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桃色タイフーン 10

 物事が収拾するのは思いのほか、はやかった。

 まぁ、そもそもだ。

 軍人がいて、そのお偉いさんたちがいるなにで問題を起すなどという大胆極まりないことだ。即解決するべきなのだ。

 わたしはずっと伊吹に抱っこされていた。軽く気絶をして、気が付いたら桜の樹の下にいた。心配そうな遠盟様と他の軍人さんを呼ぶ科戸様がいた。

 抱っこされたまま、そういえば、他の人たちはどうしただろうと伊吹に口にして、このまま移動して――おろしてほしいが足が痛い。捻ってようだ。

 戻ってみると、なんともすごいことになっていた。水に濡れに濡れた雨甲斐様たちが李介さんに怒られていた。みんな、きれいに地面に正座である。

「貴様たちは未成年にかかわらず酒を飲み、あまつさえ神を制御しきれず暴れさせるとは! 幸いにも一般人には被害はなかったそうだが、それでも名誉ある帝都の学生、ひいては将来軍人ともなる者の行動か!」

「アタシら、しらないし」

「くだーん」

「頭いてぇ」

「千ちゃん、しっかり」「ほら、水飲まないと二日酔いになるよぉ」

「……」

「……」

「あははは、すごい有様になっちゃったな」

「涼彦、本当に悪戯っ子だな。そんなところも良い良い」

「おーい、李介なんで俺まで正座してんだ」

「そーですよー! 俺たち被害者だしぃ~!」

「黙れ! ……梅桃教官、反町教官、お二人がいたにもかかわらず、学生たちの暴走をとめられなかったのは責任重大ですよ」

 人と神がきれいに正座させられている前で李介さんが鬼のように険しい顔で説教している。こ、こわい。

 そういえば、朱雛様と歌穂がいない。なんとか李介さんから逃げおおせたのか? 桜の木の枝からひょっこりと赤い鳥が背中に小さな雀を背中に抱えて、ひらひらと飛んで逃げようとしている。それを李介さんが目敏く見つけて、手で掴んだ。ひぇ。

「ぎゃあー、オレチャン、ただの鳥だぜ!」

「でちぃ!」

 朱雛様、それに歌穂!

「ただの鳥がしゃべったりはせん。お前は朱雛だな。この雀は……」

「歌穂ですっ!」

 わたしが思わず叫んだ。

「その声は……朝倉ぁ」

 ひゃーーー!

 振り返った李介さんが一瞬にして、鬼のようなオーラを放って……ものすごく怒ってらっしゃる!

 わたしは思わず伊吹の胸にぎゅうとしがみ付いた。ごめんなさい。なにもしてませんが、ごめんなさい。御着物汚しちゃたのお怒りですか!

「……どうしてそんなかっこうなんですか」

 李介さんが無言で近づいたきたあと、落ち着くように息を吐いて聞いてくる。

「コイツが足をくじいたって」

「木登りをして大変だったんですよ」

 伊吹がぶっきらぼうに応えるのに李介さんがまた無言の威圧を……伊吹! ちゃんとした態度をとりなさい! 見かねて一緒に来てくださった遠盟様が口にする。

 科戸様も一緒で乱れた髪の毛を撫であげ、少しばかり疲れたようにため息をついて説明をしてくださった。

「奥の桜に呪詛がかかっていたんです。宴に参加していた陰陽科の教官たちに解析など依頼しています。あ、呪詛の石は」

「小日向―――! 大丈夫だったか!」

「ど、道満様!」

 人の間からひらりと飛び出してきた道満様にわたしが声をあげて、手を差し出す。

「これ、この石、桜の樹が暴れた原因です」

「あ? ……おま、呪石を素手で触れるやつがあるかっ! 賀茂! すぐにこの阿呆を殴れ」

 道満様の後に続いて黒い着物姿の三十少し過ぎたくらいの優男が呆れたように口を開いた。

「殴れではなく、癒せでしょう。癒しなら保憲のほうが得意です。急いで呼びつけましょう、あと、呪石をすぐに封じないと」

「それじゃ、それ! この阿呆娘が! 呪石に触れるとか気は確かか? 狂っておらんか!」

 両肩を掴まれて心配されてしまったわたしは目をぱちくりさせる。

「ぜんぜんへっちゃらですが、え、だめなんですか」

「駄目に決まっておる! 呪石は、恨みの玉ぞ! 普通は気が違っ……平気か、大丈夫か」

 ぺちぺちと道満様にほっぺたを叩かれて痛みにわたしはむすっとした。

「あう、痛いです」

「痛いがわかればよい。ええい、この石はわしが直々に砕いてやる! 小僧、小日向を降ろせ。それで小日向、石をそっと地面に降ろせ!」

 伊吹が言われたままわたしを地面に降ろす。

「道満師、お待ちください。小日向が持っているはそんなにも危険なものなんですか!」

 李介さんが困惑した声をあげている。はう。わたしはなんだかよくわからないうちに大変なことをしてしまったようだ。

「そうじゃ! ゆえにわしがしゃしゃり出てきておるんじゃ! ええい、素人が! 気が散る故離れておれ」

 乱暴に李介さんを退ける道満様にわたしはおろおろしてしまったが、顎で手のそれを降ろせと言われてわたしは言われるままに両手のそれを地面にそっと置く。

 一見、それはただのひびのはいった石だ。

「おお、これはすごい。呪が完璧に内側にこもっているようですよ?」

「すごくないわ。ちゃんとした方法にのっておらんのは危険極まりない! 離れておれ……いくぞ! ちぇすとぉおおお!」

 え、そんなやりかた?

 とわたしは唖然とするが、道満様のチョップで石が見事に真ん中から真っ二つに叩き割れてしまった。

 これでいいのかと思うが、いいらしい。

 完全に真っ二つになった石に賀茂様が素早く何か手で印を切り、札を張って丸めてしまう。さらにそれを横にいた黒い二頭身の、つるつるとした小人のようなそれ――あ、式神だ。

 黒い小人が持ってきた瓶の蓋にいれると、丁重に封をしてしまった。それもいくつも札を張っている。

 あっけにとられて見ていると

「術に不用意に触れるやつがあるか、この莫迦娘が」

 頭をはたかれてしまった。大変痛い。

 わたしが呻いていると

「蘆屋様、心配なのはわかりますが落ち着いてください。けが人を増やしてどうしますか。ほら、手は? 黒く汚れていますね。穢れですか? うわ、めんどくさい。帰っていいですか」

 唐突に現れた、同じ黒い着物の二十歳くらいの眠たげな眼をした青年に冷たく言われてわたしは唖然とした。

「帰るな! 帰る前に癒せ! 保憲!」

 などと道満様と保憲様がやりとりして、わたしの手のひらを見つめる。

 彼もわたしの手をとって印を切ると、何事かを呟き、手をかざしてきた。とたんに手の汚れがするりと落ちる。あれは穢れだったのかとわたしは驚いていると。黒く落ちたものを保憲様の懐から出てきたまん丸い、風船のような見た目の生き物が大きく口を開けて、一飲みにした。

「おい、吾方! ここの警備はお前ン所の憑神だろうが! それがこの有様か」

「いやー面目ない。けど、ほら大事にならなかったからいいじゃないかな。お嬢さん、平気かな?」

「え、えっと、はい」

 えっと、この人は……わたしが大混乱していると耳元で「神憑科の総まとめ、校長ですよ」と賀茂様が耳打ちしてくださった。

 これが、李介さんの上司になる方なのか。

 よく観察しておこう。年齢からいうと、道満様とそうかわらないように見える――四十代手前くらいの年齢。白い肌と、細い目を覆う眼鏡のレンズ越しの瞳は軽薄な印象を受ける。黒髪を後ろになでつけて、きっちりしている。軍人というよりは学者のような印象がある。

 わたしの体にとくに異変がないと見たらしく、吾方様が道満様に声をかける。

「無事にすべて収まったなら万々歳というところかな? ねぇ蘆屋殿」

「なにが万々歳じゃ! すぐに問題の桜を呪った阿呆を突き止めて首り殺してくれるわ。酒もしまいじゃ」

「目の前で呪術を使われたからって怒りすきじゃないですか? 血圧あがりますよ。見た目は若くても中身はいい歳なんですから」

「うるさいぞ!」

 道満様が怒り散らすのに吾方様がにこにこと笑って言い返す。

「二人とも、落ち着いたほうがいい。そもそも式神やら術やら神などと曖昧なものに頼っているからこういうことになるんだ。すべて僕に任せていればこんなことにはならなかった」

 凛とした声で、痛烈な非難をする声が飛んできた。

 あ、小さい。

 わたしは目を丸めた。

 大人たちの間を割って入ってきたのは、わたしよりもずっと小さい――十代の子供だ。たぶん、十歳をようやく超えたくらい。みなの腰くらいしかない身長だが、すらりとした背丈は誰よりも堂々としている。無垢というよりも冷たい瞳とつんとした唇――美少年だ。

「我々科学科に頼らないからこういうことになるんだ。監視カメラなりつけておけば問題はなかったし、機械兵を置かないから初手が遅れて」

 これは。

「科学科の代表のクリフト・炬様です」

 またしても賀茂様が告げた。

「機械風情がなにを申すか? ふん、心のないものには機微に疎く、対応が遅い。その作り手もこんなにも遅く出てきてなにをぬかす」

「陰陽などという迷信めいたものや、神など使うからこういうことになる。対応に遅いのではなく、慎重に判断し、対応しているんだ」

「まぁ、二人とも。確かに機械は裏切らないだろうが、いろんなトラブルが考えられるここでは神のほうがよいと私は語ったはずだよ? 今回もトラブルがあったが、それも迅速に対応したことは評価されてもいいはずだ」

 あ、この人たち、絶対に仲が悪いわ。

 三人が三人、向き合い、互いの専門について一切妥協することがない。学校で陰陽科、神憑科、科学科の仲が悪いというのは、このトップのせいか?

いや、もともと性質が合わないのだろう。

「ふん、話にならん。とにかく、呪詛については対応する。あとは好きにせい。帰るぞ」

 話を切り上げたのは道満様だ。

 片手をあげると賀茂様たちが立ち上がり、そのあとに続こうとする。わたしは、えっと、どうしよう。ここには個人で来たわけだし、紺ちゃんたちを待って……と思ったら道満様がつかつかと近づいてきて、わたしのことをまるで荷物のように肩に抱きあげた。

「え、え、え」

「莫迦娘! お前の体になにもないか、学校に戻って診てやる! 近江、歌穂を忘れずに連れて参れ」

 などと命令して歩きだす。わたしはもう完全なお荷物となって道満様の肩に担がれ、ひぃーと声をあげる。

 いくらなんでもこれはあんまりです!

「急ぎ戻らんとなんの呪詛なのか特定せんと、のちのちお前になんか出てもいかん……ん?」

 道満様の前にひらりと紙が落ちる。

「旭も来ておったのか。空間をつなげたというから、即帰れる。おい、そこの使えん、貴様らも一緒に来るか?」

「構わないなら一緒に帰ろうか。このままここにいても指揮が行えないし」

「陰陽ですか」

 吾方様はのほほんと言い返すが、クリフト様は顔をしかめた。

「いやなら無理とはいわんぞ。小僧」

「いえ。……どうせ、この事態の対応やら話すなら早いほうがいいでしょう」

 ふん、と道満様が鼻を鳴らす。

「旭、すまんが、ここにいるのをまとめて頼む。ちょっと揺れるぞ」

 揺れるんですか!

 そう叫んだ瞬間、足を踏み外したときのような落下する感覚が襲ってきた。瞬いた瞬間、ぱっと風景が変わった。

 桜の樹々はなくなり、学校のグランドだ。

「いつもながら恐ろしいほどの高度な術をいともたやすく……才能だけであれば本当にトップクラスだというのに」

「これで引きこもりでなけりゃもっといいんだがな」

 賀茂様と道満様が言い合いながらわたしは保健室に運ばれた。

清めの塩と酒を頭からかけられ、一時間は様子を見ると言われて荒縄で四方をくくられたベッドの上にいるよう言われてしまった。

 道満様たちは会議があるといって行ってしまい、独りぼっちになってしまったわたしは途方に暮れていると近江様が歌穂と一緒にやってきた。

「二人とも大丈夫だった?」

「でちぃ。ひなちゃん、いっちゃったでち」

「歌穂、あんな神なんぞにそそのかされてはいけません」

 近江様がしょげる歌穂に言い聞かせる。

「小日向様も、歌穂に言ってください。歌穂はずっとあの神風情に傾倒し、会いたいと申します」

「……神風情って」

「わたしたち式神はどうも作った人の人格の影響を受けるらしく、わたしは憑神が得意ではないのです」

 ようするには道満様と同じく、嫌いということだ。

 たぶん歌穂は朱雛様と離れたくなくてあれこれと暴れたのだろう。珍しく小さな体を膨らませて、近江様の言葉を聞こうとしない。

 それに近江様がこんこんと過保護な親よろしく交際反対を説いている。

「ひなちゃん、そんな、ひどい神様じゃないでち」

「神なんぞ、関わっていけばどういう本性を出すかわかりません。歌穂」

「まぁまぁ」

 わたしは思わず割って入った。

 歌穂は落ち込んだままベッドの上にのり、ちゅんちゅんと鳴きながらわたしの指先をつついてきた。

「歌穂は朱雛様が好きなのね」

「でち!」

 それは愛や恋というものなのか、それとも憧れなのか。

 ただ式神となってから歌穂の物語は動き出した。

「……ただ向こうは神様で……それもとても偉い神様だから、いろいろと難しいかもしれないわね」

 わたしが指先で撫でてやると、歌穂が小首を傾げて鳴いた。

 たぶんこの様子では神と式神の交流なんて皆無なのだろうし。

 前例がないことをするというのはなかなかに困難が多い。それに歌穂が耐えられるだろうか。わたしも親ばからしくつい心配してしまう。

「少し疲れたでしょう。眠りなさい」

「でち」

 わたしの掌のなかで歌穂が眠りにつく。わたしは小さなため息をついた。

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