事件発生直前
結婚式も終わり、いつもの日常に戻っていた。
最近のカイル様はお仕事で忙しいようだった。
「今日は泊まりになる。今夜は一人で寝れるか?」
「寝れますよ。」
「寂しくないのか?」
「寂しいですけど、お仕事なら仕方ありません。」
カイル様は、一人で街に行くなよ、と言いながら抱き締め朝のキスをしてくる。
「名残惜しいな、明日まで会えない。」
「寂しいですけど、一晩だけですから。お昼を届けましょうか?」
「忙しいから昼もゆっくりはできんかもしれん。明日まで我慢するしかない。」
「一緒に食べられなくても、お届けだけしますね。お仕事頑張って下さい。」
カイル様はたった一晩なのに、名残惜しいと言いながらやっと仕事に行った。
私は、早めの昼食をとりカイル様のお昼の準備をした。
帰りには買い物に行く為、ハンナさんとマシューさんの三人で行くことにした。
騎士団に行くと、カイル様はお忙しいようでいつもみたいに門番さんの所で待ってはいない為、お呼びして頂いた。
「すみません、お忙しいみたいですね。」
「ゆっくりさせてやれなくて、悪いな。どこかに行くのか?」
「買い物に行きます。」
「護衛をつけるか?」
「いりませんよ。人通りのない所には行きませんし。」
カイル様は、顎に手を当て悩んだかと思うと、腰の後ろから鞘に入った短剣を出してきた。
「最近誘拐や窃盗がみられている。護身用に持ってなさい。」
私に短剣を渡すと、マシューさんにも護身用にと渡していた。
でも、渡されても使えません。
何だか怖いです。
「あの、カイル様。私には使えないと思いますけど。」
「襲われたら迷わず抜けばいいんだ。」
無理です。
絶対無理だと思います。
仮に短剣を抜いたとしても、どうするんですか。
「ルーナ様、今日は買い物は中止にしましょうか?」
ハンナさんが、短剣を見たせいか、カイル様の話を聞いたせいか、心配そうな顔で言ってきた。
「そうしましょう。俺が買って来ますよ。」
マシューさんも、短剣を渡され少しひきつっていた。
確かに、ハンナさんやマシューさんに何かあってはいけない。
今日はこのまま帰った方がいいと思った。
ナイフのような短剣でも、私には使えないし。
「そうします。このまま帰りましょう。」
「明日の昼には一度帰るからな。」
「はい。」
持ち上げるように抱えて馬車に乗せられて、ドアを閉めた。
カイル様は御者に、騎士団が見廻りしているルートを説明していた。
「気をつけて帰りなさい。」
「はい、お仕事頑張って下さい。」
窓越しに、頬を撫で優しく口付けをしてくれた。
忙しい中ご迷惑とは思ったけど、少しでも会えるのはやっぱり嬉しかった。
カイル様が見えなくなったので窓から離れ、座席にきちんと座った。
「何だか、怖い事件があるみたいですね。」
「しばらくは、邸から出ないようにしましょう。買い物なら俺が行きますから言って下さい。」
「それにしても、ルーナ様に短剣を渡すなんて何を考えているのでしょうか。」
ハンナさんがハアー、とため息をつきながら言った。
「確かにびっくりしましたが、カイル様がお渡しして下さったので、何かあったら頑張りますね。きっとハンナさん達をお守りしますね。」
そう言うと、ハンナさんは目頭を押さえていた。
「ハンナさん、ホロリときてますよ。」
マシューさんが一言言った。
「ですがマシューさん聞きました?ルーナ様がこんなにお優しいことを言ってくれるのですよ。」
「カイル様の奥方がルーナ様で良かったですね。ハンナさん。」
「ええ、本当ですわ。」
目の前でそう言われると何だか照れてしまい、窓の外に視線を移した。
走っている馬車の外には騎士団の方々が見廻りの為か歩いているのが見えた。
そして気づいてしまった。
あれは義兄上だ。
そう言えば、結婚式もカイル様が、前列に並ぶことを許さないで、継母と義兄上は後ろの方の親戚席だった。
結婚式でも全く話さなかったから、少し話そうと思ってしまった。
義兄上の前に、馬車を止めてもらい降りると義兄上は凄く驚いていた。
「ルーナ?何故ここに?」
「カイル様のお昼をお届けに来た帰りです。義兄上にお礼を言おうと思って。」
「お礼?」
「はい、結婚式に来て頂いてありがとうございます。」
「結婚式に出席できたのは、ファリアス公爵様の器の大きさのおかげだ。」
義兄上は何だか以前と違い、私を侮辱することはなかった。
まるでトゲが取れたようだった。
「さあ、行きなさい。勝手に俺と話しているとファリアス公爵がお怒りになる。」
「はい。」
馬車に戻ると、ハンナさんがホッとした顔をしていた。
そして、出発しようとした時、事件が起きた。




