4-騎士の苦悩
今日は天気も良く、風で煽られた草木がサワサワと音を鳴らす。
レイは今、敷地内にある鍛錬場から少し離れた草木が生い茂る場所で剣の素振りをしていた。
今日は、準備体制万端で行かなくてはならないため、鍛錬も兼ねての精神統一が目的だった。
のだが、レイはどうにも集中出来ていない様子だ。
(……シレスタは、大丈夫だろうか)
剣に集中しようとしても、去り際のシレスタの様子がどうにも気になってしょうがない。
シレスタの表情から、詳しく読み取ることは出来なかったが、部屋を出ていこうとした時、レイの頬を撫でた風が気になった。
明らかに普通の風と違う風。
その風を感じ、レイは出ていこうとした足を止めたのだ。
どことなく不安を感じたから。
その時は気のせいだと思い、その場を去ってしまったけれど、よく思い返して考えてみれば、シレスタの起こした風だったのかもしれない。と、言うよりも事実そうだったのだろうと、正直、今は確信している。
(何か、もう少し気の利いた言葉を掛けるべきだっただろうか……)
シレスタが何を不安に感じているのかをレイは分かっている。
まだ、魔力をコントロールすることが出来ない少女。
今日は特別な日だった。
今日、城の一角にある神殿で行われるのは、この国の誇る、銀の魔法使い様のお披露目である。
別名、風祭り
銀の魔法使い。
代々その血は子孫へと受け継がれ、この国を守る存在として、そしてこのロジェ王国もその存在を守り育てる存在として、シレスタが生まれてからこの日まで王宮で大切に育ててきた。
この国の人々からすれば、銀の魔法使いは神にも近しい存在だった。崇め奉られるべき存在。
その銀の魔法使いは、15才になった時に国民にお披露目をする。
銀の魔法使いは、その髪が銀色だからこそ付けられた名前だった。
この国の古い書物には必ずと言っていいほど銀の魔法使いについてが記されている。
そして、その銀色の髪を持つシレスタは代々受け継がれてきた銀の魔法使いの末裔であり、この国が崇あがめ奉たてまつる銀の魔法使いその人なのである。
今日のお披露目は、15才になった銀の魔法使いのお祝いの意味。そして、この国は銀の魔法使いに守られている事を示す神聖な儀式なのである。
そのため、魔法をコントロールすることが出来ないシレスタが、大勢の国民の前で魔法を暴走させてしまうと国民の不安を煽ることになってしまう。
そうなれば、シレスタが国民から後ろ指を指されてる自体になりかねない。
レイはこれからの事が心配で仕方なく、思わずため息をこぼす。
そして、こんなときに何もしてやれない自分の不甲斐なさを思い知る。
そんなことを考えていると、気づけば、剣を降る手も止まっていた。
精神統一のつもりが全くなっていない。
(もう、何だか…)
「そこの悩める騎士様ぁ〜!」
と、自分の重苦しい気持ちとは裏腹に、背後から明るい声が降ってきた。
振り返った自分は相当不快感を顕にした顔だった事だろう。
「俺は正式な騎士ではない。身分は王宮に使える近衛だ」
そう言って、レイの振り返る先には燃えるような赤毛の髪をした少年が塀の上に座っていた。灰色をした瞳はレイに向けたまま楽しげに微笑んでいる。
レイとは違うデザインの近衛兵の制服を身に纏う彼の見た目は、実に小柄で随分幼く見える。
けれどその少年を見た目だけで判断してはいけない事はよく知っている。
「えぇ?姫君を守るのは騎士様の役目だろう」
燃えるような赤毛の少年は、塀の上で足をプラプラさせて座りながら、わざとらしく驚き、おどけるように言う。
「王女殿下を守るのはリアン殿の役目だ。俺の役目は王宮とシレスタを災厄から守ることだけだ」
そう真剣な顔で言うレイに対し、赤毛の少年は「ヒュ〜」と口笛を吹いて「カッコイ〜」とからかうように言う。
「まさに姫君を守る騎士様のセリフだなぁ」
とニコニコとした表情で言う。
レイは片眉を上げると、スタスタと赤毛の少年の方へ近づいていく。
赤毛の少年は、レイの雰囲気が変わったことに対して、あどけない顔で、不思議そうな表情をした。
何だ?と赤毛の少年は思っていると。
「よっと」と考えるより先に反射的に体が何かを避けた。
そして、「ヒュンッ!」と遅れて音がやってくるのと、赤毛の少年が何を避けたのか理解するのは同時だった。
それを避けるために体制を崩した赤毛の少年は、塀の上で干された布団状態になっていた。
「えっと〜、お兄さん何してるの?」
額のすれすれを剣先が通った少年は、額からポタリポタリと汗が流しながして、灰色の瞳を虚ろにしながら引きつった笑みを浮かべている。
「ちっ、仕留め損なったか。どうやら、俺も腕が鈍っているようだな。もう少しでその残念な頭が掻っ切れたかと思うと非常に悔やまれるよ」
と、実に爽やかな微笑みを浮かべながらレイは言った。
「あははは、それはご期待に添えず残念な限りです」
と、少年は全く残念とも思っていない、強ばった笑みを浮かべながら言った。
赤毛の少年は乾いた笑い声を出しながら、塀に干されている体制からヒョイっと起き上がる。
と、少年はやけに景色がよく見えるなあと思った。
ふと、前髪に触れてみる。
………やられた。
「そっちの方がサッパリして丁度いいだろう。ルアン殿」
レイは、いたずらが成功した少年のようにいい笑顔を浮かべる。
この燃えるような赤毛の少年はルアン・ディレイア。王宮に仕える近衛兵の1人だ。レイと同期で、話もそれなりにする間柄である。
見た目は12や13と言ってもいいぐらい幼い容姿なのに、ルアンはレイと同じ17である。
この見た目で、誰も近衛兵だとは思わない。何しろ、見た目は子供で、体格は筋肉も見られないようなヒョロヒョロの体なのだから。
「どうせ暇してるんでしょ。生身の人間相手の方がいいんじゃない」
ルアンはニッコリと微笑んでいるが、灰色の瞳は挑発的だ。
レイは城の一角をチラッと見た。
「いいよ。やろう」




