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銀色の鳥  作者: 汐留 縁
13/20

13-胡乱な客人



「レディ、おひとりですか?」


ドキリとして、固まってしまう。

男性の声だった。

わざわざテラスまできて話しかけてくるくらいだ。髪の色を見てこちらが誰か、気づかないはずがない。

クリスティーネが言うところの神経の図太い馬鹿が来たのだと。

呼吸を整えて、振り返りながらできる限り言う通りに睨みつけた。

本当にこれで逃げ帰るかは分からなかったが、衛兵には突き出したくないため、心の中で早くどっか行ってと願っていた。

けれど睨みつけながら相手の顔を見ると、何ともこちらに向かって笑っている顔に嫌悪感を感じなくて、何と言うか、どちらかと言うと、胡散臭さを感じた。

相手は吊り目の青い瞳を細めて、口角を上げて微笑んでいる。アッシュブラウンよりも、少し明るめの髪色はホールから漏れるシャンデリアの光でキラキラ輝いていた。

耳元のインディゴブルーのピアスが胡乱げに揺らめく。

ふと、彼の見た目を見て、思い出す。

ロイデントから、茶髪で青い瞳の黒い服の男性に話しかけられたら相手をして欲しいと言われたのだった。

目の前の男性はその特徴と合致する。

彼は微笑んだまま口を開く。


「やあ、初めましてお嬢さん。なにやらすごい形相で睨まれたけど変質者だと思われたかな?安心して、怪しいものじゃないから」


と両手を挙げて無害だとアピールした。

この人が話すと何だか、より胡散臭く感じるのはなんでだろうと思いながら、警戒心は既に溶けていたので笑顔で返す。


「はじめまして、あの、もしかして殿下が言っていた、茶髪で青い瞳の黒い格好の男性ってあなたのことですか?」


「そこに、いけ好かない男も加わってただろう?」


シレスタは思わずクスリと笑いを零す。

今の言葉を聞いて、ああ、殿下のことがよく分かっている人だと感じた。

相手の男性は苦笑を浮かべる。


「ほんと、第一印象から下げないで欲しいよね」


と困った顔をしながらも口元は笑っていた。


「さて、はじめましてレディ。アルエンス・スフェライトと申します。お気づきの通り、殿下とは友人の間柄です」


改まったようにして、今度はしっかりと紳士(ジェントルマン)としての挨拶だった。

畏まった相手の様子に合わせて、シレスタもカーテシーをとる。


「はじめまして、シレスタ・エラメンタと申します」


まだぎこちなさはあれど、笑ったおかげで肩の力が抜けたのか自然に行うことが出来た。

そうして彼、アルエンスを見ればにっこりと握手を求めるように手を差し出している。

なんの警戒もなくシレスタも手を差し出せば、アルエンスは流れるような動作でシレスタの手を取り、チュッと気づくよりも先に音がした。シレスタは慌てて手を引く。

アルエンスはそんなシレスタの様子にもニコニコとしている。

油断していた。

ごく流れる動作で、手の甲にキスをしたのだ。もちろん挨拶の一種だとシレスタも理解しているけど、いきなり素肌に男性の唇が触れたかと思うとドキッとしてしまった。

そうして触れられた手の甲を擦りながら、熱くなる頬を隠すように俯く。


「その、珍しいお名前ですね」


照れ隠しのように話題を振った。

初な少女だと思われたくなくて焦ったように話をし始めたけれど、実際名前を聞いた時に思ったことだった。

ロイデントと仲のいい貴族なら自分も知っていそうなものだが、思い出せないどころかこの国ではあまり聞かない名前だったのだ。


「そうですね。母国ではありふれた名前ですが、こちらの国では珍しいでしょう」


と、アルエンスはシレスタの様子を気にした風もなく合わせるように言葉を返した。

そして、シレスタはアルエンスの返事から他国の人なのだと思い至った。

他国なのだと理解すれば、恐らく、この国の訪問を許される上、殿下とも仲が良いなら彼が以前に遊学の為にと訪れた国に違いないと考え至る。


「もしかしてカルファトル王国の方ですか?」


シレスタの答えを聞き、アルエンスは満足げに頷く。


「ええ、国の代表として訪れた次第です」


その答えを聞き、そうなんだと納得する前に隣国から客人が来ていた上、国の代表として訪れていたことに衝撃を受ける。

その話は一切シレスタが知り得ない事だった。

シレスタが動揺することを察して伏せられていた話なのだろうけれど、どのタイミングで聞いてもショックを受けることには変わらなかった。

シレスタの様子を感じ取ってアルエンスがいくらか軽くするような言葉で話す。


「視察と言っても、物見遊山のようなものですよ。そこまで堅苦しいものではありませんから」


と何でもない事のように言う。

シレスタは少しだけ心を落ち着かせた。


「そう、なんですね。楽しんでいただけたのなら幸いです」


「ええ、もちろん」


と、忙しなく指を絡めるシレスタに対してアルエンスは仰々しくリアクションをする。


「さて、シレスタ孃。もしよろしければ一曲いかがですか?」


そう言ってアルエンスは紳士らしく手を差し出す。

曲に耳を傾ければ、しっとりとした音楽が流れていた。

タイミングを見計らったのかは分からないが、シレスタもこのぐらいの曲調なら踊れそうだと、自分の手を差し出された手に添える。

そうして微笑み、

「ええ、ぜひお願いします」




ホールへ戻り、ダンスの輪に混ざる。

曲調が落ち着いているおかげで、焦らずに踊れることが何よりも嬉しかった。その上、リードするアルエンスが上手いおかげでとても踊りやすい。


「今日のパーティはいかがでしたか?」


シレスタはそう聞かれ、踊りながら今日を振り返る。

色々なことがあったけれど、第一に思い出してしまうのはダンスの事だった。

真っ先に思い出すのが楽しかったことじゃないなんて。

普段なら取り繕って良い事だけをいうけれど、今日は疲れて気が抜けていたのと、何だか彼の前なら取り繕わなくてもいい気になって思ったことをそのまま口にする。


「その、1日疲れました。何と言うか、想像していたよりもダンスが難しくて…」


「そうだね、この前の時の方がずっと活き活きしてたもんね」


茶化すように言われ、シレスタは恥じ入るように俯く。

お転婆だと思われたみたいで何となく居たたまれない気持ちになった。

そんなシレスタの様子を気にした風もなくアルエンスは今度は真面目に言葉を続けた。


「君には堅苦しいダンスよりも、自由に自分を表現できるああいったダンスの方が似合ってるよ」


スっと胸に入るアルエンスの言葉に、恥じ入った気持ちも忘れ、何故か嬉しくなった。

何だか、そのままの自分でいてもいいと言われた気がして少しだけ胸が軽くなったような感じがしたのだ。

祭りが始まった時から、いきなり重い荷を持たされたように、ずっと苦しい気がしていた。自分じゃない別の誰かにならなきゃいけない気がして、ずっと焦っていた。

けれど、きっと彼自信が取り繕わない人だから、裏表がないその言葉がスっと入ってきたのだと思う。

シレスタは小さく「ありがとうございます」と言った。

彼にとっては何でもない言葉だけれど、シレスタには十分元気づけられる言葉だった。


しばらくお互い他愛もない話をして踊っていたらアルエンスが唐突に口を開いた。


「そうだ、僕のことはアルって呼んでいいからね」


「アル、様?ですか?」


「敬称もいらないよ。呼び捨てで全然いいし。敬語だって使わなくていい」


「えっと…」


と、さすがにシレスタも口ごもってしまう。

いくら好感を持った相手とはいえ、さっき初めてあった相手と気安く話し合うというのは難しかった。


「まぁ、無理にとは言わないよ。好きにしてくれて構わない」


アルエンスは強制するつもりは無いらしく、シレスタが困ったのを見て言葉を付け加える。

そうしてまた、少し沈黙した後にアンエンスは口を開く。


「ひとつ聞いてもいい?」


「何ですか?」


「君のお母さんの瞳の色って何色?」


唐突に話が変わった。

話の意図が見えなくて、思わず戸惑ってしまうが答えてもとくに問題なさそうだと思い正直に答える。


「えっと、エメラルドグリーンです」


不信げな顔で答えたシレスタに対して、アルエンスはニコッと微笑む。


「そっか、じゃあ君の瞳の色はお父さん譲りなのかな?」


「いえ、えっと、私お父さんって居なくて…」


シレスタには、父という存在はいない。

銀の魔法使いは家庭を持つことが許されず、自分が存在するのだから父というものは存在するのだろうけど全く知らない事だった。

それは自分だけに関わらず、歴代の魔法使い全ての人に言えることだ。

代々、子孫を残すために国の中から選ばれた者が宛てがわれるが、それは自分で選ぶことも出来なければ、相手は父親と名乗ることは許されず、その相手とは二度とかかわり合うことは無いと教えこまれた。

そのため、シレスタの中で父親という存在はいない。

そして、それはこれからの自分にも言えることであった。


「ごめん、失礼なこと聞いてしまったかな?」


そんな事情を本当に知らなかったであろうアルエンスは、シレスタの返答にはさすがに申し訳ないと感じたようで素直に謝った。

シレスタは気にしないといったように微笑んだ。


「いえ、大丈夫です」


「そうか、教えてくれてありがとう」


アルエンスもほっとしたように笑った。

そうして曲も終わり手を離し、互いにお辞儀をする。アルエンスは、シレスタをダンスの輪から抜けるようにエスコートしていた。ごく自然な流れて後を付いていくが、ダンスの輪をぬけても彼は止まることなく進んでいく。

どこに行くのか分からず、戸惑いながらも歩みを止めることが出来ずについて行く他なかった。

そうして、彼は外に出てようやく足を止める。

振り返った彼は、最初の笑顔と変わらず吊り目のインディゴブルーの瞳を細めてほほ笑む。


「今日はどうもありがとう」


そう言って握手を求める彼を警戒してしまうのは仕方がなかった。

それでもきっぱり断ることが出来ないシレスタは恐る恐る手を伸ばす。そして手が触れようとした瞬間、彼の方がグイッと引き寄せた。バランスを崩しながらも何とか踏みとどまったシレスタの耳元で囁く。


「最後に伝言。『赤と白で彩られた花の女王の庭園で、魔法が解ける前までに、一等輝く白い星があなたを待っています』だそうだ」


そしてもう一言囁いた彼は、微笑んでシレスタの背中を押す。そして、建物を背にしてシレスタに手を振っていた。

初めて会った時と同様に、漏れ出るシャンデリアの光が彼の髪色とピアスを輝かせていた。

シレスタは何か言いたげな顔をしながら、そんな彼に背を向けて、彼の伝言を頭の中でなぞりながら思いついた場所へと歩き出す。




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