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箸休め・あなたを抱いた日 2

道満様のお部屋入ると、いつもと雰囲気が違う。道満様からもの言いたげな視線が……!

「えっと、あの」

「わしは、お前さんからいろいろと学ぼうと思ったのに、にもかかわらずお前さんはわしの前では術は使わんなんだなぁ」

 あ、拗ねてる。

 わたしが勝手に騒動を解決したことに対して拗ねているのだ。この人は……わたしは苦笑いした。

「ふん、いいもんいいもん、わしは気にせんからな」

「可愛い拗ね方をしても可愛くないですよ。道満様」

「ふーん、そういうことを師に言うか! どれどれ、呪いはきっちりと消えておるな。悪影響がなくてよかったわ」

 わたしの手ひらを見て道満様がため息をついた。

 わたしはにこにこと笑って鳥かごのなかにいる歌穂を取り出して肩にのせる。

「あと、それでじゃ」

「はい?」

「この一件でお前さんのことがばれた」

「ばれた、とは誰に」

「それがな」

 道満様が渋い顔をして口を開こうとしたとき、どーんと扉が開けられた。

「いたーー! 爺様をたぶらかす悪しき女め」

「俺たちが相手だーー」

 そこに立つのは同じ学生服を着た男女――瓜二つの顔をした黒髪に黒目の双子だ。

 女の子のほうは長い髪を赤いリボンでまとめて、なんとも可愛らしい。男の子のほうは切り上げた髪の毛に凛々しい目をしている。

 ん? 爺様?

「晴明、花梨。わしの孫たちじゃ。すまんなぁ、あの一件でこやつらにお前のことが知れて、なんぞ勘違いをして、お前がわしに取り入ろうとする悪い女と思っておってな」

 失礼なことだ。わたしはもう結婚している。

 が双子は止まらない。

「「勝負――!」」

 などといって符を飛ばしてきた。

 え、そんなの無理。

「いかん、避けろ!」

 道満様、無理です。

 わたしは思いっきり後ろに下がる。符が輝き、六芒星となってわたしに襲い掛かる。これはまずい。

 霊力を練りこんだそれは霊体だけではなく、生身だって傷つけることができる。それも左右からくるのは反則だ。片方は避けられてももう片方は無理だ。多少は手加減してくれているだろうが、こんなもの受けたら一日は動けなくなる。

「ごしゅじんちゃま」

 歌穂が人型になって飛び出した。

「きゃうん!」

 歌穂がふっとばされ、雀の姿になって壁に激突した。か弱い歌穂は、それでもわたしのことを守ろうとしてくれたのだろうが、運悪く二つの符を受けてしまった。見ると息をしているがぼろぼろだ。

 それを見たわたしのなかで怒りの緒が容易く切れた。

「なにをなさるか! いきなり!」

「あ」「う」

 二人がびくりと肩を震わせた。

「陰陽は遊びにあらず! 他を容易く傷つけることも出来るというのに、お前様たちは!」

 わたしの雷が落ちたのに二人が互いを抱えて、震えている。

「この莫迦孫どもが!」

 道満様が二人の頭を叩いた。

「あんなもん人に放つな。もしものことがあったらどうする」

「だっ、だって、だって、爺様が騙されるって」

「そうだよ、財産狙いだってきいて」

「こやつは結婚してるおわ、阿呆ものめ」

「え、そうなの」「俺はてっきり」

 道満様がため息をつくのにわたしは急いで倒れている歌穂を両手で拾い上げた。

 思ったよりも軽傷で済んでいるのは、この二人の術が未熟だったおかげだ。

 ぐったりとしている歌穂をわたしはよしよしと頭を撫でる。

「あ、あのぉ」「ご、ごめんなさい」

 二人の声にわたしは非難の視線を向ける。びくびくしている二人はそれでも、自分たちが早とちりをして悪いことをした、ということはわかっているのだろう。

「その、式神ちゃん、癒すの、やり、ます」「俺も」

「癒す?」

 二人がこくこくと頷き、手を繋ぐと、歌穂に手をかざした。あたたかな光が零れ落ちて、歌穂を癒していくのがわかる。

「この二人は癒しの力を持っておるのよ。生まれはわからんが、浄身呪……聖なる光による邪を退けるアレを親から譲り受けたんじゃろう。こういう持って生まれた力はなかなかに珍しい、それも癒し手は貴重でな」

「孫なんですよね?」

「孫といっても、戦争で行き場のない子やつらを引き取っただけじゃ」

 その説明にわたしは改めて双子を見つめると、二人とも、道満様にはあまり似ていない。ただ二人揃って真剣な顔で、額に汗を流しながら癒しているのはなかなかにこれが大変な作業だとわかる。 

 歌穂はすぐに目覚めると、起き上がり、きょとんとした顔をした。

「歌穂、平気」

「でち? ごしゅじんさま、ぴ、ぴぃ! ごしゅじんさまをいじめないでぇ」

 歌穂が両羽を伸ばして二人を睨み見つける。二人はバツ悪い顔をして見つめあい、わたしに視線を向けてきた。

「「ごめんなさい」」

 見事にはもった声。

 落ち着いて話を、ということで近江様がお茶を入れてくれたので向き合って話をしてみると、なんとこの二人はわたしのことを聞きつけ、大好きな爺様こと道満様に色仕掛けで罠にはめようとしていると考え――この二人の悪いところは一旦二人で妄想を膨らませると止まらなくなることだそうだ――ここまで勢いだけできたそうだ。

「けど、よく見たらこんなちんちくりん爺様が相手にするわけないよな」

「そうね、こんな全部小さい女の人」

「こら、莫迦者、そのようなことを」

「誰がちびですかーー!」

 道満様が止める暇もなく今度こそわたしの怒りは大噴火をした。


「つよい」「かっこいい」

 双子の視線を受けてわたしは困惑した。

 双子は小学部――年齢としては十歳。まだ小学生である。陰陽師も、科学部も、ある程度才能のある者はその出生と年齢に関わらず、学校に入ることができるのだそうだ。

 小学校から中学校は義務教育で、男女ともに通うことになっている。学費、食費ともに免除にされているのでほとんどの子供たちは今の平和な時代、通っているそうだ。

 一応、陰陽科は義務教育にはいっており、一通り習うそうだ。そのなかで才能あり、とされた子供たちは自然と集められ、才能を伸ばされる。ちなみに陰陽師、科学部、憑神のどれかに入った場合、国から莫大な報奨金と学費、食費その他諸々が免除が約束される。むろん、そのぶん、将来は軍人になることが決まっているが、それでも貧しさから脱することを望む者にとっては大切な足掛かりだそうだ。

 ただ、いくら義務教育といっても都会である大日本帝国の中心街である東京でも、貧民街がある。未だに勉学がすべての子供たちが通える場所でないそうだ。

 晴明、花梨は戦争孤児で、国が運営する施設にいたのを道満様が才能に目をつけて引き取ったそうだ。

 陰陽は血筋ではなく、才ですべてが決まる。

 陰陽の才がある子は、ある程度大きくなると血のつながった家族とは縁を切り、養子に出される。別の名家で学ばせることはステータスであるし、一つの一族で血を濃くしないため、力を集めないためらしい。

 陰陽師は基本、家族とはいえ血の繋がりにあまり頓着しないそうだ。大切なのは同じ門下かどうかということらしい。

「わしはこれでもまだ独身じゃ」

 道満様が不服そうに言い切る。

 双子は今やわたしの両脇にいて、目をきらきらさせている。どうもおっかないお姉さんとして尊敬を集めてしまったらしい。

「まぁ、こやつらは有能な陰陽ゆえに、大人があまり叱らんかったから新鮮だったんじゃろう」

「はぁ」

「妹分、弟分が出来たのぉ」

 そんな適当な。いや、まって。

「もしかして、陰陽師って、みなさん、こういうのなんですか」

 桜の騒動のときえらく個性的な陰陽師を見た気がするぞ。

 わたしの問いかけに道満様は明後日の方向を見た。

「どうにもなぁ、才能があると変な育ち方をする輩が多いんじゃ」

 あ、やっぱり変人揃いなんだ。

「ねぇねぇいつ結婚するの?」

「道満様と結婚したら俺たちの母ですね」

「しません! わたしは結婚しております!」

 掌返しもはなはなしいぞ、この双子。

 わたしが全否定すると、二人揃って、えーと声をあげる。そんな声をあげてもだめ。

「のぉ、お前、いっそ、授業にも出てみるか」

「わたしですか?」

「そうじゃ。わしが教えられるのにも限度があるしな。ここ数日で一般的なことを叩き込んだし、陰陽師にもそれぞれ得意、不得意な分野はある。まぁ、全体的に教わればお前さんならある程度はできるじゃろう? わしの得意分野以外も学んだほうがお前さんにはいいはずじゃ」

 わたしは苦い顔をした。

 双子がべったりとわたしにくっついて、これから一緒に授業を受けられるの? と問いかけてくる。

「そやつらも義務教育の傍ら学科にちょろちょろと顔を出しておるし、ちょうどよいだろう」

「それってわたしにこの二人の見張りをしろってことですか」

「わりと正解じゃな。こいつらわりと問題児じゃし」

 道満様が本音を暴露する。

「ちょっと甘やかしすぎた。悪戯が多くてな。幸いお前さんに懐いておるし」

 呆れた視線を向けるわたしの傍らでは

「だってかえるの式神を破いたらびびるんだもん」「幻覚の術を使ったらみんなびっくりして面白いんだもん」

 恐ろしいことを口にしている。

「教師どもにはお前さんのことは言っておくし、陰陽科はそれぞれの分野によって選択式だから生徒が増えたり減ったりするからお前さんがはいっても平気、平気」

 本当か?

「あと一人、出会わせたいのがおるんじゃよ」

「まだいるんですか」

「安心しろ。恐ろしい魔物ではない。そろそろ来るはずじゃ、お前が陰陽科で困らんように世話するのが」

 ノックの音ともに、失礼します、と声があがり、扉が開いてはいってきたのは白い着物のような制服を着た――一般の陰陽科の制服ではない。色違いだ。

 きりりとした顔立ちの青年は黒髪をなでつけ、立っていた。

流れる川のような爽やかな雰囲気がある美青年だ。

「こやつは安倍頼光。陰陽では名門の安倍一門の一番の子じゃ。すまんな、頼光、こやつらの世話、頼んだぞ」

「……はい」

 じっと見つめられてはわたしは、うっと声を漏らした。

 なんだなんなのだ。

 身構えていると、いきなり、胸を揉まれた。

 は?

「……Aサイズ」

「え」

「君、ブラジャーとかつけてないの? 着物とか普段つけているからって、その胸でも形は崩れるし、しっかりと揉まないと」

 もみもみと揉まれているわたしは完全に思考が停止した。

 いま、わたしは、なにを、されているのだ?

「慎み深すぎるが、発展はするだろう。君、僕と結婚しない?」

「わたしは、結婚してますっ! この助平がぁ」

 思わず平手打ちを放ったわたしはキッと道満様を睨んだ。

「すまん。だから性格に、いろいろと難があるんじゃよ。しかし、こいつ、成績だけは優秀じゃぞ」

「成績だけ、でしょう」

「仕方ないじゃろう! わしの知り合いでいろいろと相談のってお前らの世話をやける年齢のやつがこいつしかいなかったんじゃから、我慢せい!」

 横暴だと叫びたいわたしは天を仰いだ。

「なんでこうも性格に難ありしかいないのですかっ」

「仕方ないだろう! 陰陽みたいなねちねちしたもんやろうなんって奴は大概どこかしらいろいろとひねくれて難ありなんだよっ!」

 ああいえばこういう! それが陰陽を教える人の言葉か!

 床に倒れた頼光様がゆらりと立ち上がった。なんだ、いきなり叩かれたことに文句があるのか? 一応いっておくが人の胸を揉んできたお前さまのほうがいくぶんも悪いぞ。

「叩かれた、母や父にすら叩かれたことないのに」

「あ、あの」

 手を握られる。

「もっと叩くといい。こういうエロスもいい! 体の芯が燃えてきた!」

 あ、だめだ、こいつ。

 眩暈と一緒に世界が暗くなるのがわかった。


「いやです。絶対絶対にいやです」

 こんな面倒なのはごめんだ。双子に囚われ、動くセクハラ男なんていやーーー!

「そこまでいやか」

「いやです」

「むぅ。そうは言ってもなぁ、こいつらしかおらんし」

「道満様、あなたの人選はあまりにもひどすぎます」

「言うな。わしもわかっとるんじゃ……お前部活をしたいと申していたな」

 いきなりなぜ。そんな話題?

「実は顧問になってもよさそうな者がおる」

「え」

「それを紹介してやるし、わしからも一言添えてやろう。顧問になるように」

 この、悪い笑顔の道満様はどうみても悪魔だ。

「け、権力を使うとは、あなたという方は」

「偉らいんだから偉い人らしく振る舞うわ。どうする」

 わたしはうぐぐぅと声をもらして、はぁとため息をついた。桜のところであんな騒動を起こしたわたしたちの部活の顧問なんて普通はつかないだろう。それは避けたい。だから

「わかりました」

「よろしい。では、佐野教官をあたるといい。お前さんたちの部活の顧問になってくれるだろう。ほら、わしからも一筆かいといちゃる」

「佐野教官ですか」

 道満様はにこにこと笑ってわたしに「これも佐野教官に出してやれ。絶対に引き受ける」と何か書いた封筒を出してくれた。

 むむ。

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