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桃色タイフーン 2

「けどよ、紺、見つからねェもんはどうしようもないぜ」

 と千ちゃん。

「ほら、みたらし団子やるから元気って、おい、三つもっ!」

「むきー。くそ、おいしいっ」

 千ちゃんの差し出したみたらし団子三つを両手に持って貪欲に食べ散らかしながら紺ちゃんは、もはややけ食いだ。

 わたしはそろそろと伊吹の横に腰を移動させる。

 わたしの肩にいた歌穂がなにかを探すように首をきょろきょろさせている。それに近江様は部屋の端っこで待機していると

「あれ、今日はいっぱいるんだね。紺、顔を出しにきたよ」

「あーーー! 雨甲斐先輩」

 扉が開けられ、涼し気な顔の男が入ってきた。首のうなじくらまで伸ばした黒髪がさらりと猫の尻尾のように揺れている。そのまわりに、ひんやりとした気配が纏わせていてつい眉が寄る。いやに自己主張の激しい神を連れている。

「あれ、これが新しい部員? 俺は雨甲斐涼彦、よろしく」

 差し出された手にわたしは一瞬ためらって、ちらりと雨甲斐と名乗った青年の笑みを見る。屈託のないような、どこか油断のならないような。一言でいうと彼は大変、胡散臭い。

それでも差し出された手を否定するのは失礼にあたるので、そっと手を伸ばした。強く掴んで軽くふる、洋風の握手だ。そのとき、うなじに冷たさを覚えた。

「いつまで手を握っておるつもりだ、涼彦が可愛らしいといってもべたべたしすぎてはないか?」

 声が聞こえてきたと思えば、目の前に女が仁王立ちしていたのにわたしは目を瞬かせた。

 あ、これは神だ。

 わたしが直感的に雨甲斐先輩から手を離して後ろにさがると、彼を横から抱く女が敵意丸出しに睨んでくる。なびく黒髪は長く、地面につきそうだが、不思議と浮いている。霊気を纏っているせいだ。青い瞳の端に紅をひき、肉体に纏う服はボディラインを誇張した――胸をどーんと出して、その谷間を惜しげもなく見せている。その中央に赤い玉をはめこみ、腰から足と――中国の服のチャイナ服を連想する。青い服に気の強そうな目と顔立ちがわたしを見下ろしている。

 わたしのことを見て、鼻で笑っている。むかっとくるぞ。

「蒼霏天、苦しいよ」

 と雨甲斐先輩が笑った。

「ああ、紹介が遅れたね。蒼霏天は俺の憑神なんだ」

「はぁ」

 なんとも独占欲丸出しの憑神だろう。

「そうだ。紺、廊下のところで、防人と会ったんだけど、図書室で本を返却してから来っていっていたけど」

「紺ちゃん」

 控えめな声とともにやってきたのは黒髪の長い女性だった。紺ちゃんと違ってこちらはズボンに、きっちりとした制服姿の娘さんだ。すらりとした背丈に、腰くらいまで伸びた長い髪を無造作にたらし、涼し気な目尻。きれいな女の子だ。日本人形みたい。

「案ちゃん! いらっしゃーい、日直の仕事、もう終わったの? よかった。あ、はじめてだよね、こっちがね、最後の部員の藤嶺小日向ちゃん、こっちが防人案ちゃんね」

 わたしは頭をさげると、案様もさげられた。

「よろしく」

「はい。よろしくです! ……えっと、神様は?」

 雨甲斐様の連れている蒼霏天様の気配が濃厚なせいか、まったく感じない。

「周黎はしゃべるのが得意じゃないから、必要なとき以外は隠れているの。出てきたほうがいいかしら?」

「あ、いえ。単純に気になったので」

 神にはいろんなタイプがいることは、ここ数日で学んでいたことだが、こうもバラエティが豊かすぎると困惑してしまう。

「それで、部活の顧問は」

「無理なの。無理無理! 見つからないの」

 案ちゃんが心配そうに尋ねるのに、再び現実の問題を直視した紺ちゃんが頭を抱えて叫ぶ。

「まじ、このままだとせっかくの新聞も出せれないしぃ」

「新聞、作ったんですか」

 わたしが聞くと紺ちゃんが顔を向けてきた。

「下書きは出来たの! ほら、今回、伊吹たちの事件をこう、こちょこちょーと、あ、それで小日向ちゃんからもあれこれと聞きたかったの。インタビューさせて!」

 わたしは目をぱくちりさせた。語れというならば語るが……ちらりと部屋のなかを見ると、すでに挨拶が終わった雨甲斐様と案様は先にいる千ちゃんと挨拶をして雑談をしたり、本を読んだりと自由に過ごしている。伊吹だけは机に向かい、なにかをせっせっと書いているが……かなりぎゅうぎゅうだ。

 部屋の端でわたしはとにかくあるがままを強請られて語ることになった。

 あれこれと聞いてくる紺ちゃんのインタビューが終わり、疲れてへたれこんでいると、伊吹が立ち上がった。

「伊吹、どこに行くの?」

「反省文を藤嶺教官に提出に行く。前の騒動のときの……授業を無断欠席する理由にならないって」

 それはどう考えもてわたしのせいである。わたしはとくにお咎めはなかったが、よく話題にあがる藤嶺教官はどうも伊吹のことを目の敵にしてようだ。

「伊吹、わたしも、一緒に行きましょうか?」

「どうして」

 とても不思議そうに伊吹に聞かれてしまった。

「だって、わたしのせいだし」

「行くって決めたのは俺だ……それに一緒に行くとまとめて説教されるかもしれないけど、いいのか?」

 珍しく伊吹が渋い顔をして気を遣うのにわたしは俄然、申し訳なさを覚えた。ここまでこの伊吹に言わせるとは、とんでもなく怖い人なのだろう。だったらなおのこと、わたしが誘いましたといって庇ったほうがいいのではないのか? そうしたら多少は伊吹の罪も軽くなる、かもしれない。

「本当に来るのか?」

「行く!」

 あとに引けないわたしは言い切る。

「そこまで行きたいっていうなら連れていっておやりよ。伊吹」

 面白そうに雨甲斐先輩が笑っている。

「二人でこってり絞られてくるといい。急がないと藤嶺教官は時間にも厳しいだろう? 終わったら学校近くのおいしいって有名な天坂屋のあんみつ、奢ってやろう」

 あんみつ! まだ食べたことはないが、なんとも甘美な響きだ。

 わたしがつい目を輝かせるのに伊吹は冷たい目をして一言

「泣きべそかいても知らないからな、俺」


 ついていくことを許されたわたしは、紺ちゃんに「出来るならその場にいる教官の誰か一人でもいいから、声をかけてみて」などと部活の顧問探しを頼まれた。

 どうもわたしは教官関係には疎いので誰彼でも恐れなく勧誘できる、と踏まれたらしい。けど、そんなほいほいと顧問になってくれる人がいるのだろうか? それにおっかない教官に声をかけて引き受けられたらそれこそあとが大変だろうに。

「あ」

 伊吹と一緒に廊下を歩いていると、前に軍服を着た人が立っている。よく見ると、それは知っている人だ。

「佐野教官?」

「……ああ、君たちか? どうしたんだい?」

 どうも佐野様が見ていたのは掲示板らしい。壁の中に埋め込まれた緑の掲示板にはいくつもの張り紙が張られている。文字は読めないが、部活の勧誘やイベントごとやお知らせだということはなんとなくわかる。

「君たち、今日は半日授業になったから下校の時刻ではなかったか?」

「あ、あの伊吹が反省文を出しに」

「藤嶺教官の所に行く途中です」

 わたしたちの説明に、ああ、と佐野様が頷いた。

「先日のことだろう? お手柄だが危険なことをしたね。藤嶺教官は御厳しい方だから、けど、それは君たちのことを思ってのことだよ。朝倉は特に目をかけてもらっているんだ」

「っす」

 伊吹が小さく頷いて男の子らしい返事をする。

「けっこう、容赦なくぼこぼこにされますけど」

「じゃないとしごきにならないだろう? ん、それに、それ」

 わたしの手のなかの用紙を見て佐野様が目を瞬かせる。あ、ここがもしかして勧誘のチャンス!

「あの、わたしたち、部活の顧問を探していて」

「顧問? ……新しい部活を作るのか? それも新聞部? へぇ、宇佐見たちの名前があるとは……また、学校の問題児の名前がずらりと並んでいるな」

 わたしは呆れてちらりと伊吹を見る。伊吹はしれっとした顔をしている。

「すいません、自分、もう行っていいですか、早く提出しないと」

「すまない……あ、あの、藤嶺さんっ!」

 伊吹と一緒に歩きだそうとしていると呼び止められた。

 伊吹と視線を合わせて、先に行ってと促す。わたしは佐野様と向き合った。もじもじとした佐野様が思い切って口を開く。

「顧問は決まってないんだよね、それ」

「はい。ぜんぜんまったく、これぽっちも」

「……そ、そうか。でも確か、その、新しい部活の顧問は、今月いっぱいだったな、もう、あと一週間しかないが」

「そうなんです。紺ちゃんが叫んでました」

 わたしは苦笑いを浮かべる。そんな世間話のためにわたしを呼び止めたのだろうか?

「そ、そうか。それなら」

「……もしかして顧問になってくださる方を紹介してくださるんですか?」

 わたしが言うと佐野様が慌てた顔をした。

「いや、その」

「おー、佐野、それに藤嶺ンとこのなにしてるんだ?」

 間の抜けた声がしてそちらを見ると、以前のときお会いした梅桃様が手をひらひらふってやってくる。

「梅桃教官。いえ、実はその」

「梅桃教官、部活の顧問とか出来ますか」

 わたしはとりあえず声をかけると、梅桃様はきょとんとした顔をされた。いきなりすぎたかもしれないが、こういうのは何事も先手必勝である。

 わたしが部活のことを話すと、話を聞いて面白そうに笑ってくださった。

 しかし。

「残念。俺は無理。顧問になるのも、一応、教員一年やってないと駄目なんだよ、俺は、まだ一年きてねぇし、仕事も忙しいしな。そういえば佐野はもう一年過ぎるんだよな」

「あ、はい。私は今年で一年過ぎるので、その、部活の顧問なら」

 なぜか心なかし佐野様がそわそわしてわたしのことを見ている。


「終わった」

 背後から声がかけられて振り返ると伊吹が先ほどよりも疲れた顔をしている。

「お、朝倉、その顔、絞れたな」

「……っす」

 沈痛な顔をしている。

 ああ、しまった。せっかく伊吹を庇うためにここに来たのに、つい顧問探しの優先してしまった。

「伊吹、ごめん」

「……いい。それより紺たち待ってるし、行くか」

「うん。あ、あの、じゃあ、もしよかったら顧問になれる方がいたら教えてください」

 わたしが勢いこんでお願いすると

「あー、はいはい。気を付けて帰れよ」

「っ。き、気を付けて」

 佐野様は何か言いたげな顔をされていたが、このあとあんみつが待っているのであまりゆっくりもしていられない。

 わたしは一度部室に戻ると、近江様と一緒に図書室に戻ってきた。今日はもう帰ると伝えると、戸締りをお願いされたのですべて確認をしておく。すべて大丈夫。

「そういえば旭先生は、部活の顧問とか」

 ひらりと紙が落ちてきた。わたしがまだ言い終わってないのに! 

 紙を近江様が広げて口を開く。

「む」

「無理って書いてるんでしょ」

「はい。読めたんですか?」

 近江様が感嘆するが、いくらわたしでも予想がつく。

「それにしても困ったわね」

 わたしがあと思いつくなんてもう李介さんだけが、李介さんは部活の顧問などしてくれるのだろうか?

「道満様は無理よね」

 一応、校長先生って先生なんだか顧問も出来るのだろうか?

「お忙しい方ですから、名前だけ貸してくれといわれたら貸してくださるかもしれませんが、神憑科の生徒ばかりの部活となると難しいかもしれません」

「お嫌いなの?」

「対抗心を抱いておりますね」

 きっぱりと言われてわたしはため息をついた。

「ダメもとの最終手段ね」

 わたしは頭を抱えた。

 これはどうしもよない。わたしは仕方なく、道満様の部屋に行って歌穂を鳥かごにいれ、近江様とお別れをした。

「寄り道については言わないんですね」

「学友と交流を深めるのはよいことですし、以前のようになにかしらの経験が成長になるとわかりました。ただあまり遅い時間にならないように気を付けてくださいね」

「はーい」

 近江様はなんのかんのといって話がわかる式神らしい。

 鳥かごに帰った歌穂はそわそわしながらわたしの事を見て、ちぃ、ちぃと忙しく鳴いていた。珍しい、いつもなら大人しく黙っているのに。

「どうしたの? 歌穂」

「あの、あの、き、きれいな、鳥しゃま、おられないのでちか?」

 きれいな鳥と言われてわたしと近江様が顔を見合わせる。

 はて。なんのことだろう。

 歌穂はうまく自分の言いたいことが言えず、わたしたちに通じないとわかるとしょんぼりとして巣へと帰って行く。なんだか可哀そうなことをしてしまった。

 兎も角、門で待ち合わせしたわたしたちは、雨甲斐先輩がおいしいと連れていってくださるお店にやってきた。

 それは学校からほど近い駅前にある喫茶店で、外見といい、内側といい外国風の洒落た雰囲気である。店内には制服姿の生徒の姿。みな、ここに寄り道をしているらしい。同じ穴の貉ゆえ、とくに咎めることもできない。

 奥にある広いテーブルとソファの席に腰かけて、メニューを見ると、これまた洋風である。女の店員さんは着物の上に白いフリルの可愛らしいエプロン。髪も短く、さっぱりとした感じに仕上げているのがこれまた素敵である。

「ねぇ、三人で、この特大ジャンボあんみつ食べない?」

 紺ちゃんが申してくる。

「あ、人が手をつけたやつとか苦手?」

 わたしは首を横に振ると、案様もふるふると否定する。

「よし、それでいこう。それで、伊吹たちはどうするの?」

「俺……コーラ」

「じゃあ、俺は抹茶」

「一応言っとくけど、男に奢る気はないから君らは各自自腹だよ」

 しれっと雨甲斐様がおっしゃったが、もう店員に言ったあとで千ちゃんが慌てているがわたしたちは知らぬ存ぜぬである。

 あんみつは、大きかった。

 細長い逆三角のコップのなかに大量の白いクリームとあんみつ、ぜんざい……いちごまである始末。なんという贅沢。それをスプーンですくって食べると甘く、冷たい。ほっぺたに転がる蕩ける甘さ、その上、果実の酸味が極上にマッチしている。

 あまりの美味しさと冷たさについついスプーンが進み、気が付いたら三人できれいに平らげてしまっていた。

「そういえば、紺ちゃんはどうして新聞部がしたいの」

「ふぇ、え、それ聞くの。聞いちゃうの?」

 紺ちゃんが困惑した声をあげた。

「あ、それ、俺も聞きてぇ。俺ら巻き込んでまでお前なにしたいんだよ」

 千ちゃんが睨みつけるように問いかける。

「んー、なんとなくよ」

 さらりと紺ちゃんが言う。

「アタシは女だって手に職を持っていいと思うの。けどさ、今の時代、まだ難しいんだよねぇ。教員とかそういう公務員ばっかじゃん。もっと自由なのやりたいの。幸いさ、憑神持ちだし、戦争も終わったもんね。何ができるかって考えて、新聞部だったのよー」

 けらけらと笑う紺ちゃんにわたしは目を瞬かせた。

 女とは夫に仕えるのが一番だと思っていたが、それ以外の考えもあるのか。そういえば、この喫茶店でメニューをとったり、注文をもってきてくれているのは女性だ。

 結婚して、夫に仕える以外にも生き方もこの世にはあるのだ。

「大変だろうけど、そういうの、今のうちにいろいろとやっておこうかなって。えへへ」

 笑って告げる紺ちゃんにわたしは心底驚いた。

 もっとミーハーなものかと思っていたがしっかりと考えている紺ちゃんにわたしは少しばかり申し訳ない気持ちになった。彼女がこの部活にそういう気持ちを託しているなどと知らなかった。

 ひどい話だがわたしは彼女の気持ちを侮っていた。心の中で謝罪のしながら紺ちゃんのためにもなんとしても顧問を見つけると決意をかたくした。

「それは置いといて、部活の人数も達したし、このメンツで花見しない?」

 紺ちゃんが明るい声で提案した。

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