚かだった。謝罪してもし足りない」
「……い、いえ」
正直びっくりしたけれども、まぁここまで謝ってるならもういいかなぁ、というのが、本音だけれども、意地悪いことを言うならば、こんなに申し訳なるくらいなら、最初からあんな態度取らなきゃよかったのに……と、さえ思ってしまったのは、心から出さないでおこう……。
でも、こんな冷静なジョシュア様が、私にあんな敵意を持つって何があったんだろうと、疑問が抑えきれずに、口から出てしまった。
「でも一体、フィリア様に何があったんですか?」
「え?」
まさか聞かれるとは思っていなかったのか、ジョシュア様は切れ長の目を見開いた。
「あぁ、いやその、私婚約破棄してから、ブランデンブルグ侯爵家がほぼ没落したのは知ってるんですけど、内情までは……」
そこまで言うと、ジョシュア様はゆっくりと表情を戻した。
「……貴女が知る必要は無いです。」
「部外者だからですか?」
まぁ、部外者代表だしね、私、とさっぱりというも、ジョシュア様は少し慌てて答えた。
「いや、事実を知って貴女が傷ついたら……」
「知らないことをなじられて傷つく方が嫌ですから」
事実を知っておけば、防げる悪意もあるだろうし、という意味で言ったのだが、改めて言葉にすると、暗にお前にされたようになと、ジョシュア様に言ってるような感じになってしまい、慌てて訂正した。
「あぁ、違うんです違うんですよ」
「大丈夫、わかってる……。申し訳ないけれど後日、時間をもらっていいだろうか?」
ジョシュア様が、その言葉に私はゆっくりと頷き、何を聞いても、倒れたり泡を吹いたりしないように、しっかりと心構えをしとこうと思うだった。
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