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銀色の鳥  作者: 汐留 縁
20/20

20-晩餐会



レイはバーデン氏に招かれた晩餐で、ゆったりと歓談していた。

食事をするのはバーデンとレイの二人っきりだ。

バーデンは目が見えないため隣に控えている使用人が、食事が運ばれる度に耳元でメニューの内容と食材の位置を教えていた。

バーデンは見えていなくてもとても器用に食事をしていた。そこから見るに、かなり前から目が見えない生活を送っていたのだろうと思った。


「そういえば、この前まで王都は祭りで賑わっていたそうですな」


レイは食事をする手を止める。


「はい、銀の魔法使いのお披露目祭ですからね。街は出店や見世物などやっていて大変賑わっていたそうですよ」


「そうなのかい。いやあ、懐かしいね。私もまだ若い頃に、前の銀の魔法使い様のお祭りに参加したよ」


シレスタの1つ前、恐らくシスカさんの事だ。


「その時はどんな感じだったんですか?」


レイは気になって思わず口にする。


「どうだったかな?かなり前の話でな、祭りのことはあまり良く覚えていないが、銀の魔法使い様のことはよく覚えているよ。

彼女達は本当に不思議な存在だ。どんな人間だって瞬く間に虜にしてしまう」


バーデンはワイングラスに手をつけると、その時のことを思い出すような表情を浮かべる。


「あの頃は私も若くてね。なかなか仕事が上手くいかなくて毎日机に齧り付いているような状態だったよ」


よっぽど大変だったのか当時の感情を声音に滲ませる。


「そんな時に、彼女の踊りを目にしたんだ」


バーデンは当時のことを思い出していた。

彼女の姿が見えたのはずっと遠くだったけれど、とても美しく、まるで女神のようだと心奪われた。


「別に彼女の踊りを見たからといって人が変わったように優秀になったり途端に元気になったりはしなかったけど…彼女を見て驚いたんだ。彼女の踊りには迷いがなかった。

彼女は、覚悟を決めている人だったよ」


彼女はあの幼い背中にに全ての人の思いを背負っていたのだろう。きっとあの時の感情は衝撃に近かった。


「情けないものでね、私は生涯で唯一愛した妻を若い頃に亡くしてしまっているんだ。自分の事で手一杯だった私は妻に心を砕いてやることが出来なくて、亡くして初めて気がついたような男なんだ」


と、バーデンは自嘲するように苦笑いを浮かべる。

その情報はレイも把握していた。バーデンは若い頃に妻を亡くし、その後再婚することも無かったためご子息もおらず1人っきりで領地を切り盛りしてきたと。


「この歳になると沢山の後悔をしてきたと思い知るよ。でも昔のことなんてもう取り返しようもないから、手が届くのなら間に合ううちに手を伸ばした方がいいよ」


バーデンは沈んだ表情で話を締めくくった。

レイは途中から自分の事のように話を聞いていた。

手の届くうち。きっとそれは今のレイの状況の話だと。


「と、前途ある若者に愚痴をこぼしても仕方ないね。私みたいな後悔は君には縁のないことだろう」


バーデンは表情を一変させて切り替えるように言葉を繋いだ。

レイはその言葉になんとも言えなくて「いえ」とだけ零す。


「この歳までずっと苦労を重ねてきたけれど、けれどようやく後継を見つけて隠居生活が送れそうだから安心してるよ」


と、バーデン氏の言葉に相槌を打ちかけた口を閉める。

バーデン氏にはご子息は一人もいないはずだ。後継というところに疑問を抱く。


「失礼、卿にはご子息がいらっしゃいませんよね?後継とは一体?」


バーデンは口元をナプキンで拭きながら、ああと思い出したように呟く。


「話していなかったね。実は甥っ子に私の後を継いでもらおうと思っているんだ」


そうして、彼はふーと息を付くと両手をデーブの上にのせる。


「私もいつかは死んでしまうからね。その前に、私の妻が愛した場所だから生きているうちに誰か、信頼できる人に託したいと思ったんだよ」


そう言って口元に笑みを浮かべた。


「私の兄は優秀な人でね、その兄の推薦でゲイルはどうだと勧められて、実際に手際も良いから跡を継いでもらおうと思っているんだよ」


「そうなんですね」と頷きながらレイは少し考え込んだ。


「…ああ、そうだ、侯爵。明日領内を見て回ろうと思いますがよろしいでしょうか?」


「ええ、是非。自由にしてくださって構いませんよ」




食事が終わり、レイは部屋へ戻った。

アンバーの入れたコーヒーを飲みながら、ソファに座り考え事をする。

しばらくすると、ドアをノックしてアンバーが戻ってくる。


「どうだった?」


レイはアンバーが戻って開口一番に口にする。


「随分と人の入れ替えがあったようで、私の見知った使用人はほとんど居なくなっていました」


「そうか」


と言ってまた考え込む。

実際にバーデン卿と話してみて、聞いていた印象とは随分と違い温厚な方であった。

もう少し、自分の父親のような堅物な印象を抱いていたためはっきりと言えば拍子抜けだった。

それでも、話を聞く限りでは随分と好感が持てる人物であった。そんな彼が事件に関与しているとは考えられない。

そこで気になったのが、甥っ子の話だった。ゲイルという人物。バーデン卿からの話の人物像は、随分と信頼されている

優秀な甥っ子だが、事件が起こったこのタイミングで話が出てきたのだから何か関係があってもおかしくはない。

そこで以前も屋敷を訪れたことがあるアンバーに内情を調べて貰おうと思ったのだが、まさかほとんどいなくなっているとは予想していなかった。それが偶然か故意かは今のところ判断がつかない。


「一応、数人の下働きに話を聞いて見たんですが卿から聞いた話とは違って、随分と粗忽で乱暴者といった人物のようでした」


レイは片眉を顰める。


「どういう事だ?」


「何でも、命令に従わなかったり自分の気に入らない使用人は解雇か別邸へと追いやっているようです」


レイは更に眉をひそめた。


「それは、かなり好き勝手やってるみたいだな、その甥は」


これはかなり黒とみて間違いないだろう。

直接事件に関係あっても無くても、この事件の一端には関与してそうだ。

レイは眉間部分に片手を置く。


「これはこれで色々面倒そうだ」


件の失踪事件に加えて、侯爵家のお家騒動。

既に屋敷の使用人を捌くほどの権利をゲイルは持っているという。バーデン卿が信頼しているくらいだ。それなりの権力を有しているのだろう。

何よりも問題なのがそれをバーデン卿が把握していないということだ。

恐らく下っ端の使用人ではゲイルの素行を報告することが出来ないはずだ。しかも、言う通りにしなければ解雇か別邸に回される。たぶん、バーデン卿の周りにいる使用人はもうまともにバーデン卿に忠誠を誓っている者は居ないだろう。全てゲイルの言うことを聞く、人形しか残っておるまい。

バーデン卿が本当に全て把握していないというか前提で話すのであれば、かなり根っこから腐り始めていると考えていいだろう。


「元々、侯爵に仕えていた使用人達は今どうしている?」


「そこまではわかりませんでした」


アンバーは首を振ってそう答える。


「そうか、分かった。とりあえず調査は続けてくれ。何か分かれば教えるように」


「かしこまりました」


レイはため息をこぼす。これはかなり話が入り組んだことになって居そうだった。

簡単に帰れると思ってはいなかったが、想像よりも遥に時間を取られそうで気が滅入りそうになる。

何時になったら城に帰れるだろう。仕事の事情もありシレスタには何も話さずに来てしまった。

その事も気にかかってしまう。

今の自分の実力で本当に解決できるのだろうか。

レイの中では不安と焦りばかりが募っていった。




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