母の形見
ミラ様達がつく時間になり、カイル様達邸の皆でお出迎えの為に玄関外に並んでいた。
馬車が到着すると、最初にアルベルト様が降りて来て、挨拶をした。
ちらっとカイル様を見ると無表情だが、ムッとしているように見えた。
だが、アルベルト様が降りてすぐに、ミラ様が元気よく降りて来て、アルベルト様は押し退けられていた。
「ルーナ!会いたかったわ!お茶会をしたかったのよ!」
「すみません、急に帰ってしまって。」
「今回は絶対二人でお茶会しましょうね。」
そう言うと、ミラ様はアルベルト様の方を向いて言った。
「兄上!今回は邪魔しないで下さいね!」
デビュタントのことを言っているのだろう。
ダンスの後はずっとカイル様と二人で庭にいたから、ミラ様とお話ができなかったから。
「カイル、夕食までルーナとお話していいかしら。カイルはグレイと兄上とゆっくりお話して下さいな。」
「構いませんが、」
「では、ルーナのお部屋に連れて行って下さいな。」
「はい、どうぞ。」
元気なミラ様は私の腕を組みながら歩いた。
私の部屋にミラ様を案内し、入ってもらった。
「まあ、ここがルーナのお部屋?可愛いわ!」
「カイル様達が揃えて下さいました。」
「この狼のぬいぐるみも可愛いわね。」
「カイル様が買って下さいました。」
「カイルが?ぬいぐるみを?」
「脇に抱えて、持って帰って下さったんですよ。」
「本当にルーナが好きなのね。他にはどんなものを頂いたの?」
「全部ですね。私はほとんど何も持たず来ましたから。」
「まあ、そうなの。」
二人で楽しく、カイル様のことやグレイ様のことを話しているとハンナさんがお茶を持って来てくれた。
「ルーナ、この間の兄上のことはごめんなさいね。」
「…もういいんです。カイル様はわかって下さいます。」
「怒ってらしたでしょう?」
「怒ってましたね。」
ミラ様はお茶も飲まず、アルベルト様のことを謝罪した。
「今、グレイ達がカイルに話しているはずなんだけど、実は兄上はご病気だったらしいの。」
病気?
いつからだろうか。
でも、初めてレストランで会った時確かに咳込んで、顔色は悪かった。
「知りませんでした。大丈夫なのですか?」
「定期的に薬は飲んでいるけれど、長時間の公務は無理らしいわ。…あまり詳しくは言わないけど、お子も望めないと父上から聞いたの。」
「それなのに、街に忍びで来て大丈夫だったんですか?」
「それは、父上がしばらく好きにさせると言われて、兄上は忍びで出掛けていたみたいね。ルーナにも、その時お会いしたのでしょう。」
「はい、しかも、お詫びと言って髪飾りをくれました。」
「兄上が?しょうがないわね。カイルは怒ってないのかしら?」
「実は、着けなくていいと言われまして、そのですね、引き出しに仕舞ってあるんです。」
「いいわ、私から兄上に返しますわ。」
正直ほっとした。
カイル様は、この髪飾りにも不機嫌だったから。
引き出しから箱ごとだし、ミラ様に見せると、ミラ様は髪飾りを見て固まるように驚いた。
「ルーナ、これを兄上があなたに?」
「そうなんです。こんなものを買って頂くほどのことはしていませんのに。」
ミラ様は、口に手を当て考え込んでしまった。
「ミラ様、何かありますか?」
「…ルーナ、これは兄上が買ったものではありませんわ。」
「…?、でも、アルベルト様がこれを持って来たんです。」
何の話か全くわからない。
ミラ様の話を聞くと、私の予想を上回るものだった。
というか、私は全く覚えてなかった。
「ルーナ、これは兄上が子供の頃に遊んだ子のものですわ。あなた、子供の頃兄上と会っていたのではないかしら。その子がその子の母の髪飾りをつけていて、忘れて帰ったと聞きました。」
全く覚えていません。
「本当ですか?どこで会ったのでしょうか?」
「城に子供の頃に来たのでは?」
「…実は、記憶がありません。アルベルト様には話の流れでお話しましたけど、子供の時の記憶がないところがあるんです。」
そうなんです。
でも待って下さい。
母の髪飾りということは!
「これは、母の形見ですか!?」
思わず、ガタンと勢いよく立ち上がってしまった。
形見も思い出もないと思っていたのに、まさかこんな形で、私の手に形見があったなんて!
アルベルト様が子供の時の話を聞いたのはこれだったんだわ!
髪飾りを見ても、私が何の反応もしないから変だと思ったはずだわ!
「もしかして、聞かれた時に私が覚えてないと言ったから、言わなかったのでしょうか!?」
「…何だか、謎が解けていくようですわね。兄上が少し不憫に思えてきましたわ。」
「す、すみません、でも、どうして今頃…」
「兄上はその子からの手紙を待っていましたのよ。でも父上達に手紙を待っているのが知られるのが恥ずかしくて、自分からはどこの子か聞けなかったのですわ。でも、約束の手紙は一度も来なかったのですわ。」
「きっと、その後、私は熱が出てそのまま忘れていたのですね。でも、どうして私だとわかったのでしょうか?」
「銀髪は珍しいですからね。ルーナの銀髪は特に目立ったのでは?」
私が全く覚えてないから、アルベルト様は言えなかったんだわ。
確かに、あの時に言われればあまり信じなかったかも知れない。
実際、この髪飾りをみても、全く懐かしさも感じない。
でも、私が母のものを持っていたなんて…。
「兄上はご病気を理由に王位を辞退したいそうです。公務を全てこなせないと言われていて。…私達にもそのつもりだったのでしょう。私の結婚を急いだのも、きっとその為ですわ。」
「アルベルト様はどうなるんですか?」
「すぐに王位を離れることはありませんわ。父上からは私に早く子を、といわれましたの。」
政権の話はよくわからないが、アルベルト様に申し訳ない気持ちになった。
「兄上は身の回りを整理をし、城を離れるつもりだったと思いますわ。きっとその時にそれを見つけ、探していたのかも知れませんね。」
「カイル様達はグレイ様達からこの話をされているのですか?」
「カイルに力になって欲しいから、グレイと兄上が話していますわ。」
きっと、難しい話をしていると思った。
私にはきっとわからない。
勉強不足なのが自分でわかる。
それどころか、アルベルト様の気持ちもわからなかった。
「アルベルト様にお礼を言います…」
母の形見となる髪飾りを握りしめ私は一言呟いた。




