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ソウル・オブ・アームズ  作者: 漬け焼き刃
1/6

遭遇


 学校の先生が言っていた、積み上げてきたものが壊れるのは一瞬だ、と。

 

 ぼくは田宮恭一。中学2年。

 これまで、特段悪いことをした記憶はない。

 先生たちにはマジメな生徒で通っているし、帰宅部だからって空いた時間で遊んだりといったわけでもない。


 ()()()、なのだろうか。

 柄にもないことをしてしまったから、なのだろうか。



 ぼくは今、人生で初めて足を踏み入れた深夜の街の片隅で、生命の危機を迎えていた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ぼくの身体が、ふらふらと歩いていく。


 意識がぼんやりしているわけではない。

夜中の2時に起きたというのにむしろ目はやけに冴え、予習の片付け忘れで散らかった勉強机の上や、夜食のカップ麺を食べたダイニングのテーブルをしっかりと目に捕らえながら、ぼくは寝間着から外着へ着替えていた。


 これから外に出る―――ぼくは明確な意思をもって―――いや、というよりは、外に出なければならないという気持ちに追い立てられて、まっすぐ玄関に向かった。


 外に出る前にちら、と目を向けた早紀姉(さきねえ)の部屋は、ドアが閉じている。寝る前にはまだ帰ってなかったけど、さすがにもう、帰って来て寝たかな。




 ぼくは外に出た。



 時間は夜中の2時。家から出て、そして入っていく夜の中。

 うちのマンションの前の道を道伝いに少し歩くと、長めの坂道に出る。そこをまっすぐに下っていくと、表通り、ビルの建ち並ぶ夜の街だ。


 ぼくはあまり、外に出歩くタイプの中学生じゃない。

 ましてや、夜遊びをするタイプの中学生でもない。

 そんなぼくが、初めて夜、しかも深夜の街に、繰り出した瞬間だった。

 

 すっかりと暗くなり寒色を帯びた景色の中にあって、ビルの灯りやネオンサインが暖色の色を浮かべ続ける。日本の都会は、夜がどんどん明るくなっているって聞いたけど、きっと明かりが幾筋浮かんだところで、都会が夜という海に沈んでいることに変わりはないだろう。


 息を吸うとともに鼻に飛び込んでくるひんやりした空気、肌の表面を通り抜けていく冴えた空気の流れ。その中をふらふらと歩き続けるぼくは、まるで星のような光を浮かべた冷たい夜の海を、泳いでいるような気になってきた。


 

 

 しばらく歩き続けると、小さな橋に出た。


 大きな川にかかったその橋を渡り切ると、そこでぼくの身体は右に進路を曲げた。

 対岸の通りを川に沿って歩き、見上げる程度の高さの木々の並ぶ並木道に入る。


 ぼくの住んでいる時原区は、駅近くにはいかにも都会という感じでビルが立ち並ぶ一方、駅から離れるにつれて都会色が薄れ、公園や庭園、このような並木道が増えてくる。


 昼間は降り注ぐ木漏れ日と風とこすれ合う静かな音で心を落ち着かせてくれる木々は、今はまるで不吉の予兆を伝えるような不気味さをまとってざわざわと揺れていた。



 でも、ぼくの足はその歩みを止めない。他の行動をとろうという思考を忘れてしまったかのように、ぼくの身体はとうとうふらふらと揺らぐことすらやめ、今はまっすぐに前に歩き続けていた。


 後ろに流れていく木木が、引き返すなら今だと言わんばかりにざわめきを強めていた。




 ―――並木道の真ん中に()()()はいた。


 人間、だと思う。

 陰になっていて顔は見えないが、姿・格好は人間のように見えたし、よく見たら裾の長いコートのようなものを着ている。


 そいつは、道の真ん中に両手をつき、まるで獣のように虚空をにらみつけていた。

 ぼくの方からは、そいつしか見えなかったが、そいつはちょうど、何かとにらみ合っているかのように地面に這いつくばり、ぴくりとも動かなかった。


 ここにきてやっと歩みを止めた―――いや、歩みが止まったぼくは、そいつから目が離せなかった。

 どうやらぼくが夜に出てきたのは、そいつ、のことが目的だったらしい。が、ぼくは結局何をするためにここに来たのか、それは分からなかった。ただ、何か大事なことを忘れているような焦燥感がくすぶってはいたけれど。

 一方、そいつはぼくを待っていたわけでも何でもないらしく、そいつが警戒している()()に対し、全注意を向けているようだった。




 ―――と思っていたら、おもむろにそいつは、ぼくの方に注意を向けてきた。

 

 ()()()と思った。

 鼓動が速まり、体をめぐる血のスピードが急激に高まるのが、自分でもわかった。

 ここまで来るようぼくをせかし続けてきた身体は、今やとにかく逃げろと全力で警報を鳴らしていた。


 

 ぼくは、半ば頭の中がパニックになりながら振り返り、全走力を傾けて来た道を引き返した。


 ―――そいつが風のような、とてつもない速さで距離を詰めてくるのを感じながら。


 

 ぼくは田宮恭一。中学2年。

 今、人生で初めて足を踏み入れた深夜の街の片隅で、生命の危機を迎えていた。





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