本当は先にしたかった
昼食の時間になり、騎士団の入り口で立っていると、また門番が俺を見ていた。
「何だ、用があるから立っているのだぞ。」
「…はい。」
まだかと思い懐中時計を見ると、少し早すぎたかと思っていた。
ルーナの馬車がつき、彼女を降ろし執務室に連れて行った。
「今日はオムライスを作りました。」
楽しそうに並べるルーナを見て、邸で楽しくやっているのかと安心した。
「…ルーナ、今日は隣に座って食べないか?」
「カイル様のお隣に座っていいんですか?」
「ああ、構わない。」
二人で並んで座り、食べはじめると、ルーナが明日のことを聞いてきた。
「明日は婚約のお話をするんですよね。」
「ルーナの話をつける為だ。何かあるのか?」
「実家に帰りませんよね…」
「帰すつもりはない。」
まさか、まだ追い出されると思い込んでいるのか?
「明日は支度金を持って行く。本当は16歳になってから正式に婚約し、出すつもりだったが二度とルーナに手が出せないようにするから安心しなさい。」
「私の為にお金を…」
「ルーナの為の金だ。惜しくはない。」
「カイル様、ありがとうございます。」
ルーナは少しホッとしたのか、また食べはじめた。
ルーナの作ったオムライスは少し卵がいびつだったが一生懸命作ったのだろうと思った。
俺の為に作ってくれたのだろうと思うと嬉しかった。
食後は二人でソファーで座り休んでいた。
バーナード様はまだ来ない。
ヒューバートも頼みごとをしているから今日は来ない。
二人っきりだった。
「あの…夕べのこと怒っていませんか?」
夕べのこととは、あれか…。
「怒ってはいないが…」
手が届く所にルーナがいる。
俺は昨日のルーナと同じように、頬に口付けをした。
「カイル様…」
ルーナの顔が真っ赤になった。
「…本当は俺から先にしたかったのだが…」
ルーナは頬に手をあて、微笑んだ。
「ふふ、私が先にとっちゃいましたね。」
ルーナの手をとり、指にも口付けをした。
「この指に合う指輪も買おう。ダイヤかルビーか?何でも買ってやる。」
「カイル様…」
二人で見つめあっていると、ドアが開き人がやって来た。
「団長、バーナード様が来られました!…っと。」
バーナード様を案内した団員とバーナード様は固まった。
顔を赤くしているルーナと、ルーナの手を握っている俺も固まった。
何故このタイミングで来るんだ!
くっ、今日はヒューバートがいないから安心してたのに!
ヒューバートから、邪魔なんてしませんよ。と聞こえそうだ!
「…カイル、私は出直すか?」
バーナード様が気を使ってか言った。
「いえ、大丈夫です。」
バーナード様を中に入れ、座ってもらった。
「カイル、そちらの娘が婚約者か?」
「はい、ルーナと言います。」
「はじめまして、ルーナです。」
ルーナは照れながら挨拶をした。
「そうか、ルーナ、ディルスのことは聞いた。私の団員が失礼をした。ディルスは謹慎にし、3ヶ月の減俸にした。許してくれるか?」
「ディルス義兄上を…」
「私が知らなかったとはいえ、ディルスのしたことは私は嫌いだ。あまつさえ、街で騒ぎを起こし騎士の恥を晒した。君に詫びたいのだが、無理か?」
「…」
ルーナは静かに黙って聞いていた。
「ルーナ、悪いようにはならないから正直に話しなさい。」
「カイル様…」
ルーナは俺を見たあと、ゆっくりとバーナード様を見た。
「…正直に言うと、よくわからないのです。ディルス義兄上も継母も恨んではいません。ただ、辛かったんです。上手く言えませんが辛くて…。」
ルーナは今にも泣きそうだが、ぐっと我慢しているのがわかった。
ルーナの手を握ると、俺を見て言った。
「…カイル様達が私のせいで侮辱されるのは嫌ですが、少し感謝していることもあります。」
「感謝?」
バーナード様が真剣な顔で聞いた。
「カイル様に会えました。」
確かにそうだ。
ディルス達にどんな思惑があろうとルーナに会えたことは幸運だった。
「そうか…、では私の詫びを受け入れてくれるな。」
「はい。」
「もう1つ、詫びの品だが、観劇のチケットを用意した。カイルの休みに二人で行きなさい。一番良い席をとっている。」
「バーナード様ありがとうございます。」
バーナード様に礼をいい、バーナード様はさあ、帰るか、と席を立った。
バーナード様を入り口まで見送るとバーナード様は少し楽しそうに言った。
「次の団長会の話のタネができたな。」
「…ご冗談を。」
「カイルでも照れることがあるのだな。」
そんな顔をしているつもりはないが、バーナード様はお見通しなのか、と思った。
「カイル、婚約者を大事にされよ。では失礼する。」
バーナード様はそういうと馬車に乗り込み去って行った。




