どうすれば、運が良くなるんじゃ
「おまんは、いいぜよな。運が良くて・・・」
イシド・チカラが、同僚のヒラモト・リョウガに愚痴るように言った。
「急に、どうしたんじゃ」
リョウガが、横を歩くチカラの方に顔を向けながら言った。その男は、飄々とした雰囲気を漂わせていた。
二人は、サマエ藩の下級士族。現在、藩主カワウチ・ナリアキの居城サマエ城の警護の任についているところだった。
『今日は、田植えをするのに絶好の日じゃったな』
そんなことを考えながら、城内を警護するリョウガにチカラが話しかけてきたのだった。
藩主より知行を宛がわれ一応身分は士族階級ということにはなっていたが、平和が続くヤーバン皇国では殆ど戦闘員を必要としていなかった。藩主の体面を保つために、彼ら下級士族は、知行を宛てがわられ召し抱えられているが、殆ど捨扶持といっていいものでしかなかった。
その代わり、月に数回、警護や壊れた城壁の修繕や魔獣狩りのような使役に呼ばれるだけで、後は有事にそなえ自己研鑽をするのが、下級士族たちの主な仕事だった。
藩から義務付けられた仕事は楽だったが、藩から支給される知行だけでは家族を養ってはいけないのもまた現実だった。そのため。彼らは、半農半士のような生活を送っていかざるを得なかった。藩主や藩政に関わる上級士族たちも、そのような現状を把握しているため、下級士族たちの半農生活を黙認していた。
今日は、雲も殆ど無く絶好の田植え日和でもあった。
時期は、春うらら。農民としてのリョウガの立場からすれば、時期に自分の田畑が気になってもいたしかたのないことかもしれなかった。
城の見回りの任についている時は、西洋式の軍服を着用していたが、頭に髷は無く、普段は膝丈の短めの着物に股引。農民と変わらぬ格好で生活していた。
リョウガのもう一つの顏。現在日本からの異世界への転生者としての目で見ると、ここヤーバン皇国は中世ヨーロッパというより、文明開化真っただ中の明治時代のようだった。
自動車や電車、便利な家電などは存在しなかった。その代わり、リョウガたち下級士族には無縁だが、転生前の日本には存在しなかった魔法や魔道具が存在していた。そして、なにより、ここでの時間の流れは、現在日本と異なりゆったりのんびり流れていた。リョウガは、この世界で、その点が最も気に入っているところだった。
「昨今、どこの馬鹿が、このサマエ藩にあだなそうというんじゃ」
以前、リョウガと一緒に警護の任に着いた先輩士族のサイガ・イチノスケも、たまに回ってくるこの任にさえ不満があるのか、そんな愚痴をこぼしていた。だが、歴史的事実を考慮すると、そうとばかりも言っていられないのが現実だった。
かつて、もう百年以上前も前のことになるが、打倒幕府を目指し、反幕府軍が王皇を旗頭に進軍を開始した。その時、その中核を担ったのが、サクマ藩とナガス藩だった。が、この反幕府軍、すんなりできたわけではなかった。元々この両藩は犬猿の仲。共同歩調をとること自体不可能とさえ言われたいた。
結成するまでにすったもんだを繰返し反目しあっていた両藩だったが、そんな世間の常識を覆し、両藩に同盟を結ばせたのが、このサマエ藩の脱藩下級士族サカシタ・リュウマだった。
公式記録は無く、幕府の無血開城前にリュウマ暗殺されてしまったこと。また、サマエ藩にとりリュウマは、脱藩の罪を犯した罪人でしかなかったことなどから、リュウマの活躍はここサマエ藩では公式的には闇に葬られた。
政府公認の歴史書からも、罪人であるその名を削除すべきかどうかと議論される昨今だった。ただ、演劇、講談等によりリュウマの皇国民人気は高く、もし公式な歴史から姿を消すような事態になったとしても、その名が皇国民の心の中で生き続けるのは確実だろう。
その事実を知り、自分でも驚いたのだが、リョウガはリュウマの実の姉の直系の子孫だった。とはいえ、一脱藩浪人、いわば罪人にメンツを潰されたような主家にとって、リュウマの存在は面白いはずもなく、サマエ藩ではリュウマの話は未だにご法度だった。藩の歴史を語る場合においても、リュウマの名が出てくることはなかった。リョウガも、自分から他人にリュウマの血筋に繫がるということを話したことは無かった。
そして、ここにこそ、サマエ藩が、襲撃されなければならない理由があった。
リュウマのために大政奉還、幕府中枢アズマ城無血開城に追い込まれた旧幕府勢力の中には、未だにサマエ藩に恨みを抱く者が存在するという。かつて幕臣と呼ばれた連中だった。その一族も無血開城によりそっくり生き残ってはいたが、転封等により、その勢力は大きく削られていた。
「世が世なら」
貧乏士族に身をやつした、元幕府重臣の子孫は、今でもそう嘆くこと必至だという。その者たちの不満が爆発すれば、お門違いだが、その怒りの矛先はサマエ藩に向かう。
「儂らに怒りを向けるなら、怒りを向ける奴は他におるじゃろうが・・・」
リョウガは、その理不尽さにそう叫びたくなるが、そう一筋縄に行かないのが人の世。
政府の中枢に根を張ったサクマ藩、ナガス藩に手を出せば、逆賊として罪に問うことはできるが、その程度で、無血開城直後の情勢では、旧幕臣たちの怨嗟の声を完全に抑えるはできなかった。そこで、政府は、もう一つ緩衝材を設けることにした。政府の方針として、リュウマの功績をあからさまに歴史で大きく取り上げることした。これにより、恨みのベクトルがリュウマ、即ち、サマエ藩に向かうよう図ったのだ。
その事実を、政府が抹消しようとしてるということは、現在では元幕臣の子孫たちからもこの話はかなり風化してきたと解するべきだろうが、逆に、それに対する反対意見が沸き上がってくると言うことは、その懸念が完全に払拭されていない証拠でもあった。
リョウガが生まれてからの記憶では、サマエ城が襲撃を受けたということは無かったが、過去には、もう百年以上前のことらしいが、実際に旧幕臣の不満分子による突撃、小競り合い程度だったらしいが、あったという。それで、今でも、こうしてリョウガたちが駆り出され、警棒を持ち、場内を警護しながら歩いているというわけだった。懸念は残るものの、今さらサマエ藩が襲撃されるなどと、誰も思っていなかった。心配性な藩主が厳重に城を警備するための建前というか方便として使っている。というのが大方の見方だった。
「この間の、魔物狩りでも、おまんらの班は魔獣をかなり仕留めたじゃろ」
チカラは、俯き加減にポツポツと話し始めた。
魔獣狩りというのは、魔獣が増え過ぎ藩内の住民に被害が出ないよう、藩が定期的に行っている魔獣を間引くための狩りのことだった。
「それにひきかえ、儂らの班はさっぱりじゃ」
チカラは、そう言うと、ハーッと溜息をついた。
「そりゃ、そういう時もあるじゃろ」
リョウガは、慰めるように言った。
「去年の迷宮攻略合戦でも、おまんらは、ただ一組、目標の十階層まで攻略に成功したじゃろう。儂らは、五階層で落とし穴に落ちてリタイヤじゃ」
チカラは、自分達の不甲斐なさを嘲笑するように言った。
迷宮攻略合戦というのは、サマエ藩北部にある迷宮十階層まで、どの班が最も早く攻略できるかを競う競技会だった。山間部にある迷宮は、記録によると過去何度かスタンビートを起こしたことがあると藩誌に記されていた。完全攻略は難しく、その最深部まで到達したパーティは存在していなかった。それでも、スタンビートを起こさせないよう、魔物の数を調整しておく必要があった。詳細が判明している十階層までの魔物を極力減少させる。毎年迷宮攻略合戦が行われる意義は、そこにあった。
「あれは、結構頑張ったからのう」
リョウガは、思い出すようしみじみと言った。
「おまんなら、将来、サンビョウ隊の隊長になれるやもしれんな」
チカラは、自分の将来を諦めたかのような言い草だった。
山猫隊というのは、彼ら下級士族が所属する部隊だった。
「何冷めたこと言っちょるんじゃ。お互い、まだこれからじゃろうが」
リョウガは、チカラを諌めるように言った。
二人ともまだ二十代前半でしかなかった。
「儂には、おまんのような運はない。もう諦めちょる」
チカラは、世捨て人のようなことを言った。
ここ二・三年、様々な藩の行事に参加しながら、何ら成果を上げられぬチカラだった。
「チカラは、疫病神じゃ。きゃつと組むと運が逃げていく。きゃつとは、組みとうないわ」
「それに引き換え、一見ボーっとしちょるが、リョウガの奴は不思議な運気を持っちょる」
「誰と組むかは隊長の采配次第じゃが、チカラじゃなくリョウガと組みたいもんじゃのう」
あまりにも成果が上がらぬチカラを揶揄し、同僚の下級士族の間からも、そんな話で盛り上がっているグループがあった。
それは、魔獣狩りの打ち上げ中の出来事だった。チカラが厠にたったところで、酒を酌み交わしながら同僚たちが、酒の肴にそんな話を始めていたのだ。厠から戻ってきたチカラは、同僚たちのそんな声にギョッとし立立ち竦んだ。咄嗟に物陰に隠れるとその話に聞き耳を立てた。
『儂は、そんな風に思われておったのか』
チカラのショックは大きかった。
何をするにも飄々として、普段からうだつが上がらぬようにしか見えぬリョウガ。友人ながら、自分の評価は、当然、そんなリョウガより上だと自負していただけに、そんな思いはひとしおだった。
「おまん、何か勘違いしておらんか」
リョウガは、人差し指で自分の耳の穴をほじくりながら、面倒くさそうに言った。
「儂は、真剣に言っちょるんじゃぞ」
チカラは、リョウガの態度にちょっとムッとしたように言った。
元々、浮世離れしたようなところのあるリョウガだった。今更、そんなリョウガの態度に目くじら立ててもしょうがないのは分かっていたが、どちらかといえば、短気なチカラ。リョウガの、人を食ったような態度に、つい腹を立ててしまうこともしばしばだった。
「儂はな、運には三つの種類があると思っちょる」
リョウガは、チカラの苛つきを無視するように言った。
「どういうことじゃ」
チカラは、自分が苛ついていたことも忘れ、眉間に皺寄せて聞いた。
「儂は、運がいい人間には『最高に運のいい奴』。『まあまあ運がいい奴』。『少し運のいい奴』の三種類あると思っちょる」
リョウガは、指を一本ずつ立てながら言った。
「それぞれ、おまんの考えでは、どういう奴が、どこに当てはまるんじゃ」
チカラが、興味深げに聞いた。
「自分に巡ってきた運を自分の努力で引き寄せようと必死にあがき、それをものにできる者が『少し運のいい奴』かの」
リョウガは、その反応を確認するようチカラの目を見ながら言った。
「で、『まあまあ運がいい奴』っとぇいうのは、どんな奴じゃ」
チカラは、続きを急かせるように言った。
「何の努力もせんのに、襲ってきた危険や試練をうまく擦り抜ける奴がおるじゃろう。突然自分の間近に雷が落ちてきたにもかかわらず、怪我一つすることなくピンピンしちょる奴。上司から、無理難題をふっかけられても、不思議と協力者が現れ難なく切り抜ける奴。こんな奴らが、『まあまあ運がいい奴』じゃろうな」
リョウガは、どうじゃというようにチカラに言った。
「それで、『まあまあ運のいい奴』かよ」
チカラには、リョウガの例に挙げたような輩こそ『最高に運のいい奴』のように思えた。
現在の日本でも、台風襲来の強風の中、倒れてきた街路樹に走行中の自動車を直撃されながら、無傷で生還した者。目の前で山崩れが起こったにもかかわらず、自分の乗る自動車の直前でがけ崩れが止まり難を逃れた者。そんな例は、テレビで多く紹介されていた。
日本生きている間に、リョウガの周りにもそんな体験をした者がいると風の噂で聞いたことがあった。存外、そんな幸運に恵まれた者は多いのかも知れなかった。
「それで、おまんが考える『最高に運がいい奴』っていうのは、どんな奴なんじゃ」
チカラは、リョウガに迫るように聞いた。
「『最高に運がいい奴』っていうのは、危険や試練に出会うどころか、逆に、危険や試練の方から避けられているようにしか思えない奴じゃな。大病を患うこともなく、大金を稼がぬとも金銭的にも困ることなく、私生活においても順風漫歩のまま一生を終えられる人間。見た目には、平々凡々、地味な一生にしか映らんじゃろうが、儂は、そんな人生を送れた者が、『最高に運のいい奴』じゃと思う」
リョウガは、違うかというようにチカラの肩を押し返した。
「そ、そんな・・・」
チカラは、リョウガの言葉に愕然とした。
まだ、存命であるが、リョウガの言う『最高に運がいい奴』の生き方は、チカラが軽蔑している父親の生き方そのものだった。
体の弱かった父親は、当初から武道の鍛錬を捨て、勉学に励んだ。元々そちらの方面に才能があったのか、いつしか、藩校一の秀才と呼ばれるようになった。世も、戦乱の時代から平穏な安定期へと移り変わっていった。父親は、藩の勘定方として迎えられると、上司に紹介された女性と結婚。チカラたち三人の子供にも恵まれ、身分が低かったため、出世はそこそこだが、現在でも藩の財政を預かる経済官僚として活躍していた。
端から見ると順風満帆過ぎる父親の人生だったが、士族は、武を持って主家に仕えるのが本分と考えるチカラにとって、父親の存在は、恥ずべき存在でもあった。それが、リョウガの理論でいくと、『最高に運のいい奴』になってしまう。
『そんな馬鹿な』
チカラの頭の中は、混乱していた。
「もし、おまんが言う通り儂に運があるとしても、『少し運がいい奴』の括りじゃろうな」
リョウガは、のんびりと空を見上げるように言った。
「そんなことないじゃろ。おまんが『少し運のいい奴』なら、この世から。運のいい奴なんかいなくなってしまうじゃろ」
チカラは、『本気で言っちょるのか』と言わんばかりの態度だった。
「そんなこと大有りじゃ」
リョウガは、チカラの勢いを制するように言った。
「儂は、自分で運があまりよくないのは分かっちょる。じゃから、事前調査が欠かせぬのじゃ」
リョウガは、自分の話す内容に頷くようにしながら言った。
「事前調査?何じゃそりゃ」
チカラは、不思議そうに首を捻った。
事前調査。それは、転生前、営業をしていたリョウガにとって必要不可欠な要素だった。
ただ飛び込みで家を回っても、何か買ってくれる可能性は低かった。一回目の訪問で、茶飲み話で、相手の好み、趣味、困っていること等を聞きだし、次に訪問する時に、それに合わせた商品を紹介する。それによって、リョウガは、営業成績を上げてきたのだった。
魔獣狩りや迷宮攻略合戦においても、リョウガは効率的に魔獣を狩るために事前調査を行っていたのだった。軍の資料室に行けば、過去の魔獣狩りや迷宮攻略合戦の記録は閲覧できた。
この世界でも、軍学、兵法の研究は盛んだったが、こと魔獣との対戦になると真っ向勝負が武門の誉とされ、事前に魔獣について下調べをするという習慣は皆無に近かった。
行き当たりばったりで、出会った魔物と正々堂々と勝負して狩る。勇ましそうには聞こえるが、リョウガには、それが蛮勇としか思えなかった。ランクの高い魔獣に出会ってしまえば、命を落とすことさえあるのだ。
軍学や練兵に精を出すことは、軍としての統制をとるための訓練。魔獣を狩ることは、個人の技量向上。そう割り切っているのかも知れなかったが、リョウガは、そんなことで命を賭しても意味はないし、命を落としても無駄死にでしかないと思っていた。
「事前調査というのは、魔獣狩りなら、過去、どのような魔獣が何処に現れたかを調べ、更に、狩ろうとする魔獣がどのような攻撃を仕掛けてくるか、また、どんな欠点があるかを調べておくことじゃ」
リョウガは、周りを見渡すと声を潜めて言った。
「それって、部門の恥にならんか」
チカラが、戸惑い気味に言った。
どうも、武門の誉という言葉の呪縛にチカラも捕らわれているようだった。
「事前調査をしても魔獣を発見すれば、真っ向から勝負を挑むわけじゃし、闇雲に森の中を歩き回って、魔獣を発見できんかったちゅうよりなんぼかマシじゃと思わんか」
リョウガは、ドアをノックする様に、チカラの胸をポンポンと叩いた。
それは、どこが武門の誉とやらに抵触しとるんじゃ。と、チカラに、問うているようにも見えた。
「おまんは、さっき、迷宮攻略合戦でも、落とし穴の罠にかかってリタイヤしたっていっちょったよな。これだって、過去の迷宮攻略合戦の記録を調べて、どの階層にどんな罠仕掛けていられたか調べれておれば、みすみす罠にはまるのを防げたかも知れんじゃろ」
リョウガは、続けて迷宮攻略合戦での対処法についても言及した。
「記録を調べただけで、そんなことできるんか」
チカラが、歩き始めたリョウガを小走りで追うようにしながら言った。
「儂は、実際に、そのお陰で何度か罠を避けるのに成功しちょる。敵を知り己を知れば百戦危うからず。てことじゃよ。」
リョウガは、そう言って、快活に歩を進めていった。
『これが、リョウガ流の運を引き寄せるためのコツか』
チカラは、飄々として努力をしているように見えないリョウガが、裏で、こんな努力をしていたことに驚きを覚えた。
『そ、そういえば・・・』
他の者たちが、仮に備え訓練している時、一人、木陰で本を読みふけるリョウガの姿を、チカラは思い出した。
「こんな時にあいつは何をやっておるんじゃ」
士族の先輩たちは、そんなリョウガを見て眉をひそめていたが、『もしかして、あん時リョウガは・・・』とチカラは、思い当たったのだ。
「自分の努力で運を引き寄せる奴は、見た目派手じゃから目立つが、実際には、運の強さという観点に立つとたいしたことは無いと思っちょる。じゃが、運の弱い者でも、努力次第ではこの括りに入れる。おまんが、儂は運が良いと誤解しちょったようにな」
シ○ベ○ター・ス○ー○ーンやス○ィー○ン・セ○ールが主演する映画では、最後に主人公が颯爽と敵地に乗り込み敵を殲滅して、観客の溜飲を下げるわけだが、主人公は何の準備もせずに敵地に乗り込むわけではない。敵の基地の情報、敵がどんな武器を持っているか、その人数などを綿密に調べ、その結果に基づき武器を選別して乗り込んでくのだ。
派手な立ち回り、少人数で多くの者を相手にしなければならない場合ほど、事前調査は必要不可欠になっていく。
リョウガが、自分には運がない、もしくは、運が有っても『少し運のいい奴』でしかないと早々に認識していたればこそ、どうすればよいか考え得た結論が・・・
「『最高に運がいい奴』『まあまあ運がいい奴』も、運が一生続くかどうかは分からんじゃろ。儂は、一生続く奴の方が少ないと思っちょる。逆に『少し運のいい奴』不運な奴でも、一生に何回かは必ず運が巡ってくると思っちょる。問題は、運が尽きた時、または、運が巡ってきた時にどう対処するかじゃろうな」
リョウガは、話をまとめるように言った。
要は、運が付きかけた時、または、巡ってきた時に備えどんな準備をしておくかということだろう。その備えがなければ、身を持ち崩すかも知れないし、運を逃がしてしまうかも知れないということだ。
『儂も、運がないと嘆くばかりじゃなく、自分に運を引き寄せられるよう努力してみるかのう』
今まで、リョウガは、今日言ったようなことをおくびにも出さなかった。落ち込んでいたチカラを放っておけないからと、初めて語ってくれたのだろう。
「さらに付け加えておくとするなら、もう一歩を踏み出す勇気じゃろうな」
リョウガは、そう言うと、サッサか前に歩き始めた。
チカラは、今後は日ごろの鍛錬に加え、座学にももう少し力を入れていこうと決心した。運が巡って来ても、何をどう対応したらよいかの知識が無ければ何もならない。リョウガが、魔獣狩りや迷宮攻略合戦の前に、藩誌を確認して、魔獣のことを事前に調べたのも、魔獣の狩り方や迷宮の攻略法の知識があったからだろう。その時が来た時に、もう一歩踏み出せる勇気を養うために。
そう思い直すと、リョウガに習うようチカラも、その後を追うよう快活に歩き始めた。