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桃色タイフーン 3

「お花見?」

「轍野区は桜がきれいなのよ。船から見るのが流行ってるの。船で見るのは難しいけど、ちょっと朝早めに起きたらいい所、とれると思うの」

 花見か。気が付いたら時間は飛び立つ鳥のように早く過ぎ去ってしまっているが、季節ごとの催し物は楽しみたいのが正直な気持ちだ。

 さらさらと流れる花びらの下を李介さんと一緒に歩くだけでも素晴らだろうな。

「ちょっと、小日向ちゃん、聞いてる」

 は。ついうっかり妄想に耽ってしまった。いけない。いけない。

「でさ、これる?」

「えっと、家の人に相談してからでも、いい?」

「もち。明日には教えてね」

 そのあと顧問をどうしようかと頭を悩ませ、結局名案は浮かばず、お別れをしてわたしは帰路についた。だいぶ慣れたとはいえ、家に帰るとどっと疲れが出てしまい欠伸が漏れる。いやいや、だめだ。ここで座って眠ってしまったら何も進まない。ちび妖怪たちが今日は天井の垢を嘗めたと報告するので金平糖をあげたあと、お風呂を洗い、食事の準備をする。

 今日はからあげである。つけあわせはポテトサラダと決めている。このポテトサラダは昼の食事を学食にしたとき食べたもので、おいしかったのにどうやって作るのかと疑問に思い、近江様に聞くとレシピを教えてくれた。作る方法は単純明快だとレシピを聞く限りは考えたわたしは今日は試してみることにした。ちなみにからあげの肉は昨日からたれに浸しているのでしっかりと味がついている。

 さっそくからあげ用の油とジャガイモの用意をする。わたしは肉をあげるので忙しいので茹でたジャガイモを潰すのはちび妖怪たちに申し付けた。一度きつね色にあがったものを取り出して、もう一度あげるとからりとしておいしいそうだ。ジャガイモを潰して終われば、次にゆで卵を潰してマヨネーズでまぜてもらう仕事も頼む。かわりにからあげ一つ、味見をかねて褒美である。

 夕飯が出来るころ合いにちょうど李介さんが帰ってきた。

「今日は唐揚げか? ほら、はやく私に膳を出さないか」

「ユエ、お前は」

 主よりも先に食事の席について机をばしばしと叩く朧月様にわたしは苦笑いを浮かべてからあげとごはんをお出しする

 二人と一柱の食事は最近、いつものことになりつつある。

おいしそうにからあげを頬張る朧月様を見て、ちらりと李介さんを盗み見る。大きな口を開けて、パクリと肉を食べてしまう。さくさくとした唐揚げは口に合うらしく、とてもおいしそうだ。わたしは目を細めた。

「どうかしましたか?」

「あ、いえ……李介さんって、部活の顧問とかしてますか?」

 つい見とれてしまっていたことをわたしはごまかすためにも部活のことを口にした。

「顧問自体はしてませんが」

 なんと。これはいけるのか。

「補佐はしてますね。空手と剣道の」

「二つも!」

 わたしはびっくりしてしまった。

「二軍の子らの指導ですね」

「二軍、ですか?」

「空手も剣道も男子の嗜みとしては人気がありますからね」

 たしかに、人気がありそうだ。さすがに名前だけとはいえ顧問をお願いするのは難しいだろう。

「どうかしたんですか」

「実は……部活の顧問がいなくて困っていて」

「宇佐見のですね。数名、顧問をもっていない教官はいたはずですが」

「本当ですか? 誰ですか」

「そう、ですね……科戸もそうだったはずですよ」

 科戸という苗字には聞き覚えがある。確か、お家騒動のときにお世話になった優男か。表向き微笑んでいたが、どうもわたしのことを見る目が少しばかり怖かったような気がする。

「しかし、彼は確か、今、遠盟の指導にあたっていたと思います」

「ああ、あの優しそうな?」

「遠盟は今年はいった新人の教官なので、今は科戸教官の元、副担任などをしていたはずです」

「それでは難しいですかねぇ」

 せっかくいい候補を見つけたと思っていたのだが、残念である。

「陰陽科は?」

「……わたし、道満様とマンツーマンなので、こう……他の陰陽科の先生を知らないのです。むむ。見つけた教官にかたっぱしから声をかけていくしか」

「ふふ」

 李介さんが静かに笑った。

「楽しそうですね」

「わりと、楽しいです」

「それは、よかった」

 李介さんに言われてわたしは嬉しくなって、口を開こうとしたが

「おかわり」

 わたしと李介さんの会話は、毎回こうして叩き斬られるのだ。

 朧月様、せめて空気を……読んでほしいとは言わないが、自分で継いでこいともいえないが、せめてもう一分ほど待ってほしい。

 そんなことを言ってもわからないだろう朧月様に期待はしない。かわりにしこたまいっぱいの白飯を差し出してあげた。

「そういえば、日曜日、花見に行きませんか。もうお花見ですよ」

「花見? 日曜日……仕事で」

「え」

 日曜日はお休みとおっしゃっていたはずではないのか? 期待していたぶん、悲しみが押し寄せてくる。

「すいません。土曜日は花見近くの巡回で、日曜日は職場の花見で」

 わたしは呆気にとられた。

 ちらりとカレンダーを見れば、そういえば何か漢字で書きこんである。わたしには読めない文字だが、これは李介さんのお仕事のご予定なのだろうことぐらいしかわかっていなかった。

「すいません」

「いえ。いいんです。いいんです。わたし、紺ちゃんたちにお花見に誘われたので」

「ぜひ、行ってください」

 わたしがあきらかに落ち込んでいるのをみて李介さんが焦ったようにすすめてくる。

 優しいことだが、そうではないのだ。そうでは。

 この気持ちをなんと言葉にして表したらいいのかわからないわたしは小さな息をそっと吐きだした。


「よーし、花見の準備しなくちゃね」

 翌日、花見に行ける旨を伝えると紺ちゃんは嬉しそうに笑ってくれたのにわたしの心のもやもやを少しばかり晴らしてくれた。

 部室にいるメンバーに声をかけて、それぞれなにを用意するのかを決める。

 こういうとき紺ちゃんはすすんで全員に指示を出していく、大変働きものだ。

「雨甲斐先輩は場所とりお願いします」

 いきなり名指しである。きょとんとした雨甲斐先輩は

「それだけでいいのかい? せっかくだし何か持ってきて」

「どうせ面白いからって練り辛子いれたご馳走とか用意するんでしょう?」

「失礼な。入れるとしたらわさびと練り辛子だよ」

 胡乱な目で言い切る紺ちゃんもひどいが、それにたいして笑顔で言い返す雨甲斐先輩も、負けてはいない。

「だめ、絶対にそれ、だめなやつ!」

「せっかくご馳走を用意しようと」

「そうじゃぞ、小娘、せっかく、涼彦が」

「練り辛子とわさびいりのご馳走なんて食べられないでしょ!」

 雨甲斐様と蒼霏天様相手に負けない紺ちゃん。がんばって!

「んー、俺は……みたらし団子でいいか? よく買う店のやつ」

「千ちゃん、千ちゃん」

「おあげもー買おう? みたらし団子の店の近くに、おでん屋もあるだろう? おでん、おでん」

「あー、わかったわかった。じゃあ、俺はそれで」

 二匹の狐たちが尻尾をふる。

千ちゃんの担当は決まった。しかし、みたらし団子とおでんとは面白い組み合わせである。

「このままだと、ごはんとおかずが……」

 紺ちゃんが頭を抱えている。無理もない、面倒なものは残り組がしなくてはいけないのだから。

 しかし、とりあえずのおかずとおやつは決まったのだし、わたしはちらりと伊吹を見た。

「ねぇ、伊吹、伊吹っておにぎりつくれる?」

「ん、まぁ」

「じゃあ、おにぎり作りましょう、わたし、おにぎり大好き」

「おにぎりか、じゃあ」

「待って!」

 わたしと伊吹の間に紺ちゃんが鋭い声をあげてはいってきた。え、なんだ、なんだ。

「おにぎりは女子組が担当するから、おかずは伊吹、あんたの担当」

「……俺一人でみんなのおかずを作るのか」

「このなかで一番料理のうまいあなたがおかずを担当しないのはおかしいでしょ。あ、アタシ、野菜がいいわ。野菜のあげたやつ!」

「じゃあ、俺は練り物食べたいな」

「俺、肉がいい。肉! からあげ、からあげな!」

「……朝倉君一人に押し付けてごめんない……私は、そうね、筑前煮が食べたいわ」

「お前ら」

 みんなさりげなく伊吹に食べたいおかずを頼んでいる。

 伊吹がわたしに視線を向けてきた。

「アンタは?」

「え」

「何喰いたい?」

 律儀にもわたしにも聞いてくる。けれど食べたいものといきなり言われても。

「じゃあ、お魚の、焼いたやつ」

「わかった」

 これだけで伊吹は何か考えるように思案し始めたのに紺ちゃんがそれぞれの担当ふりが終わったので予算集めにとりかかる。それぞれ持っているお金を出してこれでなんとかしようということになった。

 買い出しの前にわたしは一度、道満様のお部屋に戻ると、部屋の主がいた。珍しい。

 ここ連日、なんだかお偉い人たちとの話し合いやらで忙しそうにされていたのに。

 道満様はどうやら機嫌が悪いらしい、口に煙草をくわえて、ぷんぷんと煙を吐いて、こんしゃろうがとか呟いている。しかし、わたしが入ってきたとき、笑って出迎えってくださった。

「おう、勉強がんばっとるか?」

 片手をあげて豪快に笑ってくださる。しかし、部屋は煙草の煙に満たされてなかなかにキツイ。それを察して近江様が窓を開けてくださった。部屋の端っこにいる歌穂もけふんけふんと咳をしている。かわいそうに。

「おう、すまん、すまん、煙草の煙がきつかなったなぁ~。歌穂、大丈夫かぁ」

 道満様は歌穂を溺愛している。歌穂に対してはいつも顔が緩み切っている。煙草もすぐに消してしまわれた。

「道満様、花見に近江様を連れていってもいいですか?」

「はぁ? なんじゃ 藪から棒に」

 道満様が呆れて聞き返す横で近江様が動きを止めて、わたしのことを見る。

「新聞部で花見をすることになってせっかくだし近江様や歌穂も参加させたいので」

「花見な、花見。それ、わしも行ってもいいか?」

「え、けど……学校関係者って、確か、日曜日に花見をするって李介さんが、わたしたちも日曜日にする予定なんですが」

「かー! めんどくせぇ、めんどくせぇんだよ! なんでそんなものに出ないといけないんだ! あんな腹の探り合いのおっさんだらけで笑いあうんだぜ? たまに酌してくれるのも男だしよ。むんむんむさむさむして楽しくもねぇ! それに、どうせクリフと吾方の野郎の顔を見るはめになるしな」

 そりゃ、あなたが偉い人だからではないのか。

「くそ、考えただけでも面倒すぎる。よし、さぼるからわしも、お前らの花見にいれてくれ!」

「何をおっしゃってるんですか! ダメに決まってるでしょう」

 わたしが怒ると道満様が苦虫を潰したような顔で、けっと悪態をつく。なにがけっであるか。

「近江だけずりー。ずるいぞ。近江よ! 日曜日はわしの護衛じゃ、護衛」

「承認しました……申し訳ありませんが、式神として主の護衛があるので」

 近江様がジト目で拗ねるいい歳したおっさんの圧に負けて断るのにわたしは呆れてしまった。

「道満様……!」 

「だって、近江だけずるいだろう」

 完全に駄々っ子になっている。

「……道満様が来たら、花見がえらいことになりますよ」

「あん? 大丈夫、大丈夫。どうせ、生徒は校長の顔なんぞ知らんだろうしな。うむ。しかし、心配するなら変装したらいいか? こう、両方の花見に出てばれんように」

「そんなことできるんですか……まぁ、それができるなら参加しても問題はない?」

 なんだか、この人だとしてしまいそうな気配がある。

「出来る出来る。わしは、これでも陰陽師として最強なんぞ? 術を使えばなんとでもなるわい」

 そんなことに陰陽を使っていいのかは疑問であるが、どうも参加する気満々のようだ。

「よし、近江のほかの式神どもも久々に出動させるか~。よーし、わし、がんばるぞ。花見じゃ、花見」

 人の話を聞きゃしない。すでに勝手に参加する気満々である。わたしははぁとため息をついた。こうなるとどうしようもない。

 近江様をちらりと見ると、小首を傾げて笑っている――気がした。

 いつもお世話になっている近江様にいい気分転換になればいい。

「で、つまみはどうなっている?」

「みんなで作ることになっていて、お金も集めて」

「よし、わしからの小遣いじゃ。近江とわしと、歌穂も参加するからな。わしは術の準備があるから近江、つまみの準備はしっかりやれ。あ、歌穂の外出許可書を出さねばな。ふふん、ふふん」

 財布からお金を出そうとして面倒になったのか財布をそのまま投げられてしまった。

 風のように走ってどこぞへと向かってしまった道満様を見送り、わたしは近江様を見た。

「あの、あと一人、誘いたい人がいるんですが」

「旭様ですか」

「はい。まぁ、無理だとは思うんですが」


 しかし。


『わかった。参加する』

 その紙の回答にわたしは目を丸めた。引きこもりで、絶対に人の前に顔を出さない旭様はいやがると思っていたのに。

 旭様は学校の花見に関しては

『その日は予定で謎の腹痛に襲われるから学校の花見への出席は無理』

 と丁重にお断りしたそうだ。謎の腹痛に襲われる予定って……と思うが、学校建設当初から誰にも顔を見せない旭様はそれで通っているらしい。つまり諦められているのだ。

そんな人がまさかわたしたちの花見に来るとは。

『参加費いくら?』

「と、おっしゃってますが」旭様の紙を近江様がつらつらと読み上げてくれている。これで円滑なコミュニケーションがとれるのだ。

「え、え、え、まってまって。旭様、本当ですか? お外でるんですよ?」

 誘ったわたしのほうが驚いてしまった。まさか、こうもあっさりと応じられると思わなかったのだ。

『外には出ない。空間だけつなげて参加する』

「と、おっしゃっておりますが」

「……空間だけ……?」

 ひらりと紙が落ちてくる。

『術式だけもっていけばどこでもいける』

「だそうです」

 参加するために行動を起こしているから、まだいいほうなのだろうか。この場合は。

「けど、いいんですか?」

『学校の飲み会は狸と狐と猫の殴り合いみたいなものだから怖すぎるから嫌。けど、生徒たちのなら怖くない』

 なんというたとえだ、それは。学校関係者を集めた花見とはそんなにも恐ろしいものなのか。李介さん、大丈夫かしら?

 そんなわけで、わたしは旭様に術式――お札を一枚渡され、これを適当なところに貼るようにと言われた。そこから参加するそうだ。大目に参加費もちょうだいしてしまった。


「参加する者は何かしら食べ物を持ち寄ったほうがよしろいんですよね?」

「たぶん」

 新聞部の部室に戻りながら近江様とわたしは話し合う。

「学校の施設を借りて作ろうかと思います」

「そんなことしていいんですか?」

「道満様の名を出せば多少の無茶は通ります。今日は土曜日で幸い生徒たちもおりません。厨房は明日の弁当の用意に忙しいでしょうが、家庭科室の部屋ならば使えるはずです。ご用意しましょう」

「……権力があるってすごい」

 わたしは思わずそう口にしてしまった。

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