ぼんやり令嬢とお礼配り
「あぁ、お礼なんていいのに、あの人そういうの気にしない人だから」
王族同士、顔見知りらしいアイン様は、私のうっかりに対し意外そうな表情を浮かべ、首を傾げた。
「私はてっきり、フルルちゃんは、ファジィル王子が苦手だと思ってたわ」
「得意ではないですね」
私が即座に答えると、アイン様は、反対側に首を傾げた。
「むしろ得意な男性は居るの?」
「いないですね」
「だって」
何故か得意げな笑顔で、アイン様はニーチェさんに、そう言い切る、なんならやりましたと言わんばかりに、親指を立てると、ニーチェさんは、おいおいといった風に肩を落とした。
「なんで俺に振るんですか?」
全く、と肩を落とした後に、私の頭を撫でアイン様の意見に同意した。
「確かに意外だなぁ……。あんだけ逃げ回ってたのになぁ」
逃げきれてなかったけどね……。ニーチェさんを盾にしてただけだけどね、と補足しつつ、深いため息とともに意見を吐いた。
「いや まぁ得意じゃないですけど それはあのちょっと強引な所とか、自分に絶対的な自信を持ってるところが元婚約者と似てましてねぇ……」
「あぁ……なるほど」
ニーチェさんは心底私の気持ちを理解、というか現場にいたこともあったから、なんの引っ掛かりもなく、納得してくれた。
「いやでもファジィル王子はそれだけの実力はありますし、というか、自信がない王族ってちょっと不安じゃないですか?」
「確かになぁ」
「あと、理不尽なことは言わないので」
先ほどのアイン様よろしく親指を立てると、そのままの体制でアイン様に抱き寄せられ、よしよしと撫で繰り回された。
「可哀そうにねぇフルルちゃん……苺のババロア食べる?」
「食べますぅ」
そしていつもどおり、といっても、二人は新しいビジネスの話をしている間、私は伯父様から大量にもらった材料で、タッセルや小物を作っていく作業に入った。
勿論、貴賓の方々への給仕もこなしつつだが、それなりにスムーズに進んでいった。
「フルルちゃん、業者みたいねぇ」
アイン様が皮肉でもなんでもなく、ただ素直に驚いた表情で呟くと、私はようやく自分の目の前が、山になってるのに気づいた。
「はっ作りすぎちゃった……」
「相変わらずすごい集中力だったな……ついでだし渡して来るか?」
そういうニーチェさんは、当たり前のように手を差し伸べてきてくれた。
その差し出された手を、私も当たり前のように握り返し、サロンへと向かった。
「あぁ、フルストゥルじゃないか、どうした?」
もう帰る時間じゃないか、と心配してくれるのはミドガルド様で、相変わらず綺麗で見とれてしまったが、気を取り直した。
「ちょっと……用がありまして」
「用……?」
何だろうかと、物思いにふけるようにしているミドガルド様に、恐れ多くも声をかけてしまった。
「あの……ミドガルド様……良かったらこれ、受け取ってもらえますか?」
「ん?なんだ?」
柔らかく微笑むミドガルド様のまえに、箱から取り出して見せたのは、ピーコックグリーンの糸で編んだ、イズゥムル風の魔除け飾り、所々、ミドガルド様の瞳のような、エメラルドの小さなビーズを編み込んでいるものだった。
「すごい綺麗に作ったな……ありがとう」
「いえ……その、いつも優しくしてもらってますし」
「ん、ありがとうな」
よしよし、と優しく頭を撫でられた瞬間、ふと脳裏に一生ついてきますという言葉が浮かんだが、いけないけない、この人、本当に、無自覚にこういうことするのよくない……よくないよ…。うっかり自分の中の何かしらをありえないくらいの速さで破壊されかねない……。
危ない危ないと、気を取り直して少し談笑していると、ファジィル王子が散策から帰ってきたらしく、気さくな雰囲気で、話しかけてくれた。
「おぉ、なんだ出迎えか?」
「似て非なる感じです」
私の返答に、ファジィル王子はなんだそれと、カラカラと笑うが、これもいけないけないつい、いつもの調子で話してしまったが、駄目だ駄目だと気を取り直し向き直った。
「ファジィル王子、この前は、助けてもらってありがとうございます」
「いやいや、いいって」
アイン様の言葉のとおり、何とも思ってそうな声色に、器の広さを感じつつも言葉を続けた。
「これ、お礼になるかはわかりませんけど……」
言いながら、綺麗な蒼いタッセルと、ラピスラズリで作られた本の栞を手渡すと、ファジィル王子は、少し驚いた表情をしていた。
「あぁ、ありがとう でも意外だな」
「意外……?」
私がきょとんとした表情を浮かべると、ファジィル王子は薄く笑い続けた。
「いや、武器につけるタッセルじゃないんだなぁって」
「えっと……ファジィル王子、読書好きだったなぁと思いまして」
私のその言葉に、またまた目を見開いたと思えば、優しく微笑まれた。
「よく見てるんだなぁ」
「いえ」
というのも、私が給仕に行くと首都を散策していることが多いが、それと同じくらい図書室に行っていたり、買い物から戻ってきたときの荷物で一番多いのは本だったり、給仕で来るとき、本を読んでることが多いからという、少しずさんな当たりつけなんです、とは言えずに、曖昧にほほ笑んだ。
「謙虚だなぁ、相変わらず……うん嬉しいよありがとうな」
「よかったです」
余裕の笑みを返され、私は脱力した笑みを返すと、相変わらずだなぁと言われたが、不快に思われてなくて良かったと安心し、ニーチェさんと一緒に、アイン様のところに戻った。
「喜んでくれてよかったなぁ」
「本当に良かったです」
心から温かい気持ちになりながらも、今度は、ニーチェさんとアイン様に向き直って、手にタッセルを渡した。
「え?いいのか?俺狩猟祭でないけど……」
「お守りにもなりますから……でも、迷惑でしたか?」
私がそういうと、ニーチェさんは思い切り首を横に振ってこたえた。
「いやいや、そんなわけないから……嬉しいよありがとうな」
ニーチェさんが、そう優しく微笑んで頭を撫でた後、今度はアイン様が、にこにことそのやり取りを見ながら口を開いた。
「私にもありがとう。大事にするね」
いいながら、アイン様の瞳と同じ、綺麗な紅色のタッセル飾りを大事そうに、とても嬉しそうに掲げてほほ笑んでいるのを見ると本当に喜んでくれているのが伝わってよかったなぁと心から思うのだった。
そうして、私が少し王宮で心があったまっている頃。
学院の客室に見合わない程の美貌、それこそ、年齢という概念もないような上品な貴婦人が、豪奢なソファに座っていた。
「わざわざ来てくださって、すいません」
フルストゥルの担任であるマオが、そう言葉を尽くした先に座るその人は、少しだけ煩わしそうに呟いた。
「まぁ、娘のことで話があると言われたら来ますよ……親ですもの」
そう言葉を紡いだのは、フルストゥル・ベルバニア伯爵令嬢の母であるティルディア・ベルバニア伯爵夫人その人だった。
母親、のはずなのだが、姉と言われても信じてしまいそうなその容姿に、一瞬たじろいでるのを、どう受け取ったのか、ティルディアは、まさか……と顔をしかめた。
「あの子の成績が、振るわなかったとかですか……?」
「いや、そんなことは無いです……安心してください……」
これは少し、説明に骨が折れそうだなと、マオは心の中でため息をつくのだった。
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