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シナリオは始まらなかった

あいよっ! 秘伝のスープを使ったいつもの感じの新作ラーメンだよ!

( `・ω・´ )つ

 

「……ほんとに、私の知ってる物語の通りになりませんでしたね」

「だからずっと言ってただろう? 雪乃が見たのは予知夢なんかじゃないって」

「予知じゃなくて、前世でやってた乙女ゲームの……ううん、違う。こんな、現実にいる人達と一部外見と名前なんかがかぶってただけの、ありもしない作り話ですものね」


 ずっと、前世がもたらした呪縛から逃れられずに生きてきた気がする。だけど……私は本気で、この世界を私が前世でプレイしていた乙女ゲーム「あやかし帝都と花の巫女」だと、そう思っていたのだ。

 思い込みではない。実際ゲームに出てきたのと同じ名前と外見、その人達のご実家や幼少期の話まで共通する方が何人も周りにいて、疑う余地なんて無かった。それは、私の目の前にいる婚約者の清人きよひとさんを含めて。


 私と目があった清人さんの狐耳が興味深そうにぴこぴこと動いて、真剣な話の最中なのにうっかり和んでしまいそうになった私は慌てて顔を引き締めた。


 彼は私の記憶の中のゲームの通り、この帝都の軍部に所属する陰陽師を束ねる陰陽頭おんようのかみである狐のあやかしだ。もちろん出会った当時はただの狐耳の美少年で、陰陽頭は彼の祖父だったけど。

 私はゲームの中ではライバル役だった不香花ふきょうか雪乃……このすめらぎ国を治める龍神の血を引く雪女の妖だ。

 ゲームの中では、彼女は愛の無い家庭に生まれた中優しくしてくれた幼馴染達……清人さん含めた攻略対象達にとても依存して重い感情を一方的に押し付けてる女性だった。特に許嫁だった清人さんへの執着は強くて、周りの人間関係を全て排除しようとするほど。

 幼馴染達を束縛する事で、両親からもらえなかった愛情を埋めようとしている、そんな設定が公式から語られていた。

 

 ゲームでの雪乃は、幼い頃から目指していた龍神に祈りを捧げる花の巫女の座を突如現れた人間のヒロインが授かった事で彼女を敵視するようになる。

 家族の愛情に恵まれて互いを大切にする友人もいるヒロインに嫉妬し、さらに幼馴染達と親しくなっていく彼女を見て一方的な憎悪を募らせ、「花の巫女の座も幼馴染達も奪われた」と思い込んでいく。

 どう進んでも最後は……返ってくる事のない清人さんに向けた恋慕に身を焦がし、恋人や友人や家族皆に愛されるヒロインを妬み、自らの身を呪い「奪われるくらいなら全てまとめて壊してやる」と大妖の封印を解き破滅の道を選んでしまう。

 バッドエンドはその身と引き換えに氷漬けにされた帝都を背景に国が滅びた事が語られ、誰とのハッピーエンドになっても雪乃は命を落とす……悲しいキャラクターだった。

 もちろん私はそんな道を選ばないように生きてきたし、するつもりも無い。なのでゲームとは違って、幼馴染になる攻略対象達とはそもそもそこまで親しくないし、そのため本家にも関わらずにひっそりと生きてきた。幼馴染と言えるのは清人さんだけだ。


 ちなみに本家の跡取り、異母兄の大和も攻略対象の一人である。龍の化身で、威圧感の強い俺様……という設定だったが現実では真面目な青年に成長している。やはり幼少の頃からあまり交流はないので「親戚のお兄さん」ぐらいの意識しか持っていないが。


 生まれたばかりの時は脳みその容量の問題か、あまり深く考えられなかったから既視感を抱くだけだったけど。物心つくようになってすぐこの世界が「あやかし帝都と花の巫女」の舞台だって気付いた。

 よくある異世界転生ものとはちょっと違って、確信したのはこの世界の建物や服飾でだったけどね。

 蒸気と歯車と大正レトロ的なイメージの混じった和風スチームパンクの世界、この背景グラ含めて小物やキャラクターの服がとても可愛いとすごく人気で私も世界観のファンだったからすぐ分かった。設定資料集の隅から隅まで眺めて、各キャラのアクセサリーや、電話機のデザインや自動車の内装まで楽しんでたタイプだから。

 自分を含めたキャラの名前や外見の特徴が共通してると気付いたのはその後だった。



 でも好みドンピシャの世界に生まれた喜びに浸る余裕なんてすぐ無くなってしまって、子供の頃からずっと物語の中での結末に怯えて過ごしていた。

 攻略対象達と良好な関係を築こうとしたり、自分を磨いたり、乙女ゲームの話を信じてくれる協力者を探したり。未来を変えようと思いつく限りはやったけどどうしても不安は消えない。


 でも清人さんは、現実では許嫁にならなかったものの最初から私の話を嘘や作り話だと決めつけずにずっと真剣に相手をしてくれた。


 そうして交流していくうちにここはゲームなんかじゃなくて、彼らは意思を持った存在だと分かっていても、……心のどこかでずっと不安だった。何をやっても結局ゲームと同じ話になってしまったらどうしようと思って、清人さんの助けも借りつつ様々な努力をして……ようやく物語とは違う、ここは誰かが作った架空の世界なんかじゃないと実感出来ている。

 次から次へと物語では起きなかった出来事の実際に渦中になったのもあるけど、何より……清人さんの支えが大きい。


 今まで勝手に不安がってグズグズしてたのだから、我ながらなんて失礼な真似をしてたんだと恥ずかしくなってしまう。




 起こってもないもの……しかも前世のゲーム、要は「作り話」を根拠に勝手に騒ぐなんて私はとんでもなく面倒な女だっただろう。

 それにずっと付き合って耳を傾けつつ、根気よく「僕はそんな事しない、どう誓ったら僕を信じてくれる?」「想っているのは雪乃だけだよ、それはこの先も絶対変わらない」と否定し続けてくれた。

 私に歩調を合わせてゆっくり歩んでくれる彼に、どんなに力付けられただろう。そのおかげで、今私はこうして現実と向かい合う事が出来ている。

 前世で見た、なんて。自分だったらこんな女、「頭がおかしい」って一蹴して見捨ててる。こんな私を愛してくれた清人さんに見合う女性になりたい。


 この世界はゲームだから、って諦めて何もせずにいる事を選ばなくて良かった。……清人さんを、諦めなくて良かった。


「雪乃、どうしたの?」

「……ううん、何でもないよ」


 幸せを実感して噛み締めていると、涙が滲んできてしまって。私はそれを誤魔化すようにティーカップをソーサーから持ち上げて赤みの深い紅茶に口をつけた。ほんの少し蜂蜜を溶かした甘い匂いは、私の心をふわりと緩めてくれる。


 しかし感情が昂ってしまったのが抑えきれず、私の周りにふわふわと……薄い氷で出来た透明な花が浮かんだ。


「アザレアの花……『あなたに愛されて幸せ』、か。嬉しいな、そう思ってもらえるなんて」

「んむ……っ!」


 私の周りに浮かぶ氷の花を一輪取ると、清人さんはそれを手のひらに乗せて妖しく微笑んだ。

 その色気ばっちりの笑みにあてられて、私の顔は真っ赤に染まってしまう。


 陰陽師の正装であるあの白を基調とした和服もすごい素敵だけど、「将校さん」って感じの普段のこの制服もたまらなくカッコいいのが悔しい。

 かっちりセットされた金髪、同じ色の金色の瞳はちょっと吊り目で……まつ毛なんて前世の私なんて勝負にならないくらい長い。鼻はすっと高くて唇も……ため息が出るくらい完璧な造形をしている。

 そこに狐耳も合わさって、とてつもなく格好いいのに可愛いまで加わって、反則も良いところだ。


「そ、そんな、わざわざ言うのやめてください……!」

「それは難しいな。僕の可愛い奥さんの心の内がせっかく見えるんだから、僕も全力で受け止めないと」

「うう……」


 ぷしゅ〜、と音がするほど湯気が出てると思う。多分。

 わざと甘い言葉を口にする清人さんを睨みつけると、私は自分の周りに浮かんで思い通りにならない氷の花達を恨めしく思いながら見つめた。


 ゲーム内では幼馴染達を束縛し、愛情を渇望する雪乃は情緒が不安定で、大きく感情が揺れると共に周りに影響を出していた。彼女が泣くか怒るかすると吹雪や氷の礫をあたりに撒き散らし、酷いと帝都の天気が崩れるほど。

 龍の血を引く雪乃にはそれほど強い力があったのだ。

 そして帝都の天候とそれに影響される経済活動を気にした大人達が、清人さんを含めた幼馴染達に雪乃をお姫様扱いさせるご機嫌取りを命じた歪な関係が築かれていた。


 

 現実の私はもちろん、そんな事にならないように自分を律して生きてきたが……とてつもなく強い妖力のせいで、強く感情が動いた時はこうしてそれに合わせて花が飛んでしまうのだ。

 どんなに取り繕っても考えてる事が筒抜けになるなんて、とても恥ずかしいしこんな時は布団をかぶって隠れたくなる。これでも子供の時よりかはコントロール出来るようになったのだが、こうして不意打ちでドキドキする事をされるとどうしても漏れてしまうのだ。うう。


「僕への愛の形が目に見えるのは良いけれど、とっておけないのがやはり残念だな」

「とっておかないでください……」

「そうだ、専用の冷凍庫を用意しようか」

「やめてよぉ……」


 幼少の頃からの私のこの「感情が氷の花になって飛ぶ体質」のせいで、清人さんには私の本音が筒抜けだった。きっと不安がって物語を怖がっていながらも、清人さんに惹かれているのなんてお見通しだったのだろう。

 その花が感情とリンクしてると分かってからは、こうしていちいち花言葉を指摘されていじめられてしまう。

 周りは「イチャイチャしてる」なんて言うけど、とんでもない。清人さんはこうして私を虐めるのが好きなのだ、なんて性格が悪いんだろう。

 まぁ、そんな清人さんの事が、好きで好きでたまらない私も我ながら趣味が悪いと思うが……こればかりは好きになったもん負けって感じがする。悔しい。


 まだ花を飛ばしている私を楽しそうに見ながら、清人さんは笑った。


「でも、たしかにただの偶然の一致にしては出来すぎてるから。もしかしたら一部は本当だったのかもね」

「……と、言うと?」


 話が変わったのに便乗して、恥ずかしい話題から私は気を逸らした。

 それは、私も何度も考えた。名前や外見だけでなく、家族構成や幼少期に起こった事件なども私の知っている物語と同じだから。

 ここはゲームの中なのか、ゲームの世界を元にした「違う未来になる可能性のあるパラレルワールド」なのかが分からなくて。今が物語と違っても、どうしても同じ結末を辿る可能性もあるのではとずっと怖かったから。


「雪乃が前世だと思っている世界に、予知夢のような力を持っていてこの世界の事を夢に見た人がいたのかも知れないね」

「……え?」

「それで知った僕達を含めた何人かの為人を使って、想像して物語を作っただけ。だったらこの現実がその物語とまったく違った未来になったのも不思議じゃないと思わないかい?」

「なる、ほど……」


 その答えはすとんと私の心に落ちてきた。そうか、この世界を夢か特殊能力で垣間見た人がゲーム開発にいたのかもしない。だからキャラクターの設定はゲームと一緒でも、その先が全て違った結末になったのかも。


「まぁ、すべて想像で話してるだけだから、分からないけど」

「……そうですね。それこそ、何もなかった過去をいつまでも気にするなんてもったいないです」

「そうそう。今の雪乃は、明日の結婚式の事だけを考えてればいいんだよ」


「ほんとに……私、すごい騒いじゃって、自分が恥ずかしいです。だって、

 

……結局、ヒロインなんて現れなかったのに」



 キザな台詞を言われて赤くなっていた私の頬はようやく熱が引いたようだ。私はカップをソーサーに戻す。


「そうだね。……雪乃の憂いがようやく消えたようで、良かったよ。これで君の笑顔がもっと見られる」


 清人さんは色っぽく笑うと、手の平に残った、氷の花が残した雫を見せつけるように舌で舐めとった。

 わざとそんな事をしてくる彼の悪戯にあてられて、せっかく熱が引いた私の顔は再度火照ってしまう。


「おや、これでは結婚してから心配だな……」

「うわわ……」


 ああ、えっち……! とてもえっちだ、清人さんのえっち!

 わぁわぁと叫び出して逃げたい衝動に駆られるも、頬を押さえていた手を取られてしまう。指を絡めて握られて、その上私はその綺麗な顔に至近距離で見つめられて。まさしく茹で蛸になっていた。


「夫婦になったらもう手加減しないからね」

「う、うう……お手柔らかに……お願いします……」


 甘い声が私の耳元で囁く。婚約者として清く正しく、それこそ手を繋ぐ以上の事はしていないのにこれなんて。私、明日の結婚式の後どうなっちゃうんだろう、と今から限界を迎えかけていた。



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