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二人の歩  作者: とーます
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同級生の愉快な仲間たち

 受験生の教室なんかもうヒリつきすぎてて経験したくない、と以前兄が語ったのは、きっと記憶違いなのだろうと思うようになった。だって中学三年生を迎えた私の教室は、午前最後の授業が終わるチャイムを聞いた傍から賑やかな雰囲気で満たされるのだから。

「お腹すいたー、あゆみんここ早くー!」

 お弁当を広げるために数学の教材類を纏めて鞄へ仕舞う中、机の片隅を指差して私を急かす声が一際大きく響く。相変わらずせっかちなものだとムッとしつつ、私は彼女の示す先を手早く空けた。

「で? 今日はあるの、何か聞きたいとこ」

「三角形の相似条件の――」

「なんで先言わないのそれ」

 ちょうど机の上を片付け終えたところにこの間の悪さ。私は呆れてノートをもう一度取り出し、その生徒に手渡す。

「一旦それ読んでてよ。私もご飯出すから」

 三年になってから私の昼休みはこんな風に騒がしく、また忙しなくなってしまった。成績でも要領でももっと上がいる私の元に、引っ切り無しにクラスメイトたちが勉強を教えてほしいと頼みにくるからだ。特に今目の前でノート片手に弁当箱をつつく彼女、たまは毎日昼になると教室の中程にある私の席へ押しかけてくるようになり、その流れから行動を共にする時間まで長くなっていた。

「えっあゆみん、足りるのそんなんで!?」

 私の昼食に目を移したらしい環は、口をあんぐり空けた。喧しい。

「耳痛いよもう」

「だっておにぎり三個だけじゃん? それとも何、中身お肉とか、半熟玉子まるまる一個とか?」

「そんな時間なかったし。まあ確かに、何か入れられたら良かったけど」

「マジ? じゃ塩だけとか?」

「だけ」

 環は更に大きく口を空け、今度は絶句した。はえっ、と声にすらならない息が漏れる。学食か購買行けば、とそんな彼女に提案されたが、今の財布にはその余裕すらない。寝坊さえせず、母親が家を出る前に目を覚ましていれば、せめて昼代くらいは貰えただろうに。二年強の月日をこの校舎で過ごしてきて、私は初めて給食もない私立中学に入れられた自分の身を恨めしく感じた。自分の物でない男子並みのサイズの二段弁当が目の前にあるだけに、掌に収まるこのおにぎりが余計見劣りする。

「たまは今日もいつも通りだね」

「おかず、どれか一つあげる?」

 環は何だか、溜息混じりの私に同情してくれたようだ。でも、それを受け取る気分にはなれない。

「いやいいよ」

「まあまあ、はいこれ。肉じゃが」

 話を聞け。厳しい口調がうっかり飛び出しそうになったのを何とか抑え込む。

 片や環は、いくらいらないと応えても私に肉じゃがを押しつけようとしていた。何でまた、と理由を尋ねると、口を結んでうーんと唸り声。

「どうしたの?」

「――昨日の夕ご飯の残りなんだけどさ、上手くいったと思ったのに『マズい』って喚かれて」

「見た感じは普通だけど。っていうか、たまも料理するんだ」

「一応。弁当も、全部毎日自分で」

 耳を疑った。彼女が持ってくる弁当は、いつも環自身の手製だったのか。曇る顔を見ていたたまれなくなり、それならと私は一口いただくことにした。

「おいしい。私こんなに上手くできない、柔らかいのに煮崩れだって全然してないし」

「でしょでしょ。あーあ、なんで口に合わなかったんだろ……男の子って分かんないな」

「弟さんいたの、たま」

「うーん、まあそんなとこ」

 なぜか言葉を濁しているものの、先程とは一転して晴れ晴れした笑顔。こんな屈託のなさにしろ、落ち着きのなさにしろ、今聞かされた一面を抜きにすればとても姉とは思えない。私の幼馴染である小五の男の子と比べても、まだ年下感のある振る舞いだ。見ていてハラハラするし、もう少しおとなしくならないものだろうか。

「たま。あゆみに何したの」

「お、えりーじゃん。肉じゃが食べてもらってた」

 ……だからと言って、あまり無感情で頭の中が読めなさすぎるのも困るのだけど。

 環より遅れてこの机に持ち前のポーカーフェイスを見せに来たのは、私と腐れ縁で周りからは専ら「えり」と呼ばれる依梨乃えりの。校内の定期テストどころか全国模試でも指折りの好成績を叩き出す彼女が教え方まで上手だったなら、私の昼休みはもっとゆったりしていたに違いない。身近な親友とは言え、学業では常に私の上にいる生徒の最たる一人だ。

「ずるい。いただきます」

「え、ちょっと、えり!?」

 依梨乃は突然私のおにぎりを小さく一齧りした。父親同士の旧交からよく見知った間柄になっている彼女は、今でこそその真意をある程度見通せるようになった一方で、今の私でも理解の及ばない行動をこうして時折取る。こっちはこっちで側にいると全く気が気でなくなってしまうのも、つい幼馴染ではなく腐れ縁と呼びたくなる一因だった。

「おいしい。これ」

「こっちじゃないんだ……食べてよ、あたしの自信作も」

 分からないところを質問しに来ていたはずがいつの間にか私のノートも放り出して、自前のおかずで餌付けを始める環。

 自分の弁当を携えながら他人の昼食を頬張り、顔色一つ変えない図太さの依梨乃。

 受験生だというのに、二人のおかげでどうにも気の休まらない日ばかり。けれど、そんな学校での日常に思わず口元が緩んでしまう自分も、また心のどこかにいる。


 その日の夜、私はあゆくんから不思議な話を聞かされた。

「でさ、今日はソイツがまた煩くて。給食の肉じゃがもっと食いたい、家で出たやつがマズかったから、とか何とか」

「へえ……その友達ってなんて名字? お姉ちゃんとかいる?」

「『犬山』。兄弟は知らないや」

 返ってきた答えは環と違う名字。となれば、少なくとも二人に繋がりはないだろう。なのに同じ日の夕食に同じおかずが並び、その上良くも悪くもざっくばらんな食卓の事情まで一緒だなんて。そうそう起こらない偶然の一致を生んだこの逸話は、最近の私自身が夕食を一人で摂りがちなせいもあってか、妙に長い間頭の中へ焼きついた。

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