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銀色の鳥  作者: 汐留 縁
7/20

7-銀の魔法使い



シレスタは鏡の前に映る自分の姿を見つめた。

ふんわりと白いシルクやレースで覆われる、ドレスと言うよりもワンピースに近い装いは、シレスタの無垢な可愛らしさを醸し出す。裾は金糸で刺繍が施され、袖口は手首まであるフレアになっており、動く度に袖と裾がゆらゆらと輝く。

けれど、そんな可愛らしいシレスタを、頭に被る仰々しい帽子が凛々しく見せる。

髪はリボンで編み込まれ顔の両サイドからリボンを垂らし、

その上に円筒型の帽子をのせ、同じように金糸で刺繍され、ふんだんに白い布とレースでおおわれるように被せていた。

いつもとは違う重々しい装いに表情も引き締まっているように見える。

けれど実際は手が震え、顔は強ばっていた。

グッとこらえるように右手で左腕を抑えるが、より震えていることを実感しただけだった。

緊張と不安で混乱し、だんだん自分が何で震えているのか分からなくなってくる。

と、視線を落とした時に右手の中指が目に入った。

そこにはシルバーの指輪が嵌っている。くすみのない綺麗な銀の指輪には白い石が埋め込まれている。

それは着替えの時に一緒に渡されたものだった。

代々、銀の魔法使いの継承の時に渡されるものだそうで、今来ている衣装も、代々の銀の魔法使いが習わしに従って儀式の際に着ていたそうだ。

つまりは、自分の母も同じようにこの服に身を包んで儀式に臨んだのだろう。

記憶の母はもう遠い存在だ。幼い頃、物心着く頃まで母と一緒に過ごしていた。

宮廷から少し離れにある別棟で2人ですごした幼い記憶。

自由に外へ出ることは出来なかったけれど、何不自由なくて穏やかな日々だった。

母は惜しみなくシレスタヘ愛情を注いでくれた。シレスタも母を愛していた。けれど、窓の外を見つめる母の横顔はいつもどこか寂しげで遠くへ行ってしまいそうで、シレスタは不安だった。彼女があの時何を考え感じていたのか、今となってはもう分からない。

それでも今、15の時の母が着ていた服を着て、同じように儀式を迎えようとしている。

あの穏やかだった母も緊張や不安を感じたりしたのだろうか。

もう、自分には母の思いを聞く手だてはない。けれど、この服には母の思いがこもっている。

そっと指輪を胸の前に持っていく。

抱きしめるように目を閉じて指輪を包み込む。


お母さま、どうか私に御加護を。


震えが完全に止まった訳では無い。

それでも鏡に映る自分の目は揺らいでいなかった。


扉からノックの音がする。

シレスタは1つ呼吸をして、扉の方へ振り返り歩みを止めることなく真っ直ぐ歩いていく。



レイも儀式に備えて正装に着替えていた。

白い礼服に身を包み、完璧な騎士の正装だった。

シレスタ付きの護衛であるため、シレスタの衣装に合わせて白を着ているが、儀式中にシレスタの傍で護衛することは無い。

儀式の間は例え、王族であろうと近づくことは出来ない。

そのため、シレスタには儀式が始まる前にだけ会うことが出来るが、今は会うこと自体に迷っていた。

元々は、シレスタの様子見も兼ねて会いに行くつもりだったのだが、ロイデントと話をしてから思い直した。

自分ではそんなつもりはなかったが、もしもシレスタを不安にさせてしまう要素が自分の中にあるのなら会いに行かない方がいいのかもしれない。それで本当にシレスタが魔法を暴走させてしまったら大騒ぎになりかねない。

いや、何よりシレスタが傷つく姿を見たくないのだ。

彼女を悲しませたくない。

彼女の笑顔を守りたくてずっと傍で守ってきたのだ。銀の魔法使いとか関係なく、シレスタ自身を守りたくて。

彼女はレイにとってただの女の子だから。


と、辺りがしずまり変える。先程まで騒々しかった観客が息を潜めるように儀式の舞台に目をやる。

レイもそちらへ目を向けた。

儀式の場には、聖域と呼ばれる場所の周りに柱が取り囲むように建ち、その中央には水が滴っていた。

彼女は、静かに聖域の中心へと足を進めていた。

彼女が歩みを進める度に太陽の光で透き通る白い衣装が輝くように靡き、静かな水場に波紋を広げる。

彼女、銀の魔法使いは聖域の中心にたどり着くと、観客に背を向けたまま、袖を広げお辞儀をした後、そっと上をむくように顔を持ち上げた。

そうして、演奏が響き渡ると共にゆったりと動き始めた。

袖を広げ、戯れるように踊り出す。

足を動かす度、水しぶきを上げながらゆっくりと、けれど確かな足取りで踊る。

彼女が踊る度に、穏やかな風が周りに漂った。

キラキラと水しぶきが彼女の周りで戯れるように輝く。

踊りは激しいものではなく非常にゆったりとしたものだった。軽やかな踊りに、白い服に身を包むシレスタはまさに妖精のように神秘的でレイも観客と同じように見入ってしまう。


レイは眩しげにシレスタを見つめる。

シレスタが特別な女の子だと知っている。

風を操り、空気を操り、そして人の心を魅了する。

彼女が笑えば柔らかな空気が流れ込み、暖かい気持ちになる。

彼女が輝くほど世界も輝いて見える。

だから、彼女は特別なのだ。


曲が終わり、シレスタもお辞儀をするように跪く。

わっと湧く歓声に無事に終えることが出来たのだとレイは実感した。

そうして舞台を()けるシレスタの姿を見て、直ぐにレイは舞台裏へと向かった。



舞台裏に捌けたシレスタは重そうな足取りで歩を進める。

高揚感と胸の高鳴りと不安と緊張で心が落ち着かない。

舞台から降りて、魂が抜けたようにとぼとぼと歩いた。

無意識の中で踊っていたシレスタは、歓声の声を聞いて無事に終えることが出来たのだと実感した。

そうして観客の歓声や姿がなくなって、気が抜けると今度は肌がザワザワと泡立つ感覚があった。

咄嗟に自分を抱え込む。

急にしゃがみ込んだシレスタに、裏で控えていた人達が驚いたように駆け寄ろうとしていた。


「来ないで!」


シレスタは声を上げて周りを制す。

ザワザワと自分の中で溢れるものを必死に押さえ込んだ。

儀式は無事に終えることが出来たが、緊張の糸が緩んだことで魔力を抑えきれなくなったのだ。

ここまで魔力を解放したことは初めてだった。そのせいで自分でもどうすればいいのか分からない。

今まで魔力は自分の感情でコントロールしてきた。

でも、これは違う。感情だけでは抑えることの出来ない魔力が溢れかえっているのだ。

左手の指輪を胸の前に抱え込む。必死に祈るように抑え込もうとするが、より暴れる魔力にどうすればいいか分からず余計に不安定になってしまう。


助けて、誰か


「シレスタ!」


シレスタに馴染んだその声が耳に届く。


「レ、イ」


涙で歪んだ視界でよく見えないが、白い礼装に身を包むレイの姿を捉えた。

レイは必死にこちらに歩み寄ろうとしているが、シレスタから巻き起こる風が邪魔となり近づくことが出来ないでいた。


「レイ…」


と迷子の子供のような声をこぼす。

レイは何とか必至に歩みを進めてシレスタの元へ向かう。

けれど、風はかまいたちのようにレイの体を傷つけた。白い礼装が赤く染る。

シレスタは怯えたように身体を震わせ首を振る。


「だめ、やめて、いや…」


シレスタが動転したせいでまた風が強くなる。

それでもレイは懸命にシレスタの元へと向かう。

そうしてようやく傍に来たレイは、苦しげな表情をしながらシレスタを抱え込むようにそっと抱き寄せた。


「シレスタ大丈夫だ。落ち着いて」


レイの声や温もりを感じ、シレスタはようやく安心できる場所に戻れたことで、安堵したように力を抜いた。

そうして、シレスタが巻き起こした暴風も止んでくる。

優しい風が頬をそっと撫でたことを感じてシレスタはゆったりと意識を手放した。


レイは腕の中にある小さい温もりが力を抜いたことを感じ取りようやく安堵した。

レイは抱き締めた腕の力を緩め、シレスタを抱え込んだままぐったりと倒れ込んだ。





きっと夢を見た。

穏やかな窓から差し込む銀色のカーテンが煌めく。

その笑顔を見る度に幸せだった。

抱きしめる、その温もりが胸の中を満たした。


『シレスタ、覚えておいて』


『どこにいたって、私はあなたの幸せを願っているから』


柔らかく微笑み、和らげた瞳は光に反射してエメラルドグリーンの色が輝いていた。




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