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始まり(2)

 ケーキをホールで一個食べたいというのが小さい頃は夢の一つでしたが、だんだんとお金の価値が分かってくるようになると、それがどれだけお金の無駄遣いなのかを理解してしまって悲しみに暮れている今日この頃です。

 突然の告白に康貴の脳はほぼフリーズしていた。

 しかし、残った思考の中でその告白の答えを即座に導き出していた。


 「ごめん、なさい」


 康貴の口から漏れ出るようにそう発された。

 途端、女の子の表情が悲しみに歪んだ。その顔は自分は悪くないとはっきり理解していても罪悪感を催させる表情だった。


 「どうしてか、聞いてもいいですか?やっぱり鈴原さんと...」


 悲しみに暮れた声で必死に絞り出しながらそう聞いてくる。が、余計な誤解が生まれそうだったので康貴は言葉を遮って、


 「違う違う。ゆうとはそんなんじゃないただの幼馴染だ」


 「だったらどうして?」


 どうやら女の子は本気で疑問に思っているようだった。だが、康貴にとっては付き合う理由を見つける方が難しい。


 「だって、俺は君の顔を見たのは今が初めてだし、名前も知らない、声も聞いたことが無い。君のことを何も知らないのに付き合おうとは思えない」


 「え?」


 「え?」


 女の子が素っ頓狂な声を出すものだから康貴もつられて素っ頓狂な声を出した。


 「私入学式の時に主席がスピーチを辞退したから次席の私が全校生徒の前でスピーチしたんだけど...」


 「へ、あ、そう、だったの?」


 自分の事を知っていると思っていた女の子はどんどん表情が暗くなっていく。


 「それに、同じ図書委員で同じ日に当番をしたこともあったんだけど...」


 康貴は図書委員に所属しており入学して、二か月ほどだが図書室の当番も何回かやっている。


 「そう、なんだ」


 女の子の表情はもはや絶望の域に達している。


 「ごめんね。俺興味が無いことにはとことん興味が無いから」


 康貴のその一言で女の子は崩れ落ちた。とっさに隣にいた女の子が支える。そして、康貴をじろっと睨みつけて、


 「そこまで言うことないじゃない!この子頑張ってあんたに告白したんだよ!もうちょっと言い方ってものがあるでしょう!」


 「え、ご、ごめん」


 突然怒鳴られて康貴はビクッとする。そして、同時に理不尽だと思った。そっちの都合で勝手に告白してきて勝手に傷付いて勝手にこちらが悪者扱い。女の子が何を考えていようがそんなことは知らない。心が読めるわけでもないのに相手の気持ちを慮れと言われても不可能な話だ。


 「亜美、もう帰ろ?」


 ショートカットの女の子が亜美と呼ばれた女の子に向き直る。そして、亜美はその言葉に黙って頷いた。


 彼女たちはその後一言も発さずに校舎を出ていった。その間康貴も一言も発さずただ突っ立ているしかできなかった。


 「帰ろう」


 彼女達の姿が完全に学校内から消えると康貴の止まっていた時間が動き出した。


 酷い目にあった。あまりにも理不尽な理由で怒鳴られた。いや、あの場では彼女の言葉が正しかったのかもしれない。それでも康貴は自分に非が無いのに怒鳴られたのは理不尽だと思った。


 とぼとぼ歩きだす。いくら自分に非が無く、理不尽なのは相手方であると言っても、人を振るというのはなかなかに罪悪感の残るものだった。康貴は告白されたのはこれが初めてであり、その初めてが悲惨なことになってしまったのだ。しばらくは、トラウマのように心に残り続けるかもしれない。


 帰り道に自販機を見つけた。気分転換に何か飲もうと財布を取り出そうとしたが、学生鞄のどこを探しても財布が無い。


 「家に忘れてきたのかな」


 気分がさらに沈みそうになった。が、思い直すことにした。財布を忘れていたがそんな日に限ってちょうど蓮に奢ってもらえたのだ。沈んでいる気分を無理やり戻そうとしたが、それも空から水滴が垂れてきたせいでかなわなかった。


 「雨」


 天気予報は朝出る前にちゃんと確認していた。ただ、夕方の六時くらいから降ると言っていて、いつも通りに帰っていれば降られることは無いからと思って傘は持ってきていなかった。


 「はあ」


 ため息がでる。気分は完全に海の底までしずんでしまった。ずぶ濡れになりながら家に帰る。雨が降っているが今は走る気力すらない。もうそんなに家まで距離も無い。


 今日は不幸だった。だが、今日だけだ明日になればいつも通りの日常だ。今日が少し悪い方に特別だっただけ。そう考えるがあまりにも沈んでしまった気分には焼け石に水だった。


 家に着く。家には明かりがともっている。見慣れた明かり。安心する明かり。


 玄関のドアを開けた。すると、ドアが開く音に呼応するように中から声が聞こえる。


 「こう君お帰りー」


 パタパタとした足音が近付いてくる。


 夕夏が姿を見せた。


 「ただいま」


 康貴は笑顔で言った。笑顔だったと思う。笑顔になれていたと思う。だが、それは康貴の思い違いだったようだ。


 夕夏は無言で玄関で突っ立ている康貴に濡れるのも構わず抱き着いた。ハグをした。抱擁した。


 そして、優しく、


 「お帰り」


 その言葉はさっき聞こえた『お帰り』よりも深く康貴の頭にしみ込んだ。


 夕夏の体温は少し高く、雨で冷えた康貴の体と、冷めてしまった康貴の心を一緒に、優しく温めた。


 いつもだったら、すぐに引き剥がしていた。だが、そんな気にはなれない。だってあったかいから。康貴はこのぬくもりから離れたくなかった。


 抱擁されて、夕夏の柔らかい胸に顔をうずめながら、


 「ただいま」


 くぐもった声でそう言った。その声は最初に行った時より幸せに包まれていた。

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