秘密
「ん……」
気を失っていたルイスが目を覚ます。
「ッ!」
目を覚ましてすぐに、気を失う直前の記憶がフラッシュバックする。
一瞬与えられた、『死』の恐怖に身体が竦み、自分の意思と関係なく尿が溢れ出る。
「ぅぁ…………」
あの瞬間が脳内で強制リピートされ、身体が震える。
今のルイスは、完全に恐怖に支配されていて、自分が失禁していることにすら気付いていなかった。
その頃エアは、メッサ―・ビットを使って遊んでいた。
計六基のメッサ―・ビットがエアの周りを縦横無尽に飛び交っている。
このメッサ―・ビット、普通であれば、かなり頑丈なナイフでしかないのだが、エアに使わせると、とんでも兵器に様変わりする。
例えば、普通に飛ばして使うのはもちろん。
メッサ―・ビット自体の厚さが1mm程度と非常に薄いので、ドアの隙間から屋内に潜り込ませて暗殺なども出来れば。
慣性を増し、貫通力を上げて、建物ごと破壊することも出来る。
エアがこうも自在にビットをコントロール出来るのは、異常なまでの飛行魔法の適正と特殊な眼を持っているからに他ならない。
この世界にはごく稀に、『魔眼』という眼を持って生まれてくる者達がいる。
透視や遠視、能力は様々だ。
エアの持っている魔眼は『世界の眼』と名付けられた、超空間把握の魔眼。
自分の周辺はもちろん。星の裏側で起こっていることも正確に把握することができる。
……しかし、魔眼を持って生まれた者は本来、魔法が使えないという特徴がある。
ではなぜエアが飛行魔法を使えるのか。
それは身体に魔法を刻み込まれたから。
普段は服に隠れて見えていないが、エアの背中は幾何学模様でびっしりと埋め尽くされている。
幾何学模様の正体はもちろん、飛行魔法の魔方陣だ。
魔眼による空間把握能力と身体の一部となった飛行魔法。
これがエアの強さの正体。
「ん?」
エアがルイスに眼を向けると、何やら酷く震えており、小さな水溜まりが出来ていることに気付いた。
「起きてます?」
「ッ!」
エアの声にルイスの意識が現実に引き戻される。
「起きたなら、「起きた」って言ってくださいよ」
「え、ええ。ごめんなさい……」
エアのあまりの豹変のしかたにルイスは、自分が悪い夢でも見ていたのかと、錯覚する。
そして気付いた。気付いてしまった。
「え?」
自分の股間部が濡れていることに。
「ッ!!」
さっきまでの恐怖はすべて羞恥心に塗り変わった。
急いで浄化魔法を発動して、シミを消す。
「先生いくつですか?」
「う、うるさいわよ!そ、そうだ、授業!授業の続きをしないといけませんね!」
今のルイスに先ほどまでの恐怖を思い出す余裕はなかった。
どうやら恐怖よりも羞恥心の方が大きいらしい。
「その件ですが、試験、合格できそうですかね?」
「え、ええ。……満点合格確実じゃないかしら……」
ルイスが嫌な物を思い出したという表情で答える。
「それは良かった、もう心配する必要はありませんね?」
「……」
ルイスは、事の始まりが自分の発言からだったことを思い出した。
「そ、そうね。飛行魔法だけでも十分戦えるようで安心したわ……」
「それで、どうします?模擬戦でもします?」
「ど、どうしてそうなるのよ!」
「え?どうしてって……」
エアはなぜ分からないのか分からない、という表情で続きを口にする。
「飛行魔法が私より下手な先生に教えて貰うことありませんよね?だから模擬戦でもして時間を潰そうと……」
「暇潰しで殺されるなんてごめんよ!」
「模擬戦ですよ?殺したりしません」
「信用できるわけないでしょ!」
なんとか死の運命から逃げるべく、思いついた提案を投げる。
「あ、あなた、飛行魔法得意なんでしょ?なら、私に教えてくれないかしら……」
「私が教える側になるんですか?」
「そ、そうよ」
エアは難しそうな顔をして考え込む。
エアにとって飛行魔法は手足同然なのだ。
腕の動かしかたを説明してくれと言われても、出来るはずがない。
「……私より詳しい人に頼んで、教えて貰うことなら出来ますけど……」
「私より詳しい人?誰の事かしら?」
「アシュティン博士です」
「なっ!?」
ルイスの瞳が驚愕の色に染まる。
「そんな大物においそれと会えるわけ……!……まさか……」
見たこともない装備に、異常なまでの飛行魔法の操作技術。よく見れば飛行ユニット自体も、市販されている物とは明らかに違う新型。
「会えるの?アシュティン博士に?」
「ん?会いたいんですか?」
ルイスにとってアシュティンは、心より尊敬する大発明家。会ってみたいし、話をしてみたいといつも思っていた。
入学式の日に本物を目にしたときは感動のあまり涙が出そうになったし、挨拶に行こうとしたら既に帰っていて、のろまな自分に絶望もした。
そんな相手に会えるのだ、しかもご教授いただけるかもしれない。
「是非会わせて!」
選択肢は一つしかなかった。今ほど誰も受講しない無属性科に配属されたことを嬉しく思ったことはなかった。
こうして、二人は、学園を抜けだし、アシュティンの研究所に向かった。
「博士、お客さんですよ」
遠くから、「すぐ行く」と返事が返ってくる。
「中で待ちましょう」
「ちょっと、勝手に入っちゃ……」
「何で、自分の家に入るのに気を使わなくちゃいけないんですか……」
一体誰が、礼儀正しく自宅に入るエアを見て喜ぶのだろうか。
アシュティンに心配されて終わりだ。
「え?自宅?……じゃあ、あなた、アシュティン博士の娘さん?」
もし本当にエアがアシュティンの子供だった場合大変なことだ。
「つまり私は、実の母に人体改造された挙げ句、失明までさせられたと……」
ぼそっと、思ったことが口から漏れる。
「え?何?」
「まぁ、娘のような何かです」
さらっと訂正して告げる。
エアは飛行魔法を刻印された後、魔眼の研究と称して目玉をいじくり回され、そのせいで視力を完全に失ってしまったのだ。
魔眼の力がなければ、今のように自由に動き回ることは出来なかっただろう。
「お待たせ、早かったね?」
「抜け出してきました。この人が博士に会いたいと言ってきたので」
「は、初めまして、ルイス・マーティンと申します。お会いできて光栄です……!」
「お、おぉ……、よろしく……」
ルイスの圧に押されつつもなんとか応答するアシュティン。
「もしお時間がおありでしたら、是非、飛行魔法についてご教授願いたく……!」
「いやいや、人間の私に、エルフに教えれる事なんてないよ……」
「ッ!そんなことはありません!是非おねがいしたいです!」
ルイスは自分の正体を見破られ一瞬狼狽えながらも、全力でアシュティンの言葉を否定する。
この世界のエルフは物語のように耳が長いと言うことはなく、外見は人間とまったく同じ。
寿命が長いということもない。
普通であれば判別は付かない。
「まぁ、私も、エルフの魔法には興味があるからね。いいよ、……取敢えず場所を変えようか」
「はい!」
「私は学園に戻って適当に遊んでますね」
二人の長話に付き合って無駄な時間を過ごすぐらいなら、一人遊びをしていた方がましなので、エアは消費したミサイル・ビットを補充してから、学園に戻ることにしたのだった。
建物破壊するとかいくら頑丈でもビット側が耐えれないだろ!っと思ったそこのあなた、安心してください。
特殊な素材で出来ています。