買い物中にばったり出会した話
「ねーちゃん?」
今日も一人かと溜息をつき、久方ぶりにスーパーで夕ご飯の買い出しをしていた折。唐突に背中へと向かってきた声にびくりと肩を震わせて後ろを振り返る。するとそこには私の幼馴染が、物珍しげな顔をして立っていた。無邪気に駆け寄ってくるその姿を見つめながら、私は小首を傾げる。彼の家はここから、比較的距離があった筈なのに。
「あゆくんどうしたの。こんなところまで」
「パシリ」
「お使い、でしょ」
度々親御さんに買い物を頼まれる彼が、どこで覚えたのか最近多用するようになったその単語を訂正して、よくよく話を聞いてみると、どうやら彼もおおよその目的は私と同じらしい。何でも、お母さんが最近海外の料理に没頭しているとのことで、近場ではお目にかかれないスパイスを欲しがるようになったそうだった。使ったことや口にしたことは私もなかったが、この個人店では名前くらいしか聞き覚えのない香辛料も胡椒やわさびなどと並んでおり、きっと食に拘る人のニーズは満たしているだろう。後で案内すると前置きをして、私は壁際の陳列棚に目を戻した。
「でも珍しいな。ねーちゃんが買い物って」
「親が忙しくてね、最近」
「ねーちゃんより?」
「帰るのが夜中ってこともあるくらいで――あ、大豆はダメだった」
料理するのは好きだし、買い出しだって吝かではない。でも、既に親に任せ切りになった家事をいざ改めて自分がやるとなると要領を得ないのは確かだ。辟易する私の注意を、幼馴染の一言が引き戻す。
「もしかして好き嫌いかよ、あんだけ口煩かったねーちゃんが」
しまった、と口の緩さを後悔する暇もない。不機嫌そうに恨み節をぶつけてきた彼が、私の家族の事情を知らなかったことをすっかり失念していた。慌てて引っ込める手を掠めた大豆が棚から落ちそうになったのを戻し、私は幼馴染に矛を収めるよう促した。
「アツ兄がアレルギーなんだよ」
「そうだっけ」
「普段は私も意識しないんだけどね」
家族は他の家族に配慮するもの。常日頃美味しい料理に腕を振るう母親の存在は本当に大きいと実感しつつ、その母親が殊食に関して最大限心を砕く私の兄・敦基を引き合いに出す。しかし、肝心の彼はあまり釈然としない様子を続けていた。
お互い欲しかった品物を揃えて夕暮れの空の下へ出ると、彼は改まって私に感謝を示した。
「ありがとな」
「いいのいいの」
それでさ、と幼馴染は言葉を詰まらせる。今の学年になってからというもの、含みのある口振りをされるのも一度や二度ではないが、あゆくんがどこか物憂げにすると、何故だか私まで身体が強張ってくる。何だろうかと私は彼の出方を窺った。
「夕ご飯、何か手伝えることねーかな」
「えっ」
「夜一人だろ。ねーちゃん」
まさかバレているとは予想もしなかった。親は元より、兄もここ一週間は大学の行事を前にして帰宅が遅いことがざらだ。寂しいとまでは行かずとも、受験勉強に集中している時間以外は取るに足らないのも確かだった。
「お母さんはいいの? それ、料理にって」
「いいんだよ、どうせ使うのは明日とかだし。それに――」
「それに?」
「かーちゃんに手伝わされるより、ねーちゃんを手伝いたいんだ」
この幼馴染はこんな殺し文句まで、本当にどこで身につけてくるんだろう。少なからず家族への不満を燻らせていた私は、もう両手を上げるしかない。
「そんな風に言っちゃダメだよ。お母さんはちゃんとあゆくんのこと考えて料理してるんだから」
「あり得ない、絶対」
「あゆくん」
「……分かったよ、オレが悪かった」
お母さんを悪しざまに言ったことだけは念入りに咎める一方、内心私はどきりとしたままだった。深呼吸をし、平静を装って私は彼の手を引く。
「よろしい。――あゆくん、ピーマンはもう大丈夫?」
「食ってっていいってこと?」
「手伝ってもらうんだし、少しくらいはね」
「ピーマンなんて今更気にしなくたっていいんだぜ」
「良かった」
互いに小さかった頃に何度か料理を食べてくれた時、好き嫌いのために文句が止まらなかった幼馴染の姿は、そこにはもうない。
ご両親にまた頭を下げなくてはいけない、そんな責任感も今回ばかりは頭から飛んでしまいそうになる。その発端になった彼は、私の胸の内なんか意に介さずに笑みを零していて。それに釣られて、私も顔を赤らめずにはいられなかった。