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銀色の鳥  作者: 汐留 縁
18/20

18-出発



ガタガタと揺れる馬車の中で思わず微睡んでいたレイに声がかかる。


「レイ様、目的地が見えてきました」


視線を上げれば目の前には幼い頃から世話になっている黒い燕尾服のに身を包んだ従者がいた。

この任務を遂行するにあたり、ロイデントから1つ条件を出された。


『それとひとつ、この任務には君のもうひとつの身分で行ってもらう』


『もうひとつの身分?』


『ストライト公爵家の身分だ』


レイ・ストライト。父親はモレン・ストライト公爵だった。

どうやら、宰相の地位にいるモレン公爵は、ブッシュンテルツ侯爵と個人的な関わりがあった事から、その伝手から辿る事にしたらしかった。

そのため、その伝手を辿るにあたりレイは王国近衛兵としてでは無く、モレン公爵の紹介として公爵家嫡男として赴くことになった。

だから、表向きは仕事ではなく私的な訪問となった。

そしてこの事で、バーデン侯爵家を訪れた事があるストライト家の従者が付き添うことになったのだ。

彼は、アンバー・グリッチ。彼はレイが幼い頃から身の回りの世話をしてもらっており、屋敷にも長く務めている。

今の彼は30くらいでバーデン侯爵家を訪れたのはかなり若手の頃と言っていたが、屋敷の中で1番信頼出来る従者であったことから彼を付き添わせることにした。

そのため、アンバーも今回の任務は承知している。

レイは堅苦しい首元を緩めた。


「やっぱりこういった格好は合わない」


と息苦しそうに言葉を吐く。


「そういった格好をされると若い時のモレン様に似ていますね」


と懐かしむようにアンバーは目を細める。

レイはよく分からずに眉を顰める。

そうなんだろうか?正直、自分と父親に似通った点は無かった。顔は母親似だし、性格も周りにいる人達は祖父に似ていると言われた。

元々、レイが近衛兵を目指すきっかけになったのも祖父が近衛師団長だったからだ。そんな祖父に憧れ、剣を振るうようになった。

祖父と父の性格は幼いレイからみても真逆だった。祖父は竹を割ったような性格に対して父親はとても真面目で厳格な性格だった。

まさに太陽と月と言った感じで、2人が話している様子もあまり見かけず父子らしい雰囲気は全くなかった。

だから、レイが祖父に似ているのなら、幼い頃レイが2人に抱いていた印象のように、周りにもレイと父の関係はそうやって見えるのだろうと思っていた。


「周りにはお爺様に似ているとよく言われていたけどな」


「久しぶりに会って見違えました。今のレイ様に会えば、モレン様に似ていると皆さん思われますよ」


「父上は正直苦手だから、あんまり似たくないけどな」


と苦笑気味に答える。

アンバーは、ハハと笑い声をあげる。


「そこは昔と変わらないのですね」


と幼い頃から知るアンバーは楽しげに笑う。

そうして話しているとあっという間に目的地に着く。


「着いたな。いくぞ、アンバー」


「かしこまりました」


2人は表情を引締める。




「ようこそいらっしゃいました。初めまして、私がバーデン・ブッシュンテルツです」


「初めまして。急な訪問で申し訳ありません。モレン・ストライトの息子、レイ・ストライトと申します」


そう言ってレイの方からバーデン氏の方に歩みよる。バーデン氏はこちらの音に耳をすませ、地面の一点を見つめていた。

そうして近づいたことを感じとったのか握手をするために左手を差し出した。レイもそれに応じる。


レイが屋敷を訪問してしばらくしてやってきたのが杖を頼りにして歩くバーデン氏の姿だった。彼はどうやら目が見えないらしく、感覚だけを頼りに歩いていた。

もちろんそんな事情を知らないレイは驚いた。恐らく殿下もこの事を知らなかったはずである。知っていたのならその情報を事前にレイに伝えるはずだから。

そうしてレイは、抱いていたバーデン氏とのイメージの差に驚きを隠せなかった。


「すいませんなこんな姿での出迎えで、さぞ驚かれたことでしょう」


とこちらが見えないはずの彼は恐らく息遣いでこちらの気配を察したのだろう。

レイは「いえ」としか呟けなかった。


「お手紙では、モレン卿から倅の面倒を見てやって欲しいと伺っておりますよ」


そう、殿下の考えた筋書きがこうだ。

レイが公爵家の嫡男として公爵位を継ぐにあたり、色々と学ぶためにもバーデン氏の元で後学として訪問を許可して欲しいと言って、例の件について調べるのだ。

けれど、バーデン氏が言っていることはそのとおりではあるのだが、口調ではまるで子供の面倒でも見てくれと言われているみたいで、恐らく実際に父からの手紙にそのような感じで書いてあったのだろうと思えばレイは渋い顔を浮かべた。


「モレン卿からの直々の頼みですのでお答えしたい気持ちは山々なのですが、何分こんな姿です。恐らく私が役に立てることはないでしょう。遥々来ていただいたのですから、良ければ滞在の間ゆるりとして言ってください」


ここまで来るのに汽車と馬車を乗り継いでかなり飛ばしても丸4日かかった。

バーデン氏の気遣いは正直こちらには好都合だった。

これでレイは自由に行動することが出来る。


「お言葉に甘えて、しばらくの間お世話になります」



そうして、レイは数日の間世話になる部屋へと案内された。

部屋へ到着すればアンバーは手際よく荷解きしていく。

レイはソファに座って考え事をしていた。


「さて、まずどうするか」


バーデン氏の許可も得たことで随分と動きやすくなった。

あとはどの順序で調査していくかだった。


「とりあえずは今日は休息を十分とって、明日から実際の調査に赴いてはいかがでしょうか」


「まあ、それが一番だね」


と特に反論も無くレイは素直に従う。


「じゃあ、明日はその事件があった場所へと向かうか」


事件があった場所というのは、例の行方不明が起きたであろう場所だ。

行方不明になった人物は2人。1人は荷物を運送していた男で、もう1人が近くの町に住む少女らしかった。

ただし、少女の方はこの事件に関係あるかは不明らしく、もう1人の男の方の情報だけ分かっている状態だった。

その行方不明になった男は荷馬車と共に姿を消したらしく、カルファトル王国からロジェ王国に渡ったことは確認されているからバーデン氏の領地に入ったことは確かだが、国境を超えたあとの消息が掴めなかった。

つまりはロジェ王国側の国境付近で行方不明になったということだ。

貨物の紛失については搬送側が全否定しているので詳細な特定は出来ないが、どうにも配達した当人達が、もしかしたらその周辺で紛失したかもしれないと周りの人に零していたそうだ。

どう言った状況でそんな事になったのかは不明だが、この一帯で何かが起こったと考えるのが自然だろう。

情報も少ないため現場に行ってみる他ないが、地図を見る限りではその周辺は森林地帯になっていて捜索には難航しそうだった。

はあ、と先行き不安な現状にため息が零れた。


トントンと部屋がノックされた。アンバーが気付いて扉へ向かう。

扉を開ければメイドが佇んでいた。


「失礼致します。主人から夕食の準備が整ったと言伝にまいりました」


「分かりました。今向かいます」


レイは崩した格好を簡単に整えて、メイドの後へと続いた。





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