10-穏やかな風
風になびかれる髪をそっと抑えた。
目を細めるように遠くの景色を見つめる。
既に日が傾き始めている景色は夕暮れ色へと変わりつつあった。
あちらこちらで聴こえる鳥の声を聴きながら、寂しいなと感じる。
「シレスタ」
名前を呼ばれ振り返れば、アッシュブラウンの髪と琥珀色の瞳の彼がそこにいた。
「レイ」
驚くよりもほっとしたように彼の名前を呼ぶ。
お互い倒れてから会うのは2日ぶりだった。
懐かしさと嬉しさでじっとレイを見つめる。
彼はこちらに歩み寄ればそっと肩にショールをかけた。
「こんなところにいたら、体を冷やすだろう」
今、シレスタが居るのは敷地内にある、城から少し離れた塔の上にいた。
塔の最上にあるこの場所には障害物がほぼないため、吹き曝しの状態だった。
夕暮れになればやや冷え込んだ風が舞い込む。
シレスタは思い出したようにブルっと身震いした。
レイは、ほれ見た事かといった表情だ。
シレスタは、そんなやり取りも楽しくて嬉しげな表情で、肩に掛かったショールを手繰り寄せる。
「もう身体の方は大丈夫なの?」
シレスタはごく自然になるような感じで聞いたが、もしかしたらそれが逆に不自然に見えたかもしれない。
レイの体調の悪さはシレスタの魔力の暴走が原因の為、申し訳なさがあるものの、謝ろうにもそれも気まずくてどうしても尻込みしてしまう。
「もう、全然元気だよ。普通の仕事にも戻ってるし、アインシュ先生にも問題ないって言われてる」
レイの様子からシレスタの動揺を察したか分からなかったが、シレスタはレイの言葉にほっとため息をこぼした。
レイはシレスタが落ち込んでいることに気づいていた。
けれど、実際のところあの後、一眠りして起きてからはピンピンしていた。
起きてしばらくしてから様子を見に来たアインシュも、ぱっとレイの様子を見て「うん、いいね」と言って帰っていった。何の診察もしなかったことに拍子抜けだったが、まぁその程度の怪我なんだろうと思った。
まだ、掠めたところの怪我は完全に感知していないが、普段の訓練を思えば、大したことない部類だった。
なので、本当に怪我に関してはシレスタが心配するようなことは無かった。
「シレスタの方は大丈夫なのか?」
「うん、私は何ともない。アインシュ先生にも診察してもらったけど大丈夫だって」
「そうか。でも、まだ病み上がりなんだから無理するなよ」
シレスタは素直に頷く。
レイがシレスタの体調を気にかけて、ここまで来てくれたことが嬉しくて思わず微笑む。
「どうしてこの場所がわかったの?」
シレスタはレイの顔を見つめてそう聞く。
この前も、城を抜け出した時にレイにはあっさり居場所がバレていた。
今日もそうだ。誰にも告げずにここへ来たのに、レイは分かっているようにここに来た。
レイは考え込むような表情を見せて口を開く。
「シレスタが1人になりたい時に行く場所は大体わかる。あとは勘」
レイの言葉に、思わずクスリと笑ってしまう。
「勘なんだ」
「勘、というか、何となくそんな風に感じるというか…」
レイは自分でも分からないのか言葉に詰まった。
レイに魔力や魔法は使えない。
けれど、魔力に関しては敏感なところがあった。
無意識に起こしてしまうシレスタの風を感じとって、居場所が分かってしまうのかもしれないなと思った。
「来てくれてありがとう」
シレスタは素直にそう伝えた。
レイに来て欲しかったし会いたかった。
まるで、物語のような…
『私の騎士様』
ふと、懐かしむようにシレスタは目を細める。
「昔、金糸雀の鳥っていう絵本が好きだったの」
「ああ、覚えているよ。塔に閉じ込められたお姫様の話だろう」
まだ、本当に幼かった頃。銀の魔法使いがどういう存在なのかもお互いによく分からず、ただ一緒にいたあの頃。
2人で読んだ絵本があった。“金糸雀の鳥”。
1人のお姫様が悪い魔法使いによって塔に閉じ込められてしまい、それを1人の騎士が助けに行く話だ。
そうして、悪い魔女から姫を助け出した騎士は結ばれて幸せになる。
『私の騎士様』と。
その話は今でもシレスタは好きだった。いや、今だからこそより憧れを抱くのかもしれない。
話の中で、魔女に閉じ込められて外へ出られない姫は騎士と約束を交わすのだ。
『どうか、いつか私を広い空の下へ連れ出して欲しい』
『約束します。そうしたら、あなたに伝えたいことがあるのです』
騎士が何を伝えたかったのかの答えは書かれていなかったけど、何となく騎士が伝えたいことは分かった。
子供の時は分からなかったけれど、今になって、きっとわかるようになったのだと思う。
「それがどうかしたのか?」
レイに聞かれてシレスタは首を振る。
「ううん、何となく思い出しただけ」
「そうか」と返ってくるレイの声音は優しかった。
二人の間で穏やかな時間が流れる。
こうした何気ない時間が好きだった。ずっと続けばいいのにとシレスタは寂しげに沈む太陽を眺める。
太陽が沈み切るまでその景色を2人寄り添って眺めていた。




