序章 はじまりの雨
ーーそれは遥か昔、雲が墜ちてきた日にはじまる物語。
とても久しぶりに晴れた午後のことだった。
家々の窓辺には色とりどりの洗濯物が吊られている。普段は室内だけで育てられる花たちも、この日ばかりは日に当てるため、外にずらりと並べられ、プリュイレーンの城下町はいつになく華やいで見えた。
ここは雨の王国。人々は、貴重な晴れ空に浮かれ気分だった。
──だが、それはつかの間のことであった。
突然響いた雷のような轟音ののち、盥をひっくり返したように、ばらばらと暴力的は音を立てながら、雨が降ってきたのだ。
しかしながら、空はからりと晴れている。民たちは、ただ呆然と空を見上げていた。
奇跡だと目を輝かせる者、災いの前触れではと怯える者。
はっと我に返って洗濯物や花鉢を室内に取り込む女たち。
とりあえず外に出てみる者がいるかと思うと、またある者は雨を怖がって屋内へと駆け込んでいく。
反応は三者三様だ。
確かにそれは、不思議な空だった。
透きとおった空に、ぽつんと一つ大きな雲がある。
ふわふわと柔らかそうで、明るく輝くような白い雲だ。それ以外どこにも雲は見当たらぬ、晴れ渡った昼下がり。
それなのに、どこからかざあざあと雨が落ちてくるのだ。
雨の王国・プリュイレーンは、その名の通り、一年のほとんどが厚い雲に覆われている不毛な土地だ。
湿った空気に長雨のせいで、育つ植物や作物は限られているし、少し前の時代などは食糧が皆かびてしまい、飢えに苦しむことも多かった。
そのような歴史があるからこそ、過酷な環境でも生き抜くための術が発達したともいえる。
今では、国全体をドーム型の結界が覆っており、雨の日と、雨が降らない日とを魔法使いたちが調節してくれているのだ。
日の光が差すことはごく稀であったものの、魔法と結界のおかげで、やまぬ長雨を防ぐことだけは可能になった、──そんな時代であった。
そう、天気というのは、徹底的に管理されたものであったのだ。少なくともこれまでは。
不思議な光景に気を取られていた者たちは気づいていたのだろうか。
あの巨大な雲が、雨の降るたびに目に見えて小さくなり、そして消えたのを。
奇しくもその日、雨と一緒に水滴ではないものが堕ちていたことをーー。