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ソウル・オブ・アームズ  作者: 漬け焼き刃
4/6

光の火


時原区立耀島中学校。


その4階にある2年D組の教室の窓から、ぼくは窓枠に手をかけながら放課後の校庭を見下ろしていた。


熱心なサッカー部の男子生徒が、ドリブルをしながら中央へ駆けあがっていく。

日の沈みの早い冬の午後、既に空はうっすらと紅がかってきていた。



「田宮くん」


振り返ると担任の新城友里恵先生が立っていた。

真面目で優しく、生徒思いで、男女問わず生徒からの信頼の厚い先生だ。

つけ加えると、知的な美人という容姿に、スーツの上からでも曲線のまぶしい、すらりとしつつも肉付きのよいスタイルから、男子の憧れの存在でもある。

ちなみに、受け持ちは理科。


「これ、忘れ物よ」


先生が、ぼくの消しゴムを手のひらに乗せてぼくに差し出す。

さっきノート片手に新城先生に質問に行って、そのまま教卓に忘れてしまったようだ。


「すみません」


一言謝って消しゴムを受け取る。


「いいのよ。こっちこそごめんなさいね。すぐに気づかなくて」


先生は苦笑しながら、自分の方からも言ってくれた。




教室を出る支度を終えたらしい新城先生は、書類のはさまったファイルを小脇に抱えてぼくに言った。


「田宮くんは、今日も図書室?」


「はい」


「そう……。頑張ってね」


ぼくは中学校に上がってから、放課後は図書室で勉強して帰る、という習慣を続けている。

別に家でやってもいいのだろうが、この学校の図書室の本の匂いというか、雰囲気がなぜか好きで、つい図書室に足が向いてしまうのだ。

入学以来、まだぼくの担任でない頃からぼくのことを気にかけてくれている新城先生も、このことを知っている。




先生がロングストレートの綺麗な黒髪を後ろに流しながら教室を出た後、ぼくもショルダーバッグを肩で背負う。

教室を出ようとしたとき、先生と入れ替わるようにして生徒が2人駆け込んできた。ぼくのよく知っている2人だ。


「あれ?恭一まだ図書室行ってないんだ?」


ポニーテールの髪型が活発な印象を与える少女――間宮由紀がぼくを見て言った。



「よっ」


駆け込んできたもう一人、沖田正平も片手を上げて言った。


2人はこの学校で、ぼくの一番仲のいい友達だった。

由紀は小学校の頃から同じ学校に通う、いわゆる幼なじみの関係だ。

由紀の家庭は母子家庭で、ぼくらは家同士も近いため早紀姉と由紀のお母さんの京子さんも一緒に、家族ぐるみの付き合いをしている。実は、今日も由紀と一緒に登校してきていたりする。

正平はこの学校に入学してからのつき合いで、ぼくからすると男子の中でも一番仲良くしてくれる友人だ。

背が高く、がっしりとしたいかにもスポーツマンタイプの体格で、若干強面なのも相まって最初は近寄り難さを感じていたが、とても気の優しいやつですぐに仲良くなった。というか、正平を通じて、ぼくは男子の友人が増えたほどだ。

あまり自分から友達を増やすのが得意でないぼくは、正平に感謝してもし切れないくらいだ。


陸上部に所属し、部内でも好成績を上げているらしい2人は、どうやら今日は体育館での部活なのに体育館履きを教室に忘れていたらしく、どたどたと、教室の後ろの扉のないロッカーから、体育館履きの袋を片手で引っ張り出していた。


やばいよやばいよ、と教室を駆け出ようとする由紀と、既に教室の入口から廊下に半身を出している正平。

そんな2人に対し、あんまり走り回るなよ、と一応の忠告を言っておくと、もう教室から出て行ってしまっていた正平にはたぶん聞こえなかったが、まだ教室から出るところだった由紀は、ういっすと人懐っこい笑顔を浮かべてこっちを一瞬振り返り、そのまま教室を駆け出ていった。

振り返ったときにたゆんと揺れた由紀の中学生らしからぬ巨乳が目に入って、反射的に目線を下に反らしたのが、由紀にばれなかったかぼくは不安を感じた。




慌ただしく教室を出て行った2人を見送り、こっちは図書室に向おうとショルダーバッグ型の通学鞄の肩掛けのところを持ち上げる。

体育館履きを引き出したときに若干外に引っ張り出されながらも、ロッカーの中に踏みとどまった由紀のトートバッグ型の通学鞄を心の中でほめていると、ロッカーの上の黒板の、粉受けの部分に置き去られた茶色の鉛筆が目に入った。



学校の教室には、こういった誰のものか分からない文房具が置いてあることがよくある。

誰か分からないが持ち主がそのうち取りに来るだろうと、誰もがそう思ってその場に置いたままにしたのであろうそれらの文房具は、そのまま長い時間をそこに置かれて過ごしていたからか、謎の「レトロ感」のようなものを醸し出すことがある。

もしかしたら、この教室の代替わりを、この鉛筆はここでずっと見ていたのだろうか、そう思うと、妙に興味を引かれるものがあった。




「……?」


違和感を感じて思わず顔を近づけた。



……光ってる?


粉受けに置かれた鉛筆は、微かに白い光を発して、きらきらとそこで輝いていた。

教室内で舞ったほこりに光が反射しているのかと思ったがそうではないらしい。

なぜなら、その光は、ゆらゆらと輪郭を揺らし、まるで鉛筆をとり囲む小さな火のように動き続けていたからだ。


だが、それは火ではないということがわかった。

両の手のひらの上で鉛筆を転がすと若干ではあるが熱のようなものを感じたため、教室のすぐ外にある水道で水をかけてみても、その火のような光はどこ吹く風といった感じで、同じようにゆらゆらと燃え続けるだけだった。

手で鉛筆を擦るようにしてみても、光の火はそれによって消えるようなそぶりを見せなかった。吹けば消えるようなとても微弱なものであるにもかかわらずだ。



ぱっと頭の中に新城先生の顔が浮かんだ。

まずは理科の先生に聞いてみよう、本当に火だったらまずいし。


光の火を発する鉛筆を握り、ぼくは鞄を置いたまま教室を出た。

理科教員室は2階だ。階段を二つ降りなければならない。



部活動に生徒が出払った後の静まり返った廊下を急ぎ、階段を降り、2階まで降りてくる。

そのまま、職員室の前を突っ切って行けば、理科教員室はもうすぐだ。


しかし、職員室の前を通り過ぎたところで自分の手元を見たぼくは、目を疑った。

手に握って持って来た鉛筆は、すっかり輝きを失い、もとの状態に戻っていたのだ。



まじまじと鉛筆をのぞき込む。


握ってみても少しの熱も感じない。

それどころか、ほんの少しだけでも物が燃焼したならあるはずの、焦げ跡、焼け跡の類の痕跡も何も見つからない。

わけのわからなさと気味の悪さから、ぼくは握った鉛筆を眺めながら、いつの間にか目と鼻の先にあった理科教員室の前の廊下に立ち尽くしていた。



「田宮くん?どうしたの、何か質問?」


驚いて目を上げた。

新城先生が不思議そうな顔をして立っている。



――すみません。この鉛筆が燃えていて。

なんて説明はできなかった。当の鉛筆は、そんなことなどまるでなかったかのように、あくまで普通の鉛筆の状態でぼくの手に収まっていたのだ。

悩んだ末、その鉛筆が廊下に落ちていたが、日の光が当たって熱くなっていたので火の事故の原因になるかもと思い拾ったところだ、とぼくは話した。


事実なら大げさすぎる行動をしたことになるし、理科教員室に来た理由にはなっていないしということに、ぼく自身気づいてはいたけれど、他に何も言うことを思いつかず、いまいち状況を飲み込めてなさそうな表情を隠せない先生にその鉛筆を預けてぼくは退散した。






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