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銀色の鳥  作者: 汐留 縁
19/20

19-不思議な訪問者



シレスタはお昼時になり、王宮内の庭を散歩していた。

すっかり草木や花々が生い茂る庭は、サワサワと音を立て、自然と気持ちが良くなる。

木漏れ日のなかゆっくりと深呼吸する。

レイが城を発って4日がすぎた。どうやらレイの父親、モレン卿からの呼び出しで一時帰宅することになったらしかった。詳しい事情を知らないシレスタはすぐに帰ってくることだろうと思っていたけれど、結局今日までなんの連絡もなかった。

せめて、城を出る前に一言くれても良かったのにと思わなくもないが、口出しすることも出来ないシレスタはただ待つだけだった。

はあと溜息を零す。


「何かお悩みですか?シレスタ様」


と先程から付き添っていた赤毛の少年が口を開いた。

レイの代理としてシレスタの護衛をルアンが請け負うことになったらしく、ここ数日は付き添ってもらっていた。

ルアンのことはレイとよく話している背の低い少年というイメージだった。格好から近衛だということは分かっていたが、背丈からもっと若手だろうと思っていたためレイと変わらない歳だと聞いて驚いた。

ルアンは取っ付きやすい性格のため、あまり人と関わりのないシレスタでもすぐに親しくなることが出来て、それなりに上手くやれていると感じていた。


「いえ、その、何時になったらレイは帰ってくるのかなぁって」


ああ、とルアンは楽しげに笑う。


「なるほど、女性を悲しませるなんてレイは罪作りな男ですね」


と言ってルアンは大袈裟な身振りをする。


「いえ、私が勝手に心配しているだけですから」


シレスタはルアンのジョークが分からず、ちょっとズレた返答をしてしまうがルアンは特に気にした様子もなかった。


「レイなら大丈夫ですよ。公爵から直々の仕事を任されてそれをこなしているだけだそうですから、待っていればあっという間に帰ってきますよ」


レイの推薦で代理のシレスタの護衛となったルアンは全ての事情を把握しているため、伏せるところは伏せて話をする。


「そう、ですね。きっとあっという間に帰ってきますよね」


シレスタはルアンの言葉にいくらか安心したのか、笑みを浮かべる。


シレスタは庭の気持ちのいい風に揺られながらゆったりとそこでしばらく過した。そのまま庭先でほんの少し足を踏み出した時に、傍の草垣からガサリと音が鳴った。

2人して視線を向ければ、のそのそとした物体が垣根から姿を現す。

歩きながら姿を見せた物体はふてぶてしい顔でこちらを見上げた。


「ねこ、ですね」


と最初にルアンが口を開き、シレスタも驚きながら「はい」と答えた。

そう、目の前に現れたのは猫だった。

黒い毛並みのずんぐりむっくりとした猫はエメラルドの瞳を、こちらにじっと見据える。


「あなた、一体どこから来たの?」


とシレスタは猫に話しかけた。


「そういえば、シレスタ様は動物の言っている言葉が分かるんでしたっけ?なんて言っているんですか?」


と、ルアンは興味津々な様子で聞いてくる。

シレスタは猫に視線を向けながら困った表情を浮かべる。


「波長が合う子やこちらに話したい意思のある動物とは話すことができるんです。でも、この子は…」


そう言って言葉を引っこめる。


「どうしたんですか?」


シレスタは悩んだように口にする。


「この子話せないんだと思います」


シレスタはほとんどの動物と意思を交わすことができる。たまに、話しかけても答えない動物がいるけれど、それでも全く話さない動物はいなかった。

けれどこの子は少しも話す気配がない。

話せない動物は、シレスタの経験として何かトラウマを抱いている可能性があった。

前に馬車に轢かれた鳥を手当した事があったが、その子も言葉が喋れなくなってしまっていた。

シレスタは心配気に目の前の猫を見つめる。


「話せない子って心身的に怪我をしている可能性があるんです。この子もそうかもしれない」


「そうなのかい?」


ルアンは屈んで猫の様子をしげしげと観察していた。


「特に怪我をしている感じじゃないけど、どうしますか?」


うーんと、シレスタは思案する。

何ともないのなら外へ逃がしてあげるべきなのだろうけれど、猫はシレスタ達から逃げようとする様子がなかった。

シレスタは試しに声をかけてみることにした。

話せなくてもこちらの言葉は分かるはずだ。


「ねぇ、あなた、一緒に来る?」


そう聞けば猫はお座りの姿勢から腰を上げてシレスタの足元へと来る。


「来る、見たいですね」


ルアンは猫の様子を見てそう口にする。


「そうですね、一度部屋へ戻りましょうか」


そう言って、シレスタは猫を抱っこしようと思ったけれど持ち上げる前にシレスタの非力な腕では流石に持ち上がらなそうだった。

それを察してルアンはヒョイっと猫を持ち上げた。


「この猫重いな。何食ってんだ」


とルアンは零した。

そう口にすると猫は鋭い目でこちらを見つめた。

まさか、俺の言葉もわかるのだろうかと一瞬ドキリとする。


シレスタは「さあ、戻りましょう」と言って歩き出していた。

ルアンもその後に続こうと足を進めようとしながら小さな声で呟く。


「それにしてもふてぶてしい猫だな。本当にお前怪我なんかしてるのかよ」


「うるさい小僧」


えっ、と思って踏み出した足を止める。

もう一度見つめた猫は目を閉じて眠っていた。

まさか、な。と気のせいだと思いながらシレスタの後を追いかけたが、腕の中の物体に対して何故か冷や汗が流れていた。



部屋へ戻ると、猫は用意されたご飯を食べ終えると今はふかふかなベッドの上で寛いでいた。

ホッとするシレスタに対してルアンは猫には近づこうとせず、なぜだか警戒するような視線で観察していた。


「どうかしたの?」とシレスタが聞いてもルアンは「何でもありません」としか答えなかった。


「シレスタ様は動物の声ってどう聞こえるんですか?」


「え?」と声を出してルアンを見るとやけに真剣な顔つきだった。

みんなそんなに聞きなることなのかな?それは、前にレイにも聞かれたことだった。


「その、声というか、音というよりも深いところで聴こえてくるものというか、だから耳で聞く音とは違うものなの」


「それは、言葉とは違うものですか?人間みたいには話さないですか?」


あまりのルアンの気迫に押されるようにうなずく。


「そうね、人間みたいには話さないですね」


ルアンはほっとした表情を浮かべて「だったら気のせいか」と小さくつぶやいた。

なんだかよくわからなかったが、とにかくルアンの中では何か解決したようだった。


「その猫どうしますか?」


と、いつもの調子に戻ったルアンが口を開く。

そう聞かれ、うーんと悩んでシレスタは猫を見る。


「なんだかここが気に入ってるみたいですし、このまま様子を見ようかと」


「そうですか。じゃあ名前を付けたほうがいいですね」


名前か...と悩む。

確かにしばらくここに置くつもりならば名前は必要だろう。

うーん、と悩みながら思いついた名前を口にする。


「アイル、とか?」


特に意味も無く提案した。

ルアンは特に猫の名前にこだわる様子もなく、そうですかと言った様子で頷く。


「いいと思いますよ、どうせ短い間でしょうから。俺的にはタマとか適当な名前だっていいと思いますし」


と言ってルアンがアイルに手を伸ばそうとしたら、気配を察したアイルが「シャー」と威嚇する。

「おっと」と言って手を引っ込めたルアンは、「やっぱりこいつ聞こえてんなぁ」とブツブツと何やら呟いていた。





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