とある初夏の夕暮れ
二人の歩
あっ、ねーちゃんおかえりー。
頭の中で聞こえたような気がしたその声にふふっと笑ってしまいそうになる、学校からの帰り道。数年前まではよく遊びに行っていた近所の公園前を過ぎて、私は家路を急いでいた。その最中に頭の中でこだました言葉は、単なる空耳かと思っていた、のだけど。
「ねーちゃん?」
気のせいじゃなかった。四つ年下のこの幼馴染の男の子は、久しぶりに私の顔を見たっていうのに。何てこともない夕暮れ時の挨拶をするために、大好きな筈のサッカーを放り出して私のところまで駆け寄ってきてくれていた。
「あ、うん。ただいま」
「早いんだな、今日」
「テスト前だからね」
「そっか……遊べないか、まだ」
ひとときしょんぼりした表情を浮かべた幼馴染も、公園で遊んでいた数人の友達から「『ねーちゃん』かよ、また」「隅に置けねえなー、歩夢は」なんて口々に茶化されると、「そんなんじゃねーし」と威勢を取り戻して突っぱねた。ちょっと顔を合わせないとどんどん大きくなるな、って口に出さずに思っていたけれど、あゆくんのこういう顔は今でも変わらず、元気にやってるみたい。それが分かって、私の心は少し軽くなった。
「歩未ねーちゃん」
「何?」
友達から呼ばれて輪の中に戻ろうとしたところで、幼馴染は思い出したようにまた私の顔をしげしげと眺めた。
「明日も、ここに来るからさ。明後日も、明々後日も」
「分かった。時間、見つけるね」
照れ臭さも混じったそのはにかみに応えて私も微笑み返すと、幼馴染はもう一度意気揚々とした足取りで、ボールを追い掛けに向かった。
テストが終われば、またテスト。部活だって大詰めだ。中三の私は、慌ただしい初夏を過ごしている。この一年が終わったとしても、もっと楽しさと忙しさに押し潰される生活が、きっとその後に控えている。そんな私が、あの幼馴染の待つ公園に、片時でも戻ってこられるだろうか。口約束を叶えられずに何年も経ち、幼馴染が今の私の立場を解ってしまってやるせなくなる、そんな日があっという間に来るかもしれない。
私は、自分の手を強く握り締める。初めて会話を交わしたとき「おれと同じような名前してる女なんてイヤだ」って可愛く悪態をついたあの幼馴染は、次はいつ私の名前を口にしてくれるのかな。そんなことを考えながら、自分の影が道路を横切る頃まで、握った拳をほどかずに幼馴染の姿を追い続けた。