ぼんやり令嬢の人助け再び
あぁ、どうして、どうしてこうなってしまったのだろう。
自分のことを平気な顔で侮蔑する婚約者を見て、心の底からそんな思いと、幼い頃の温かな思い出が踏み荒らされたような感覚に襲われた。
今、自分は上手に表情を作れてるのかもわからないが、とにかく早く帰りたい一心でお辞儀をし、足早にベルバニアの紋章が刻まれた自家用車の中に戻ると、リノンが心配そうにこちらを見上げてきた。
「お嬢様お疲れ様です……大丈夫ですか?元気がないみたいですけど」
「あぁ ごめんねリノン」
疲れたというよりは、なんというのだろうこの何とも言えない気持ちは、と考え込んでいるとリノンは優しく提案してきた。
「今日はちょっと寄り道して帰りましょうか。王宮の近くにおいしいケーキ屋ができたんですってどうも昔王宮勤めだった方がやってるんだとか」
「お茶会行ってきたばっかだよ?」
「どーせ すぐ帰るために少ししか手を付けてないでしょう?」
「…流石リノン」
「何年お嬢様の使用人をやってきたと思ってるんですか?」
自身の三つ編みをいじりながら得意げに笑い、じゃあ行きましょうか、と促しリノンに頷いた後、一緒に歩きはじめた。
リノンは昔から、私の面倒をみてくれていたから、私が落ち込んだりいやな気分になったときいつもこうやってそばにいてくれた。
車から降りて改めてみる王宮通りは、いつも買い物にいく通りとはちがい華やかで、洗練されているようにかんじた。
「じゃあ 行きましょうか」
リノンに促されるままついていくと、あたりの店は歴史ある老舗が多く、世間に疎い私でもわかるくらい有名なお店が多く目に入った。
建物のつくりなどにも歴史を感じ、感心しながら歩いていると、リノンが言っていたであろうケーキ屋さんについた。
ショーケースに入っているケーキは、一個一個芸術品のようで、けれどしっかりおいしそうで目を奪われていたからか、心の声が自然と漏れていた。
「わぁ……すごいいっぱいある……美味しそう」
「ははっゆっくり見てくださいね」
「……はい」
店員とリノンは、にこやかにほほ笑んでくれているが、聞かれたことに恥ずかしさを感じ、それを隠すようにショーケースに向き直ろうとすると、何かもめてるような声がうっすらと耳に入ってきた。
思わず振り返ると困ったように、を超えてもはや泣きそうに見える店員と、褐色に銀色の髪をポニーテールにした長身の男性が、もめているように見えた。
「すみません、わからないです」
店員はそう繰り返しているが、店員ともめているであろう褐色の男性は少し聞き取れない言語を話しているようで、ほかの店員も困り果てていた。
私もリノンも、何が起きたのだろうと眺めていただけだったが、それを見ていたほかの店員がこちらに謝りに来た。
「お客様、すみません」
「大丈夫です。……でもたいへんですね、お嬢様?」
リノンが店員の問いに答えている間、じっとその男性と店員を見ていると、前イズゥムルの言葉がわかった時のように、不思議と脳内で昔から知っている言語のように自然に理解ができた。
「……リノン」
「お嬢様?」
「何とかできるかもしれない」
それは、しれないというよりできるというのが一番近い感情だった。
「え?」
「お客様?」
戸惑っているリノンや、店員を置き去りにし、褐色の男性のそばによると男性は不思議そうに私を見下ろした。
意図的にではないだろうが圧力を強く感じながらその視線に耐えながら言葉を紡いだ。
「ごきげんよう、失礼ですが貴方はクティノスの方ですか?」
「あぁ、そうだが 君はクティノスの言葉がわかるのか」
男性は驚いたように目を見開いた後、珍しいものを見るような表情で、こちらを海のようなきれいな青い瞳で覗き込んだ
「少しだけですが……何か困ってるようですがどうなされたんですか?」
「あぁ、あのホールケーキの持ち帰りを頼みたかったんだがこの通りでな」
「なるほどあのケーキですよね」
指さしたケーキを見ながら男性は小さく頷いたのをみて、私たちの様子を恐る恐る手を上げた。
「店員さんすみません……」
彼の言葉を仲介しながら店員に伝え、なんとかそのクティノスの方はケーキを買えて安心すると、不思議そうにこちらを見た。
「助かったよ、君は優秀なんだな」
優秀、自分の人生で一度も言われたことのない言葉に戸惑っているうちに、男性は満足げにほほ笑んだ。
「いえ……その……」
「もっと自分のことを誇ったほうがいい」
「……はい」
「じゃあな また会ったらちゃんとした礼をさせてくれ」
急いでいるのか、本当に風のように去ってしまった彼を見送った後、後ろから何とも言えない気配を感じ振り返ると、店長だけではなく店内にいた全員の店員さんが、綺麗に並んでそれはそれは美しい角度でお辞儀をしてきた。
「「本当にありがとうございました」」
「あ、あぁ……どうもぉ」
動揺が抜けきらないせいか、何とも間抜けな声色で返事をしてしまったが、店長はそんなことを気にせず続けた。
「本当にありがとうございます。お礼にはならないでしょうが今日はなんでも好きなケーキをいくらでもお持ち帰りください」
「え?いや?そんなつもりは……」
「遠慮なさらないでください」
ずずいっと圧力をかけられてしまい、戸惑っているとリノンが耳元で小さく語りかける。
「お嬢様、ここは素直に受け取りましょう そうしないと帰れません」
リノンと店長たちを交互に眺め、店長たちの何が何でも受け取らせるといった勢いに、のまれうなだれながら頷いた
「では、ありがたく」
「はい、よろこんで でおすすめなんですけど……」
店長直々におすすめを教えてもらい、ケーキを受け取ると袋の中には、クッキーや焼き菓子などが大量に入っていた。
「ぜひ皆さんで食べてください」
「……ありがとうございます」
キラキラと輝かんばかりの視線をうけ、断れずに受け取り車に戻ると、今度はリノンが心底嬉しそうに手を握ってきた。
「流石です。お嬢様、リノンは感動してます」
「ありがとう?」
「リノンさんはお嬢に甘いからなー」
そういいながらオルハはこちらを振り返ると、リノンは堂々と答えた。
「甘いのは認めるわオルハ、でもねお嬢様がクティノス語を難なく話してトラブルを解決したのよ?」
「え?すごいじゃないっすかお嬢 前言撤回です」
「すごいのかなぁ 最近授業で調べたからかも」
いつも飄々としたオルハがそう答えると、本当にすごいことをしたような錯覚に陥るが、なんだかんだ言ってオルハも昔から私に甘いしなぁ、と傲慢になりそうな心に蓋をする。
「クティノスはイズゥムルの友好国だけどキャシャラトと貿易し始めたのってここ最近ですからねあまりしゃべれる人もいないんですよ、まぁ翻訳魔具使っちゃえば覚える必要もないですけどね」
「あれすっごい高いよねぇ」
「高いっすよほんと」
「「ねぇ~」」
リノンの説明にうんうん、とオルハと二人で頷きながら、思わず本音が漏れたのであった。
「あ オルハ今日たくさんお菓子もらったからあとでみんなで食べよう」
「……俺、一生お嬢についていきます」
「ありがたいけどもっと人生大事にしたほうがいいよ?」
「私は端からついてきますけどね」
決め顔のオルハと、いつもどうりのリノンに苦笑しながら、変わらず味方でいてくれる二人のおかげで、踏み荒らされた心を持ち直すことができた。
数時間後、キャシャラト王宮内国賓専用のサロンに、フルストゥルが仲介に入った男性は堂々と入っていった。
「母様、遅くなりました」
ケーキを置きながらそういうと、室内におおきくため息が響いた。
「ファジィ……お前ってやつは翻訳魔具忘れていっただろう?」
金髪に褐色の女性、クティノスの女帝ネスィリル・ナーガ・アガートラァム・クティノスは、
頭を抱えてつぶやくがその向かいに座っているミドガルドは穏やかにファジィと呼ばれた男性、
クティノス第二王子ファズィル・パージャ・アガートラァム・クティノスに語りかける。
「それは大変だったろう」
「いや、なんか親切な令嬢が助けてくれたんで大丈夫でした」
「お前なぁ……名前とかは聞いたのか?」
「聞いてないですけど見た目は覚えてますよ」
おいおい、とネスィリルは呆れるが、ファジィルが買ってきたケーキを切り分けてきたミリスが思い出したように問いかけた。
「……あのぅそれって、王立学院の生徒さんで小柄な女の子ですか?」
「うーん、それはわからないが。青い髪をした令嬢だったぞ」
「私を助けてくれた方も青い髪でした」
二人で共通点を出し合っている中それまで静観していた少女がぽつりと口を開いた。
「イズゥムル語にクティノス語を自在に話せる令嬢……」
その言葉を聞いたミドガルドは、その人物に優しく語りかけた。
「興味あるみたいだね、アイン王女」
「そんな優秀な人材がいるなんてワクワクしますね」
そう答えたのは、キャシャラトの第一王女、アイン・ノワルーナ・エルドラドレーヴェン、ソロン王妃によく似た聡明さと美しさは傷を負っても損なわれることはなく、またその魔力の多さや魔術の技量は国のトップレベルだと謳われている。
そんなアイン王女の言葉と好奇心を察知した、彼女の腹心であるニィリエがアインの耳元でわかりきっている質問をした。
「……探します?」
「当たり前でしょ?」
「了解です」
わかりきっていた返事に、わかりきった答えを返したニィリエの脳裏には、学院で出会った青い小さな少女が思い浮かび、今頃あの子はまた理不尽な思いをしていないか、不思議と心配になってしまったのであった。
お時間あるときに評価等していただきますとありがたいです。




