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ロリな幼馴染からチョコをもらったと思ったら、彼女ができていたときの話をする。

作者: 植木枝森

 二月十四日は何の日だって?

 それは、一九四五年に第二次世界大戦で、近衛文麿が昭和天皇に米英との講和を唱える上奏を行った日だ。

 あとは、皆がよく知っている、遊園地とかにある観覧車を発明したアメリカ人技師、ジョージ・ワシントン・ゲイル・フェルス・ジュニアの誕生日だ。

 他には煮干の日でもあるみたいだ。一(ぼ=棒)といった感じで語呂合わせにして、全国煮干協会が制定したらしい。

 いや、分かっている。誰もそんなこと知らないし、そういうことを聞きたいわけではないよな。俺だって知らないよ、煮干の日とか。さっきググって初めて知ったよ。

 二月十四日は、バレンタインデー。俺にとって一年で最も憂鬱な日だ。

 いつから、どうしてそうなったのかは知らない。このご時世、ネットで検索をかければ一発で分かるだろうけど、そこまでの労力を割くほどの興味はない。ただ俺の知る限り、バレンタインデーとは、一般的に女性が男性にチョコレートを渡す日であり、それには異性としての好意が内包されている。

 もっとも近年では、女性同士でチョコを渡し合う『友チョコ』や、女性に限らず男性からお菓子を渡すなんて風習も広まりつつある。特に中学高校なんかでは、別段何かしらの好意があるわけでないのにも関わらず、一人の女子がクラス全員にチョコを配布するなんて光景も珍しくはないだろう。一口にバレンタインといっても、それぞれの行動や意図によって、その意味は多岐にわたる。

 それらを踏まえた上で、あえてもう一度言う。

 俺にとってのバレンタインデーは、一年で最も憂鬱で地獄のような一日だ。

 なんて下らないことを、誰が聞いているでもなしに説明口調で語ってしまうのも、無駄に長い通学時間の電車の中、今日に限って文庫を忘れてしまい、時間を持て余していたからだ。最寄り駅に着くと、空気の抜ける音と共にドアが開く。暖房の効いた車内への後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、重い腰を上げて、厳しい現実へと踏み出した。

 駅の改札を抜けると、冷たい突風が出迎えてくれた。どれだけセーターやコートを着込んでも、鋭く吹き付ける風は氷で出来た刃の如く、いとも容易く俺の体を切り裂いていく。高校が小高い丘の上に鎮座しているため、登校時にはこの坂を登らなければならない。そしてこの坂道がまたしんどい。一歩一歩と進む度に足取りが重くなり、さながら断頭台への階段を上っている気分だ。

 ようやく坂を登りきり校門をくぐると、自転車置き場の物陰の方で女子生徒の姿を視界が捉えた。一瞬だったが遠目にも分かる、綺麗に包装された包みを誰かに渡していた。渡された相手までは見えないが、そんな人目につかない場所を選んだところを見ると、間違いなく男だろう。

 それを尻目に俺は校舎に入る。靴を履き替えるため自分の下駄箱を開けると、何かが落ちてきた。

 可愛らしいリボンで飾られた小さな箱。

 しかも一つだけではなく、色や形は様々だが似たような感じの包みが、六つも。

 下駄箱の中はそれだけで、本来あるはずの俺の上履きがない。どこにあるかと探すと、上のところに置いてあった。

 俺は上履きに履き替え靴をしまい、六つの包みを抱えて教室に向かった。

 教室の中でも、女子たちがお菓子の入った包みを異性に渡していたり、友達同士で交換し合って楽しんでいるなど、バレンタイン独特の甘ったるい匂いと空気が広がっている。

 一方誰からもチョコを貰えず、教室の隅の方でどす黒い空気を垂れ流している野郎どもは、バレンタインがいかに浅ましく、忌々しいイベントかを雄弁に、女々しく語っていた。

 そんな中、俺は自分の席について、鞄から取り出した教科書を机の中にしまおうとしたが、入らなかった。というか、既に何かが入っている。俺は普段、教科書類を持ち帰っているため、机の中は基本空のはずだ。小さく息を吐いてから机の中に手を入れて取り出してみると、またも綺麗に装飾された包が出てきた。今度は八つも。

 さきほどの下駄箱の分と合わせて計十四個。それらの包みを抱えてロッカー前まで行き、扉に手をかける。

 予め言っておくが、これは比喩ではないし、大袈裟に言っているわけでもない。本当に開けた瞬間、雪崩のようにチョコやらお菓子が入っているであろう箱がガサガサと音を立てて落ちてきた。

 さすがにこれには溜め息が出た。俺のロッカー鍵が掛かっているんだぞ。それを壊して入れていくとか、逆に怖いわ。

「よー、彼方。相変わらず今年も凄い量だな」

 床に転がった箱を一つ拾い上げて、声の主はそれを俺に渡す。

「おはよう小泉。お前、何か袋とか持ってないか? とてもじゃないけど鞄に入る量じゃない」

「うわっ、お前、何の嫌味だよそれ。あーあ、俺も一度そんなこと言ってみたいぜ。大体、毎年こうなることは分かってるんだから、自分で持ってこればいいだろ」

 これみよがしに声のトーンを上げて、顔を左右に振りながらそんなことを言う小泉。多少のおふざけと、心からの妬みでやっているのであろう。その大袈裟な素振り、出来ればやめて欲しい。

 そう、俺は高校に入ってからの三年間、バレンタインの日はチョコやらお菓子の贈り物を貰っている。いや、もっと正確に言うなら、中学のときからこんな感じだった気がする。家に持って帰ったこれらを積み上げれば、文字通り山が出来上がるほどに。

 これは健全な高校生男子なら誰もが羨ましがる状況で、普通なら喜ぶべきことなんだろう。しかし実際は、持って帰るのが困難だとか、持って帰ることが出来たとしても、とてもじゃないけど一人で消化できる量じゃないとか、何かと困る部分も多い。クッキーやキャラメルとかはともかく、最後に食べきれなくなって残ってしまったチョコを、全部牛乳に混ぜ溶かして飲むのは、結構心が痛んだりもする。

「それにしても、何でみんな俺なんかにチョコをくれるんだろうな」

「おい彼方、それ本気で言っているのか? 学業優秀、スポーツ万能。気さくで誰にだって手を差し伸べて、優しい言葉を掛けてくれる。そんな我らの生徒会長様が、女の子からの人気がなかったとしたら、この世の子孫繁栄は難しいだろうな」

「いや、俺は別にそんなこと……」

「彼方にそのつもりがなくても、周りがそう思ってるってことだろ。まったく、どこのギャルゲーの主人公だよ。本当に羨ましい限りだぜ」

 確かに、小泉の言うようにこれは喜ばしいことかもしれない。俺だって、これだけの人に好意を寄せられていることに悪い気はしないし、むしろ嬉しい。

 ただ、俺の欲しいのは、これじゃないんだよな。

「わー、かなちゃん今年もたくさん貰ったね」

 高校生とはとても思えない、幼くて間延びした声で話しかけてきたのは、これまた高校生とは思えないほど背の低い、もしかしたら小学生にも見間違われるであろう体躯の女子生徒。名を川崎琴葉。

「お、おはよう琴葉。まぁ、そうでもないんじゃないか、な」

「そうだね、去年の方がもっとたくさんあったしね。あ、先生が来た。それじゃあね」

 琴葉は軽く手を振ると、俺の一つ隣の教室に入っていた。

 気付けばこちらの教室にも先生が来て、小泉も笑いをこらえながら自分の席に戻っていく。一人残された俺はロッカーに入りきらないチョコの山を見て、また溜め息が出た。

 俺と琴葉は幼稚園の頃から一緒で、小学校まではバレンタインの日に、必ずお母さんと一緒に作った手作りのチョコをくれていた。しかし、中学にあがった最初のバレンタインからそれがなくなってしまった。そのときはただ単純に忙しかっただけだと自分を納得させたが、内心随分と動揺したものだ。そして翌年も貰えなかったその日、俺はなんてこのないフリを装って聞いてみた。何でくれないのかと。

 あのときのことは今でも鮮明に覚えている。忘れたくても忘れられない、脳裏に焦げ付いて残っている。返ってきた琴葉の言葉、そう言った、琴葉の態度。

 ……別にいいでしょ。

 どんな表情をしていたのかは分からない。俺から顔を逸していたから。ただ、風にかき消されそうなほど小さく零されたその言葉は、俺の体を貫き、底なしの谷底に突き落とすには十分過ぎた。

 琴葉はもう俺にチョコをくれない。理由は分からない。俺のことが嫌いになったのか、ただ単に面倒になっただけか。もしかしたら俺の知らないところで好きな奴ができて、そいつにだけあげているのかもしれない。そう思うと、平常ではいられなかった。

 その日は何となく気まずくなったが、次の日以降の琴葉はいたって普通だった。顔を合わせれば挨拶をするし、一緒に帰ることもあった。しかし一貫して、バレンタインにチョコをくれることはなかった。

 それでも、今年は貰えるかもしれない。なんて淡い期待を胸にして、女々しく待っていたりするが、結局貰えずにその日が終わる。そんなことをもう何年も繰り返してきた。

 どれだけたくさんのチョコを貰おうと、あいつからの一つがない限り、俺はこの日を素直に嬉しいとは思えない。

 だから二月十四日は一年で最も憂鬱な日で、最悪な日だ。


「彼方先輩。これ、受け取ってください!」

「え、あ、うん。ありがとう。嬉しいよ」

 放課後になり、帰ろうと廊下を歩いていたころで下級生の女子からチョコを渡された。自分でももっと気の利いた返事はなかったかと思ったが、彼女はそれで満足してくれたらしく、遠巻きに見ていた友達のところに戻っては何か騒いでいた。

「それにしてもホントに凄いな。昼休みなんか、お前にチョコを渡すためのだけの行列ができていたからな」

 実際はそれだけではなく、授業と授業の合間の休み時間にも常に二、三人は俺のところに来てお菓子を渡していった。あとは用を足すため席を外していた数分の間に、自席には小高い山が出来上がっていたりもしていた。

「なんかここまで来ると、もはや餌付けされている気分なんだけど」

「気分じゃなくて、実際にそうだろ。しかし、つっ立っているだけで女の子に貢いでもらえるとか、将来は有望なヒモになれるな」

「うるさいな」

「あ、あの……、生徒会長さん……」

「さてと、邪魔者は消えるとするか。じゃーな、ヒモ」

「変な呼び方するな!」

 そのあとも、下駄箱に到達するまでの間に幾度も女の子に呼び止められた。ようやくたどり着いて下駄箱を開けても、またしてもお菓子の箱や包みしかなく、居場所を追い出された俺の靴もまた、上のところに放置されていた。ごめんよ、寒かっただろうに。それでもその中に、琴葉からのものはなかった。

「あっ、雨かよ。傘持ってきてないんだけど……」

 玄関を出ると弱い雨が降っていた。走って駅まで行けないこともないが、この時期の雨は冷たいからできれはそうしたくない。しかし空は厚い雲で覆われていて、少し待ったところでもやみそうな感じでもない。本当に今日は最悪だ。

「あれ、かなちゃんだ」

 声が聞こえて振り向いたけど誰もいなく、少し目線を下げると琴葉の姿があった。まぁ、確認するまでもなく彼女だってことは分かっていたけど。俺のことをかなちゃんなんて呼ぶのはこの学校で、世界中でも琴葉だけだし、第一、俺がこいつの声を聞き間違えるはずがない。

「どうしたの? 帰らないの?」

 琴葉は俺の側まで来て上目遣いで聞いてくる。

「い、いやっ、外雨だろ。俺傘持ってなくて」

「そっか。それじゃあ、私の傘に入ってく? 折り畳だから少し小さいけど」

「えっ、いいの?」

「家がお隣さんなんだから、いいに決まってるじゃない」

 そういう意味で聞いたのではないのだけど。そう言いかけた言葉を飲み込んだと同時に、琴葉が鞄から取り出した薄い緑の折り畳み式の傘を差し出してきた。お前が持てという意味だろう。まあ、身長差からして当然のことだ。一瞬どうしようとか迷ったが、結局それを受け取る。開いた傘に琴葉を入れて校門を出た。


 朝はあれだけ億劫に感じた坂を下り、駅へと続く道を俺たちは無言で歩いた。幼馴染みと言っても高校に入ってからはクラスも別れて、付き合う友達も違ってきたことからほとんど話すことはなかった。だからこうして久しぶりに二人だけになると、何を話したらいいか分からない。

「こうして二人で帰るのも久しぶりだね」

「あ、ああ、そうだな。おい、もっと中に入らないと濡れるぞ」

「うん、そうだね」

 そう言って琴葉が身を寄せてきた拍子に、彼女の肩が俺の腕に軽く触れた。

「あっ、ごめん」

「いっ、いや、俺の方こそ。……悪い」

 何が悪いのか分からないのに、つい謝ってしまった。そんな自分が情けなくて溜め息が出そうになったが、それも飲み込んだ。

 また訪れる沈黙。

 何か話をしないと。そうやって焦れば焦るほどに何も思いつかず、雨に洗い流されていくかのように、頭の中が真っ白になっていく。下校時間だというのに周囲に人の姿は見当たらない。聞こえてくるのも、まばらな雨粒が傘に当たる音だけ。まるで時間の流れから抜け落ちたような灰色の世界。

 視線を下げると琴葉の姿が視界に入る。今彼女は何を考えているのだろう。どんな気持ちで俺の隣を歩いているのだろう。俺と同じようなことを思ってくれているのだろうか。いや、きっと違うな。

「そういえば、貰ったチョコはどうしたの?」

「今日は、学校に置いてきた。明日家から袋持ってきて、それに入れて持って帰るよ」

 不意に琴葉に話しかけられたが、回らない頭で何とか答えた。

「そうなんだ。でもあれ全部一人で食べてるの?」

「そうだな。やっぱりせっかくくれたものだから、捨てたりするのは悪いかなって」

「やっぱりかなちゃんは優しいね」

「別にそんなんじゃないよ。そういえば琴葉はチョコを作ったりしないのか? 昔はよく作っていたのに」

 と、言ってしまったところで自分の失態に気がついた。何とか話題を繋げないと。そう必死になっているうちに、自ら触れないでいたことをつい喋ってしまった。しかし一度口にしてしまったことは取り消すこともできなくて、

「……ううん。作ってるよ」

「え」

 そして、地雷を踏んでしまった。

 琴葉は今でもチョコを作っているのか? でも俺はそれを貰っていないぞ。

 足が止まりそうになったが、何とか平常を装って彼女の隣に並んで歩いた。脳内が嫌なイメージで侵食されていく。それでも微かな希望を込めて再度、口を開いた。

「そ、そうか。そうなんだ。あれか、友達同士で交換しているのか。そうだよな。うちのクラスの女子もみんなやって――」

「違うよ。……好きな人に、作ってるの」

 今度こそ足が止まった。一番聞きたくなかった、最悪の答えだった。

 そうか。琴葉はチョコを作って渡していたんだ。俺の知らないところで、俺の知らない誰かに。俺じゃない誰か、お前の好きな人に。

 それなのに毎年、今年こそは貰えるかもしれないとか一人で勝手に期待して、お前の顔を見る度にそわそわして。それで結局貰えずに家に帰っても、夜になったら部屋の窓から来るんじゃないかって妄想して、ずっと窓の方を見てて。それすらないと分かったら悲しくなって、布団に潜って落ち込んで。本当に馬鹿だな、俺。

「どうしたの!? かなちゃん何で泣いてるの!?」

 琴葉に言われて自分の顔に触れてみると、確かに目の辺りが濡れていて、それを慌てて袖で拭った。まさかこんなことで泣くとは思っていなかったから、自分でも驚いた。いつから俺はこんなに弱くなったのだろう。

「いや、何でもないんだ。ホントに、全然。……でもあれだな、琴葉にも好きな人がいてチョコを渡していたんだな。全然知らなかったよ。ホントに、全然、ホントに……」

「ううん。渡してないよ」

「そうか。……は?」

 一瞬、何かの聞き間違えかと思った。渡していない? そんな馬鹿な。

「……渡していないのか?」

「うん。渡していない」

「え、だって、毎年チョコ作ってるんだろ? その、好きな奴の、ために」

「うん。でも作るだけ。結局いつも渡せないで終わっちゃうの」

 何を言っているのかいまいち要領を掴むことが出来ない。しかし、困惑している俺とは対照的に、琴葉はいたって平然としている。

「それはつまり、渡す勇気が出ないってことか?」

「うーん、そういうわけじゃないけど。でもかなちゃん、他の女の子からチョコを貰う度に迷惑そうな顔していたから」

 何で俺の話になったかは分からないが、たくさん貰って少し困っているのは確かだ。それでも、琴葉からのものだったら何を差し置いてでも俺は欲しい。こいつにこんなに想ってもらえているとか、どこの誰だか知らないけど本当に羨ましい奴だよ。

「でもね、今度からは別々の大学に行くから、会うことも少なくなっちゃうと思うの。だから、今年こそはちゃんと渡して、私の想いを伝えようって決めたの」

 そう言い終わると、琴葉は俺の前に回り込んできて、鞄から何かを取り出した。それは、今日一日で何度見たか分からない、出来ればもう見たくないと辟易としたもの。しかし何よりも見たかった、誰よりも欲しかった。彼女の小さな手の平に収まる、綺麗なリボンをあしらわれた小さな箱。

「受け取って。私は彼方のことが、好きだよ」

「……え?」

 もうわけが分からなかった。

 え、何? どういうこと? 俺また何か聞き間違えた? とりあえず今俺の目の前にあるのは、琴葉が好きな人のために作ったチョコなんだよな。

「それ、俺にくれるのか?」

「そうだよ」

「それ、俺のために作ってくれたのか?」

「そうだよ」

「琴葉は俺のこと、好きなのか?」

「そうだよ! もう、何度も言わせないで」

 琴葉が頬を染めて俯いた。

 ……あれー。じゃあ何? 俺はずっと勘違いしてったってこと? 琴葉の好きな相手が他の誰かだと勝手に思い込んでいて、勝手に一人で悩んでいただけだったってこと?

 そう思うと今まで自分が急に馬鹿らしく思い、恥ずかしくなってきた。体中の力が一気に抜けて、脚から崩れそうになる。

「それで、どうなの?」

「どうって、何が?」

「だからっ、返事、聞かせてよ」

 琴葉は今も俯いたままで、その姿が普段よりもずっと小さく見える。表情は見えないが、耳の辺りが紅く染まり、脚も微かに震えている。俺はそんな彼女からチョコを受け取るよりも先に――

「ちょっと、かなちゃん!? 急にどうしたの!? 苦しいよ」

 彼女のことを抱きしめた。

 琴葉は足をばたつかせてもがいているが、それでも俺は彼女を強く抱きしめては放さなかった。

「好きだ、琴葉。ずっと前から、俺もお前のことが、大好きだっ」

「……うん。ありがとう。私も大好きだよ」

 いつの間にか弱い雨は、静かに降り積もる雪へと変わっていた。

 今この瞬間、俺の中で二月十四日は、一年で最も最高の日となった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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