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箸休め・あなたを抱いた日 4

三人がむすっとしているのにその影で荷物持ちの子がおろおろしている。どうする、どうする。このまま

「許可のない術の使用は禁止されている。もし使用するなら教官に報告する、さっさとここからにいなくなったほうがいいぞ」

 見かねた頼光様が呆れた口調で告げる。それに三人の顔が強張った。

「安倍、てめぇ」

「おい、あいつはまずい、行こう」

 一人がそういうと荷物持ちの子から自分たちの荷物を奪い去っていく。一人だけ残された荷物持ちの子は、最後に荷物をとった子に足をひっかけられてこけさせられたのにわたしはすすみ出た。

「大丈夫?」

 手を出す。

「……誰が助けてくれと言ったよ。見下してるのかよ」

 それだけ口にして一人で立ち上がり去っていった。

 わたしはぽかんとしてしまった。

「ほらな。プライドの高いものを助けるのはああいうことになるからやめるべきだな」

 冷たく頼光様に言われてわたしはため息をついた。

 別に助けたつもりはない。見下すとかそういうつもりもない。ただ余計なことをしてしまったという自覚はある。

 手を握りしめてやりきれない気持ちになる。

「で、この憑神の子たちとは知り合いなのか」

「はい。友達です」

「友達……憑神科の生徒と? ふむ、よし、紹介してくれ。女の子だけでいい」

 ブレない発言にわたしはため息をついていると


「なんだなんだ、生徒が集まってなにかよからぬ話かぁ~」

 呑気な声がふってきたのに視線をそちらに向けると梅桃様と李介さんが立っていた。そういえば学校でこうして顔を合わせるのははじめてだ。

 嬉しい気持ちもあるが、気恥ずかしさやばれてはいけないと言われたことを思い出すと口を慌てて閉じた。けど、けど。ちらりと視線を向ける。いつより凛々しい顔。

「朝倉、またお前か」

 ひぇ。

 地獄の底から絞り出すような声が李介さんから出てきたのにわたしはびくりとした。

 怒ってる。

 しかし、その視線は伊吹にのみ向いている。細い目が、すっと開いて伊吹のことを射抜く。放たれた矢のような厳しさがある。

「別になにもしてないっす。……あんまりつっかかってるなら俺にも覚悟はあります……口を滑らせます」

「朝倉ぁ」

 伊吹、どうしてそんな対抗しちゃうの! 不穏から殺意漂う空間に早変わり。

 千ちゃんと紺ちゃんは縮こまっているし。

「まぁまぁ李介、いいじゃねーかーよ。なにもないなら」

「梅桃教官、ここは学び舎ですよ。きっちりと呼び名を」

「なにもないならいいんだよ。なんか先、廊下歩いていたらここで暴れてる憑神科の奴がいるって言われてよ。なぁんだ暴れてねーじゃん」

 ふあ! なんという罪のでっちあげ!

「一応、覗きにきたんだが、お前ら陰陽科とはあんまり関わるなよー。あいつら陰気だからなー」

 わたしも陰陽科なんだが、一応。

「陰気とは失礼ですね、憑神科の教官は」

 よせばいいのに頼光が真顔で言い返す。それを梅桃様がにこにこと笑って挑発なさる。

「んー。真実だろう~?」

「陰気ではなく、むっつりなだけです。ほら手が小さな乳を求めて」

「触らないでください」

 伸びてきた手をわたしは叩き落した。真面目な顔をしてなにをしようとしているんだ、あなたは!

「けちめ」

「けちではありません」

「男として、未発達な乳を育てようと」

「育てなくていいです」

 わたしは言い返した。

「なになに、こいつ、小日向ちゃんになにするの!」

 紺ちゃんと案ちゃんがわたしのことを抱きしめて守ってくれた。双子が牙を剥いて威嚇している。

「む! 女の子がいっぱい集まって、触りがいが」

 真顔で頼光様が言う。あ、これ、やばい、と思っていると、その首根っこを李介さんががっしりと掴んだ。

「貴様、何をしている」

 低い、本当に低い。先よりも殺意が滲み出ていて顔が大変怖いことになっている。

「女子に触れたいと思うのは男の真理ではないですか? 藤嶺教官」

「……っ、今すぐに職員室に」

「なにしてるんですか?」

 またしても声が降ってきたのに見ると、花見のときにいた加茂様だ。呆れた顔をしたあと、頼光を見て、沈痛な面持ちになった。

「申し訳ない、うちの生徒がなにかしたようですね? 陰陽科の生徒はこちらが対応しましょう」

「いや~。なにもしてない、してない。ただ面白いなぁと見てただけだぜ、ほら、李介いこうぜ? 加茂相手に絡むのはよくねーぜ」

 梅桃様が笑って加茂様に対応され、李介さんの肩を掴む。李介さんが何か言う前にずるずるとひきずって行ってしまった。よかった。

「安部、今度は庇わないぞ」

「すみません。おじうえ」

 え、この二人、そういう関係なの?

 わたしが驚いていのに、加茂様は「あまり騒がないように」と釘をさして行ってしまった。

「権力があるとはいいものだ」

 しみじみと最低なことを口にしている。理解が追いつかないわたしとみんなを相手に頼光様が説明した。

「加茂おじうえは、教頭なんだよ。まぁそもそも学科が違う生徒に対してけっこう教官たちも気を使うようだがな。それでおっぱいを揉む」

「それはもういいです!」

 わたしは怒鳴っていた。

 その日の昼はみんなで食事したが、とりあえず危険人物の頼光様は伊吹と千ちゃんに囲んでもらい、双子のことを紹介して紺ちゃんたちが可愛いと声をあげて楽しく過ごすことができた。

 しかし、わたしの脳裏にはあの李介さん――怒った李介さん怖かった。とってもとっても。けど、そういうところ、男らしくてかっこいいと思う。

 ああ、そうだ。

 頼光様みたいなのは困るのだが、触れたい、という気持ちはあの人は抱かないのだろうか?


「小日向ちゃん、どうしたの思いつめた顔してさー」

「紺ちゃん、あ、そうだ! 部活の顧問、決まりましたよ」

「へ?」

 紺ちゃんがきょとんとするがわたしはことのあらましを説明――いろいろとはしょったが、教師のツテを伝い、佐野教官がなってくれることを口にした。

 ちゃんと紹介状を道満様からもらっているし

「う、う~~。小日向ちゃんでかしたぁー! よっしゃあ、これで部活もちゃんと活動できるんだね! やったー。よし、今日はケーキのセット、アタシの奢りだから食べて」

 などといってショートケーキ……いちごが上にのったふわふわのクリームのケーキをいただいてしまった。ああ、甘くて、とろりとしておいしい!

 そんなことを考えてしまい、つい、少しだけ気になった李介さんとのこと、わたしはすっかり忘れていたのだ。

 しかし。



 お布団が、離れてる。

 わたしは襖の前で立ち尽くし、あれっと小首を傾げた。

 夕飯が終わり、片付けもあらかた終わらせてお風呂の前にお布団を敷いておこうとわたしは考えた。

 ここ最近、学校のあと家事に勤しみ、二人……ときどき朧月様入りの三人で食事をして、そのあと李介さんの書斎で二人で過ごす。李介さんは持ち帰りのお仕事、わたしは文字の練習だ。最近、うまく文字が書けるようになってきた。赤ペンで直されたところもきっちりと正すと、花丸をちょうだいする。くるくると走る赤線で花を作っていただける。わたしはこの花丸が大変好きである。

 脳を駆使してくらくらとしたままお布団に横になると気持ちよく眠れるのだ。

 しかし。

 今日は布団が敷かれていた。

 それもわたしと李介さんのお布団に大きな幅があいている。近づいてみると距離としては三十センチほどの長さか? いつもはお布団をぴったりくっつけているのに。

 なんでだろう。

 李介さん、最近おかしい。

 夜桜を二人で見たあと翌朝、接吻を許してくれた。それから朝はいつも口吸いをしてお見送りすることが習慣になってきた。ときどきほっぺたをつついたり、指で唇をなぞったりもしてくるけれど。お帰りになったときも、ちゃんと口吸いをするようになった。これぞ夫婦! 距離が縮んだと思っていたのだが、思いっきり離された布団の距離にわたしは途方にくれる。なにかした? いや、なにもしてない、はず。たぶん、きっと。李介さんが怒るようなことしてないはずだし。む、むむ。

 わたしは唸りながらも原因がわからず、そっとお布団を寄せみた。

 それにお布団を二つ敷いているが、一つで事足りる。

 わたしが李介さんの腕のなかに潜り込んで縮こまって眠っていると横にある布団は使わないのだ。

 あ、もしかして夏場になってきて暑くなってきたから離れろ、ということか。そ、そんな。これから寝る前に冷蔵庫にはいって体をひんやりしておけばいいのだろうか。

「どうしたんですか? そろそろ勉強を……」

 襖の前に立つ李介さんが言葉を切るとそっと近づいてきた。およ? 黙ったまま布団を――李介さんのお布団がさりげなく離された。

 ああ、これは行為的に離されている。

 やはり妻であるわたしに問題があって怒っているのか?

「お怒りなんですか!」

「……なにかしたんですか?」

「してません。あえていえば……学校の帰宅中にタイ焼きを二つ買って食べちゃった、ぐらいでしょうか?」

「買い食いですか? あまり言いたくないですが、家に帰るまでが学生としてきちんと」

「だって、おなかすいちゃったんですもん! あれ、ばれてなかったんですか? じゃあなんででてすか?」

「別に、怒ってませんよ?」

「……李介さん、お布団、暑いですか?」

「いえ」

「じゃあなんでお布団離したんですか? 敷き間違いですか? 今日はどうして敷いてくだったんですか?」

 わたしは問いただす。こうなるとわけがわからない。

「は、わたし、臭いですか?」

 くんくんと自分の腕やらを嗅いでみるがちっとも匂いはしない。

「そんなことはないですよ」

「じゃあ、どうしたんですか。この距離は」

「……」

 真剣なわたしと神妙な顔の李介さんが見つめあう。

「俺にだっていろいろとあるんです」

「え」

「とりあえず、この距離については寛容してください」

「え、ちょ」

「勉強の用意はしてますから、はやく来てくださいね」

 そそくさと李介さんは出ていくのにわたしは唖然としてしまった。

 いろいろとはなんだろう。まったくわからない。ただこれは世に言う、あれだ。

 夫婦の危機!

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