スマートフォンを手に入れた話
「何それ?」
ある晴れた日の昼下がり。数年来の幼馴染とのサッカーに少し疲れを覚え、私は日陰にあるベンチへと座り、手に入れたばかりのスマートフォンを気紛れにいじり回し出した。すると無言でその場を離れた私の疲労を察したのか、彼もまたボールを抱え、私の隣に座り込んで様子を窺いに来た。
「スマートフォン」
「見りゃ分かるよそれくらい。いつの間にそんなん買ったの」
他に誰もおらず広々とした公園に、彼の声がこだまする。
「一昨日。いつでも連絡が取れたほうがいいでしょ、って親に言ったら」
「いいな、そんなに簡単に」
幼馴染は軽々しく羨みの目を向けたものの、実際問題として別段容易く親との交渉がまとまったわけではない。話がややこしくなるからとその過程をばっさり省いただけだった。
それが上手く伝わらなければ、彼の物欲しさで向こうの親御さんに迷惑がかかるかもしれない。私はしばらく言葉を選んでから返答した。
「持て余すだけだよ」
何の目的もなく買っても、と付け足して空を仰ぎ見る。心地良い春風が、私の元を通り過ぎていった。
「何しようとしたの、じゃあ」
「特に何も……」
「なのに構うの?」
「……目的があったって持て余すってこと」
我ながら苦しい言い訳だ。けれど、そうとしか言いようがなかった。
本当はもう一年待って高校生になってから買ってもらう、そんな約束だったと記憶している。それでも何とか親を言い包めてスマートフォンを入手したのは、中学で仲良くしている友人の間で、段々と所持率が上がっているのも大きい。もちろん、そんな事実を訴えたところで両親が納得するとは思えなかったので、未だに直隠しにしているけれど。
「ふーん」
「――さ、またサッカーの続きしよっか」
「どしたの」
「あゆくんとたくさん遊んどきたいし。遊べるうちにね」
「お、おう」
分かった、と少し照れ臭そうな、でも嬉しそうな足取りで、幼馴染は日向へと駆け戻る。半分だけ嘘を混ぜて話を変えたことに少しだけ罪悪感を覚え、そのうち謝ろうかなと自分に言い聞かせながら、私はその後を追っていった。
その狙いは実のところ、当て外れに終わったと言うしかない。
数日後の夕方、同じようにサッカーをし、同じように疲れを覚えてベンチへ休憩に向かった。そんな私に、幼馴染は何かを握り締めた手を差し出す。
「なあねーちゃん」
途端に目が丸くなった。彼が持っていたのは、私がそれなりの苦労をして手に入れたのと同じスマートフォンだ。
「――これ」
「俺も欲しかったから。父さんに言ったら、買ってくれたんだ」
「どうするの?」
「んー、そんなこと言われてもな」
彼は困ったように頭を掻いて俯き気味になった。らしくない顔をされると、こっちまで戸惑ってしまう。ただでさえ私は、自分自身の失態で混乱しているって言うのに。本当にどうしようかな……
「お友達は持ってるの?」
「確か一人だけ。サッカーしないやつ」
「何もそれで欲しがらなくたって……」
「同じようなもんじゃんか、ねーちゃんも」
痛いところを突かれて、成す術がなくなった。黙りこくる私へ、幼馴染は「それに」と続けて畳みかける。
「いつでも話したいしな」
いったい誰と……そう聞き返すまでもなく、彼の目はその答えを切々と示していた。大きく溜息を吐き、一頻り唸り声を噛み殺して、参った私は自分のスマートフォンを鞄から取り出す。
「Kreis、入れようか」
「何それ?」
「電話とか、チャットとか、そういうのが簡単にできるやつで――」
常用しているアプリについての指南に、幼馴染は勢いよく食いついてきた。聞きかじりの知識を引っ張り出して連絡先を交換し、一通りの使い方を教えると、彼は目を輝かせて早速メッセージを送る。
『いつでも連絡くれよ。遊べるならたくさん遊びたいから』
何だかなあ……
小五の幼馴染の興味を上手く逸らすことができなかった不覚と、そんな姑息な真似のために嘘をついた後悔と、私の心配りが足りないばかりに彼の親御さんの手を煩わせてしまった申し訳なさ。彼の親御さんには後々頭を下げなきゃいけない、年上としての責任が、心許ない手付きで私の手元に届いた言葉のあたたかさによって流されてしまいそうになる。それだけ彼の強い思いが伝わってきたんだ。だから、日が暮れるまでサッカーを続けようと顔の綻びが収まらなかったことも、その後私が受験生になったことでなかなか会えなくなった幼馴染とのやり取りが日課になったことも、それはもう言うまでもない。