箸休め・あなたを抱いた日 3
これから学業に専念するためにも、校舎のなかを案内しておく、と頼光様がおっしゃる。
わたしは頼光様が歩く後ろを、双子に両脇をかためられて歩くことになった。面倒なくらい懐かれた。
陰陽科はまんべんなく学ぶ憑神科と違い、それぞれ専攻するものによって自分でカリュキュラムを組むようになっている、選択式だ。
というのも、陰陽にはいくつかの分野が存在し、その得意とする分野を伸ばしていくのが一番よい、そうだ。
一年生はまず全体を学んで基礎を構成し、一年生の後半から自分で選択した分野を学ぶそうだ。もし、その分野が合わないと本人もしくは教師側が判断した場合は別分野にすぐに切り替えをすることも可能だという。ただし遅れたぶんの補習などはないので、かなり大変だそうだ。
科学科も同じで、一言に科学といっても分野がいくつもあり、一年で基礎、二年生から分野を選ぶそうだ。
まんべんなく学ぶ憑神科のほうが珍しいらしい。
「学ぶ分野によって教室がすべて別れているから、曜日ごとにやっている授業内容を見て教室に行くといい」
「ほぉ」
「得意分野はあるの?」
「いえ、わたしは、ようやく基礎をなんとか取得したぐらいで」
「けど、式神を持ってるんだろう? その雀……雌?」
「分け隔てないことはよいですが、動物に手を出すのはいかがなものかと! なんでもいいんですか」
「なんでもはよくない。僕の範囲は十八以上からだ」
ああ、だから花梨には手を出さないのか。わたしが呆れた視線を向けているのに、双子がむぅと頼光様を睨みつける。
とりあえず歌穂は、頼光様の前では人型にしないようにしよう。
「陰陽は基本、親から霊力の素質を受け継ぐ。この学校に通う者は大概名門の陰陽の生まれだ」
「はぁ」
「ときどき、ぽっと才能に恵まれた者もいるけど……そういうのは稀で、陰陽師同士は家の結束を強くするためにも婚姻は陰陽師同士で行うのが当たり前だ。道満様はある年齢まで育った陰陽師は生まれた家族と縁を切って、名門の一門に入るというけど、そういうのは古い考えで今はみんな生まれた家から出ないし、行く必要がないんだ。生まれた家で陰陽としての学びは出来るし、行ったとしてもいとことかのところで、彼らはみんな一族の繁栄させることに夢中だ」
淡々と頼光様は説明する。
道満様が先ほど語ったことと、頼光様の説明、ずいぶんと差がある。やはり上から見るばかりでは地上のことはわからぬ、ということか。
「僕の安部一族は古い陰陽師で、才能が失われて久しい……だからこそ、才能のある子を残さなくちゃいけない。陰陽は生まれもった才能が第一だ。だから才能がある人と結婚するのが一番だけど、そうするとどうしても才能を持つ者は限定されてくる。血を重ね過ぎれば濁って能力が落ちる……だから僕は博愛主義者らしくいろんな人に求婚していくつもりだ。大丈夫、何人嫁にしても養う覚悟はしている」
「重婚は日本では罪ではなかったでしょうか?」
わたしは白けた顔で突っ込んでいた。
「あっ!」
そんな大切なことに気が付いた、という顔をしなくても。
「……まずは日本の法律を変えなきゃ」
「陰陽師としては優秀でしょうが、それ以外が本当に莫迦だということだけはわかりました」
ふと視線を感じてわたしはきょとんとする。陰陽科の学生らしい男子たちがわたしのことを見ている? は、こいつら学校に通ったときに紺ちゃんに絡んできた奴らでは?
思いっきり術で頭を叩かれた痛みが蘇る。
陰気な視線とともに失笑している。なんと男らしくないじめついた態度だ。わたしの両脇にいる双子が歯をむき出して、唸る。
「すいません。あの方々はわたしが」
「? え、僕のことを笑っていると思うけど……ああ、君、学校にきたとき絡まれて倒れたとは聞いたけど、彼らが? 面倒なのに目をつけられたね。あれは加茂一門の出の子だよ」
「加茂?」
そういえば良くその名前は聞く気がする。
「陰陽の門下は、古いのは安部、加茂、滋岳、弓削、三善の五つ。今は加茂一門が主流だね。一番大きく、強いし、古い」
「道満様の蘆屋は」
「あの人は、ぱっと出だから、一代一門。すごいだろう。いろいろと苦労されたとは聞いたけど、誰にも文句が言えないほどの実力でねじ伏せてる。加茂一門は優秀な陰陽師が多いから、エリート思考がどの一門よりも強いし、他の一門をバカにしているんだ」
「あねさまいじめるやつは私たちが倒してやる」「噛みついてやる」
わたしは、双子の申し出をありがたく辞退することにした。
「まぁ、なんでもいいなら僕が専攻しているカリュキュラムにきたらいい。まんべんなくしているから」
「ま、まんべんなく?」
「一つの分野だけだと物足りないから」
あっさりと言い切る。これが優秀ゆえか。
「とりあえず、式神について学びたいのですが」
「式神について? なら、自然学と陰陽学を学ぶといい。双子は」
「あねさんといっしょ」「いっしょー」
そんな決定でいいのか。いや、一人よりは嬉しいけど。
「一応、二つとも午前中にある授業に参加するんだよね? 道満様からもらった学生カードを授業の前に、教室にある箱にいれておく。それで参加したってことで単位がもらえる」
「単位ですか」
「卒業には単位がいるんだ。卒業のことを考えてないらしいからいいけど……授業がない日は道満様のところで学ぶし、金曜日は旭先生が教えているんだ。すごいな、あの空間術の使い手が教えてくれるなんて」
今の所、旭様が授業らしいことをしたことはいっぺんもない。わたしは体のいい小間使いである。
「明日から式神については学ぶといい。それでその子は雌?」
「頼光様に近づかないように厳命しておきます」
わたしは言い切った。
授業の予定表と教室を見て回る。
白く、よく磨かれた床、教室には各自名前がついていてその用途用途にわけられているのだろうとわかる。
教室に生徒たちが集まるのは週に二度。月曜日と金曜日のホームルームのみ、らしい。
完全個人主義らしい陰陽科だが一応クラスメイトとしてふりわけられているそうだ。とはいえ、一年は二クラス、二年は二クラス、三年は一クラス――一クラスが二十人で、かなり少ない。いや、それくらいの人数しか陰陽師になれないのだ。
この学校にはいるという難関を越え、晴れて陰陽師になる、それだけで将来は約束されたようなものだ。
エリートとして周りを見下す気持ちが植え付けられてとしても不思議ではない。
授業をどう受けるのかはわたしと頼光は考え、月曜日から木曜日の彼が受けている授業にした。双子はわたしと一緒ならそれでいいと口にする。
「ただ君も、双子も、僕といたら目立つことは覚悟してほしい。特に双子は目立つと思う。優秀な者は飛び級をすることはある。ただし、そんなにも大勢じゃない。この学校にはいっても途中で挫折して辞める者もいる。もともと三年は二クラスあったが、途中で辞めた者がいて一クラスになったんだ
この双子は幼いが、才能を見出されて飛び級したんだろう? 妬みやいやがらせはあるだろう」
「陰気ね」
わたしは渋い顔をした。
「かみつくー?」
「のろうー?」
きらきらとした双子の視線を感じるので
「だめ」
睨みつけてわしたは言い聞かせる。いくら相手になにをされてもやりかえしてはいけない。
それにわたしに関していえば陰陽師になることは目的ではないし、特別優秀なわけではないから目をつけられないのでは?
とりあえず授業の予定も決まり、まだ余った時間はどうしようかと考えて
「そうだ。これからお友達になるのですからごはんを食べましょうか?」
ちょうど昼だ。
食べなきゃ損である。
李介さんにはお弁当を作るが、自分のはついつい面倒だと思ってしまうわたしは定期的に学食を使わせていただいている。この学食、いろんなメニューがあり、それがおいしいので夕飯の参考にさせてもらっている。
本日は春らしいメニューだ。
青々としたグリンピースのごはん、菜の花とじゃこの和え物、春キャベツと豚肉の炒め物、蕗の煮物である。ごはんは少し塩がきいていて噛むたびに豆の歯ごたえが美味である、菜の花の苦み、春キャベツの甘さ、蕗のさっぱりした味わい。
「きみ、おいしそうに食べるね」
わたしが顔を蕩かせると呆れたような、少し羨む声を漏らしたのは頼光様だ。彼は味噌汁とご飯、焼き豚である。あまりにも春らしさがない。双子はオムライスをせっせっと食べている。
「春には春のものを食べるといいんですよぅ」
わたしはにこにこと笑って言い返した。
「ふぅん」
わたしたちは少し早めにきたので席を確保し、優雅に食べているが、ちょうど授業が終わったのかちらほらとお客様たちがやってきた。
「ねぇ聞いた」
「ああ、あのおまじないでしょ?」
女生徒たちの楽しそうな話し声が耳をつついてきた。流行りのファションのこと、化粧のこと、そしておまじないのことを口にしている。
十代の娘様の気になることはだいたい決まっているのか。しかし。
「この学校でもおまじないって流行るの?」
「そりゃあ、ここにいる生徒はそういうものの専門だからな。余計に流行るさ、おまじない、つまり呪いは専門だしな」
なにを当たり前のこと、という体で頼光が口にする。
そういうものか。
なんとなくだが納得できた。
「この学校も普通、いやそれよりタチが悪いことが多いことは理解したほうがいい」
頼光の視線が向くのに、わたしはつられてそちらを見た。
男子生徒三人がにやにや笑いながら歩く、そのあとに荷物を持った男の子がいる。ひょろりとした背丈の青年はひどく顔色が悪く、俯いている。そんな彼を前を歩く三人が睨むように視線を向けてくる。
陰気な気を感じてわたしは顔をしかめた。
「エリート意識が高いゆえにすぐにああして見下す者を作り出す」
「それをみな見てみぬふりをするんですか」
「関わると面倒だからな。お前も、あ」
わたしは立ち上がった。
見て見ぬふりをすることが正しいという理由がいまいちわからない。
人は支えあい、協力するものだ。しかし、身分が生まれればそれぞれの役割がある。獣だって仲間のなかで使えないものをいじめることはある。本能だ。自分とは違うもの、劣るもの、それを嘲笑い優越に浸ることはある。
が。
「ごめんあそばせ」
わたしが片足をあげた。
完全に油断していた、いじめっこ三人の一人の背中を蹴ったのだ。
「自分の荷物ぐらい自分で持ちなさいよ、男でしょう。あなたも反論ぐらいなさいな」
わたしがいきなり割り込んできたのに尻もちをついて驚いている男の子に、周りの二人も停止している。
ん、この顔、よく見ると
「あなた、紺ちゃんにひどいことした」
「お前! あのひ弱な奴」
ひ弱とは失礼な!
女性とはか弱いものである。それにいきなり術なんて使ってきて攻撃してきたのはお前さまたちではないか!
「生意気な女だな、また術で痛い目みたいのかよ」
なぬ! わたしは術が使えない。こういう場合は
「なにしてるんだ」
伊吹の声に思わず振り返った。
「あ! 伊吹! 紺ちゃん! 千ちゃん!」
学食を食べに来たらしい伊吹たちにわたしは手をふった。天の助け!
伊吹たちが怪訝な顔をして近づいてくると
「あーー! こいつ、アタシに絡んできた陰陽生」
紺ちゃんが声をあげて目をつりあげた。
「なになに? 小日向ちゃんに絡んでるの。よし、伊吹、千ちゃん、やっちまえ」
「お前はどこぞの時代劇の主役かよ。ったくよ」
などと呆れながら千ちゃんが鬼瓦の顔で睨みをきかせている。
伊吹がすっとわたしの前に出てきた。
「コイツから絡んだのか、アンタたちが絡んだのか?」
「そいつが蹴ってきたんだ」
ちらりと伊吹がわたしのことを見る。
「わたし、悪いことしてないもん」
唇を尖らせて言い返す。
「……本人はそう言ってる」