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銀色の鳥  作者: 汐留 縁
12/20

12-ダンス



目に飛び込む景色は色鮮やかで、いきなり大量の空気を吸ったように目がチカチカした。

下へと続く白い階段に足を踏み出す。

周りの人や空気に圧倒されそうだったが、足取りは確かに、左右で支えられているおかげでふらつくことも立ち止まることも無く進むことが出来た。


そうして気づけば周りを見渡せるほどの壇上にいた。

視線の先にはたくさんの人がいてまるで色とりどりの花のようだとぼんやり感じた。


「皆の者、よくぞ今宵は集まってくれた」


隣から聞こえる国王の声にシレスタはようやく意識をハッキリさせる。


「平穏無事に、今日という日が迎えられたことを嬉しく思う。それは、これまでのそなた達の働きあってのものである。今後の益々のこの国の発展を願うと共に、今日の良き日にこの国の誇る、銀の魔法使いの誕生を祝おう」


国王が話している間に全員にワイングラスが配れていた。

国王の手にもグラスが渡る。

シレスタはすでに配られたワインをぐっと握った。


「それでは、この国と銀の魔法使いのこれからに祝福を」


国王はグラスを掲げ、周りもそれにならう。

「乾杯」と掛け声とともにグラスを煽る。

シレスタもそれにならって中身はジュースのグラスに口をつける。

口に甘い果実の香りが広がる。

空いたグラスはボーイが回収していく。


「さて、もうひと仕事だよシレスタ」


そう耳元でロイデントが囁くと同時に、ロイデントがシレスタをエスコートする。

ドキドキと胸が鳴り止まない中、ホールの中心へと進みでる。そうしてロイデントが腰に手を回し、シレスタは誘導されるままに手を添える。

音楽は2人の呼吸が揃ったと同時に鳴りだした。

円舞曲(ワルツ)。本来アップテンポのダンスだが、シレスタに合わせて少しだけゆっくりにしてもらっている。それでも早いことには変わりないため、間違えないように必死なのだが、今日は練習よりも随分と踊れていた。


「うん、上手いね。流石だ」


と、ダンスによって近い距離にいるロイデントは耳元で囁く。

練習の時よりも余裕があったシレスタはふんわりと笑いかけて「ありがとう」と伝える。

シレスタの微笑みにロイデントは満足そうだった。

ロイデントはシレスタに余裕があることを感じとり話をする。


「今日は君が主役のパーティーだから、楽しんで欲しいけど無理しすぎないようにね。今日の君はまさに女神だからね」


シレスタはロイデントの言葉に目をぱちぱちさせ、ああ冗談かとクスリと笑う。


「分かりました。羽目は外しすぎないように楽しみます」


ロイデントはシレスタがきちんと自覚していないんだなぁとシレスタの言葉に曖昧に微笑んだけれど、まあいいかと思い直した。


そうしてダンスは終盤になりシレスタが話す余裕が無くなると、会話もなくダンスに集中することにした。

そのまま曲も終盤へと向かい、さすがに息が上がり始めながらも何とか踊りきる。2人でお辞儀をすれば周りからは拍手と感嘆の声が聞こえた。


シレスタはふぅと息をついて、歩き出したロイデントにエスコートについて行くとロイデントは耳元で囁いた。


「そうそう、誘いには無理に答える必要は無いけど、1人だけ。茶髪で青い瞳の黒い服を着た、いけ好かない男が話しかけてきたら、出来れば相手してやって欲しい」


シレスタはなんで?と聞きたくてロイデントに問おうとしたけれど、ダンスホールから抜けた2人はあっという間に人の波に押し流された。

あちらこちらから話しかけられ、目を回しながらもこの日のためにたくさんの貴族の名前を思い出そうとしたが、こんな状態では誰が誰なのかさっぱりだった。

すっかり圧倒されたシレスタは棒立ちになってしまった。

何とかこの人混みから抜けたくて、思わず最初にダンスを申し込んだ人の手を取って、またダンスホールへと向かった。

シレスタ達がダンスを終えたあと、王と王妃、王女と続いてダンスをし、今はその周りで他の人たちもダンスを踊り始めたためその輪に加わるように踊り始める。

けれど出だしのところから、最初の曲調と比べてゆっくりなテンポのはずなのに、さっきのダンスよりも踊りづらくて足を踏まないようにダンスに集中しなければならなかった。

相手と話す余裕なんて全くなくて必死に追いつくように踊りをする。

そうしてダンスを終える頃にはぐったりで、それでも人の波が凄くて思わず逃げ腰になってしまう。

そういえばと、クリスティーネから言われた言葉を思い出す。


『いい?シレスタ。もしも、言い寄られてめんどくさくなったらテラスの方へ逃げるといいわよ。よっぽどの神経図太い馬鹿でない限り、追いかけては来ないはずだから。それでももし、追いかけてきたらひと睨みすれば驚いて逃げ帰っていくはずよ。もうどうしようもないやつは衛兵に突き出してやればいいわ』


と強い口調で言われたことを思い出す。

テラスであれば、良識のある人ならしつこく話しかけはしないらしく、また、人に見つかりにくい場所のため逃げるには最適な場所だそうだ。

ホールを出れば休憩室もあるが、まだパーティが始まっての序盤で行くのも忍びないため、クリスティーネの言う通りにすることにした。

「銀の魔法使い様、ぜひ次は私と」「シレスタ様、いつも父がお世話になっております」「良ければご一緒に」とグイグイくる人の波に向かって口を開く。


「あの、少し疲れてしまったので休ませてくださいな」


と言って早々に立ち去った。

立ち去ったシレスタの背中に向かってかける声や、後をおってくる様子も見られたため、人の間を縫って何とか撒きながらテラスへ向かう。

そうして焦りながらも、ふと、人垣の隙間から聞こえた言葉に耳が反応した。


「銀の魔法使い様は、まだまともに魔法が使えないそうだよ」


ピタリと体が止まった、焦ってそちらの言葉に耳を傾けたが、後ろからも人が来ていることでその場を離れる他なかった。

その話が気になりながらも、急いでテラスの方へと滑り込んだ。

そして、シレスタは息を潜める。

テラスへ逃げ込めたものの、目立つ容姿ではあるため時間稼ぎに過ぎないことはシレスタも分かっていた。

それでもようやく人混みから抜けて、肩の力を抜くことが出来たことにほっと息を吐く。そうして疲れた体に夜風がしみ渡る。

あんなに始まる前には高揚感があったパーティも、今となっては煩わしく感じてしまう。

まさか、こんなに大変だなんて。

想像していたパーティはもっとキラキラしていて、ダンスももっと楽しいものだと思っていた。

ロイデントと踊った時は、緊張したけれど少しは楽しいと感じていたのに、その次に踊った人とは緊張を感じる以前にダンスに振り回されている感じで神経がすり減るような気分だった。

思い返してみればロイデントと踊った時は自分が上手かったのではなく、彼のリードがあまりにも上手く、自然すぎて気づかなかったのだと今は理解していた。

はあと溜息をつき、テラスの柵に手をかける。

想像の中ダンスは、もっと高揚していて、足を踏み出す度に体が軽くなって優雅に踊っていた。自分が笑えば相手も微笑んでくれるような。


いや、きっと想像の相手が()だったからドキドキして楽しみだったのだ。


けれど、現実では彼は私とは踊れなかった。彼はシレスタを護る立場の人だから。

仕方がないのだと言い聞かせると、余計に気分が沈んでしまった。

それにと、シレスタにはもうひとつ気分が沈んでしまう原因があった。

人の間を縫っている間に聴こえた言葉だ。


『銀の魔法使い様は、まだまともに魔法が使えないそうだよ』


姿は見えなかったが、どこかの紳士の言葉だった。

ほんの世間話の噂での会話だろうけど、それは真実だっただけに、もう人々の間には知られてしまっていることなんだと不安になってしまった。

周りが理想とする銀の魔法使いになれないことに、胸が重く苦しかった。


シレスタは項垂れるように下を向いた。

そして、そう物思いに耽っていたせいで、人が近づいてくる気配に気が付かなかった。





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