始まり(3)
かたづけるを何度もかたずけると打ち間違え、一人羞恥を覚えていた今日この頃というか今日です。
では、本編どうぞ。
「こう君、ご飯出来てるけど、先にお風呂入ろうか」
「うん」
夕夏に抱き締められた状態で康貴が大人しく頷く。いつもの康貴だったら抱き着かれていない状態で「ああ」と言っただろう。だが今は違う。
何故なら...堕ちたから。今まで夕夏に抵抗していた心の一部が取り払われ、夕夏を拒む理由を失くしてしまったのだ。悪く言えば羞恥の欠落。良く言えば素直になったのだ。
その反動なのか何なのかは分からないが、若干幼児退行している。まるで、まだ二人がべったりだった時のようだ。
「一緒にお風呂入る?」
夕夏は冗談めかしてそう言った。いつもはこう言うと康貴の照れながら慌てる可愛い反応が見れるからだ。しかし、今康貴の羞恥は欠落し、幼児退行を起こしていた。なので返答は、
「うん」
「え?」
「ん?」
夕夏は康貴の予想外の返答に驚いて思わず声を出してしまった。その夕夏の反応に康貴は、夕夏に抱き着かれた状態で顔を上に向け、夕夏の顔と至近距離で首を傾げた。
「えっと...」
夕夏は葛藤していた。一緒に入るのか入らないのかではない。入っていいのかいけないのか、だ。正直康貴が一緒に入っていいというのなら入りたい。だが今の康貴は明らかに様子がおかしい。
ドアの前立っていた時、「ただいま」と言ったあの時の顔。口角が引きつり目は死んでいた。夕夏はその時、それが笑顔なのだと分かった。
いつも康貴は帰って来て「ただいま」と言うとき笑わない。なのに今日は笑った、笑おうとした。だから分かってしまった。あの笑顔が今の康貴にできる精いっぱいの笑顔なのだと。
「はい、ろっか?」
結局夕夏は一緒に入ることにした。康貴がそう望んでいるのだ。今の彼を癒してあげられるのなら何でもいい。そう思って康貴を連れてお風呂場に向かった。
・・・・・・・・・・・・
何も無かったよ\(^^)/
・・・・・・・・・・・・
「うんまい!」
「こう君食べながら喋っちゃ駄目だよ」
好物のチーズハンバーグを食べて子供のように康貴ははしゃぐ。その姿を、注意しながらも夕夏は頬を緩ませながら見ていた。
お風呂を上がってもさっきから康貴の様子は変わらない。幼児退行したままで、羞恥に関しては、いつもはご飯を食べるとき二人は向かい合って食べているのだが、今は康貴が夕夏に隣に来てと言ったので隣り合って食べている。
夕夏はどっちかというと顔がしっかり堂々と見れる前の席の方がよかったのだが、康貴は距離が近い方が嬉しい様だ。夕夏もいざ隣に座ってみて、こっちでもいいなと思い始めていた。
食事が終わり、リビングのソファーで一緒にテレビを見ていると康貴がうつらうつらし始めた。いつもの寝る時間よりだいぶ早い。どうやら生活リズムまで幼児退行してしまったようだ。
「こう君もう寝る?」
「うん」
康貴が頷いたので、船をこいでいる最中の康貴が立つのを手伝い二階の康貴の部屋まで一緒についていく。
康貴の部屋のドアを開け、ベッドにそっと寝かせてあげる。
「じゃあ、お休み」
おでこにそっとキスをして一階の片付けをするために康貴の部屋を出ようと歩き出す。が、すぐに袖を引っ張られ後ろにつんのめってしまった。
夕夏は袖を引っ張った本人に目を向ける。
「こう君?」
「ゆう、一緒にねよ?」
康貴は眠そうなとろんとした目で夕夏を見つめる。そんな目を受けて康貴大好きっ子の夕夏が逆らえるはずが無かった。
一階の片づけは、皿洗いなんかは済ませているし大丈夫だろうと思い、康貴に引っ張られるがまま、康貴の布団にもぐりこんだ。
康貴は夕夏が布団の中にもぐりこんできてすぐに夕夏に抱き着いた。正面からだ。小さい頃はよくこうして寝ていたことを思い出し、懐かしさを感じながら夕夏も康貴を抱きしめた。
康貴の頭に手を伸ばし頭をポンポンとリズムよく撫でるようにたたく。康貴のとろんとしたまま開いていた目がだんだんと瞼を下ろしていく。それと同時に夕夏に抱き着いている力も弱まってきて、最終的には形だけで力は全く入っていない状態となった。
康貴が寝息を立て始め、その寝顔を至近距離から夕夏はじっと見つめる。夕夏はここでも葛藤していた。このまま寝ていいのか、それとも抜け出して自分の家で寝るべきか。しかし、葛藤したはいいが答えは最初から決まっていた。
もし、康貴が元に戻っていなくて朝起きたら夕夏がおらず悲しんでしまうのは嫌だし、元に戻っていれば朝から康貴の可愛い反応を見れるのだ。選択肢は一つしかなかった。
夕夏は康貴とおでこを合わせ、目をつむる。そして抱き着いたまま眠りに落ちていった。
夕夏の体は康貴と違い絶対に離すまいとしっかり抱き着いたままだった。
朝、目が覚めると目の前には康貴の顔があり、体は康貴に抱き着いている。そこで昨日あったことを思い出した。
今日の康貴はどうだろうか、元通りになっているのだろうか、それとも昨日の状態のままなのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、康貴の寝顔を見つめていると、康貴の瞼が徐々に開き始めた。
「おはよう、こう君」
そう声を掛ける。目を開いた康貴の顔に驚きはない。その顔から夕夏は元に戻っていないと思った。が、それは少し早計だった。
「ああ、おはよう、ゆう」
その言葉で康貴が幼児退行から脱していることを夕夏は察した。だが同時にもう一つのことも察した。康貴は抱き着いていることに驚きを示さず、それどころか甘えるように夕夏の胸に顔をうずめた。
康貴の羞恥心はどこかに旅行をしに行ったらしい。
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