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恋文メランコリック 3

 女性は芳恵と名乗り、ぜひともお礼がしたいとわたしたちを家のなかに招いてくれた。きれいに整理整頓されたお部屋で、わたしたちはお茶を頂いた。

 あたたかいお茶は、香りがよく、品がある。

 似合わない。この地区の騒がしさと、このお茶と、品のいいこの女性が。

「前は、中心街に暮らしていたの。いろいろとあって、ここに越してきたのよ」

 ふふと、小首を傾げて彼女は笑う。

「これでも、一応、華族だったの。戦後、父と母が亡くなって」

 華族とは、外国の地位をそのまま日本が真似たもので、公・侯・伯・子・男といった爵位を有するものをまとめて呼ぶ総称だ。つまり、この人は、身分ある人だったのだ。

 この人の品も、この家だけが他よりも静寂なのも納得できる。

「一つ、聞いてもいいですか」

 伊吹が切り出した。

「源一ノ介って人、知ってますか」

 芳恵様の目が見開かれる。

「源一ノ介様ですか」

「俺は、この通り帝都神軍将校練習学校に通う生徒です。俺の机から、手紙が出てきたんです。その手紙を主に返したいと思って探してます」

 伊吹が手紙を差し出すと、芳恵が震えた。あきらかに動揺しているが、それを彼女はぎりぎりのところで抑え込んだ。

「さぁ、知りません」

 嘘だ。わたしの目に、はっきりと彼女の苦し気な嘘の色が見えた。

 しかし、それを口にして咎めることもできないわたしたちはお茶を飲み終えるとお暇することになった。

 もう空は茜色に染まっている。そろそろ帰らないと李介さんがお仕事から帰ってきてしまう。伊吹は手のなかの手紙を見つめたままだ。

「伊吹」

「明日、また探してみる。アンタ、付き合ってくれるか?」

「……いいですよ。もうのっかってしまったことですし」

 わたしは腰に手をあてた。

「かわりにお礼を考えてくださいね。あと図書室の本、貸してください」

 ん、と伊吹に渡されてわたしは、明日も食堂で会うと約束を交わした。そのあと、近江様を見る。

「近江様はどこに帰るんですか?」

「学校です。わたしめは学校のものですから」

「俺も学校近くの家に帰る」

 わたしの家も正反対なので、そちらへと戻らないといけない。ちょうど薄らと茜色に染まり始めた空に柔らかなにおいが漂い始めてきた。人の帰宅する声とお米が炊けて、煮物が出来上がる香り。ああ、口のなかによだれが漏れそうになる。

「そういえば、どうして、伊吹、あの人に手紙を出したの? 確かに、伊吹の見た人に似ていても、年齢が合わなくない? だって、伊吹たちの学校って、そんな古いものじゃないよね?」

「確か、あそこ、元は軍学校だって聞いたから娘さんとかの可能性もある」

「娘様の可能性」

 しかし、あの家には御位牌は二つしかなかった。それも古い写真だった。考えると考えるだけ頭がちんぷんかんぷになっていく。だめだ。わたしは口から煙を吐くように深く吐き出した。

 そうこうしていて学校に戻ってきたときには、すでに紺色が茜色を覆い隠そうとしている。ああ、急がないと、いけない。焦るが、わたしは疲れが出て軽く目尻を拭った。

 早く帰らないと李介さんが帰ってきてしまう……ふと思い出した。今日、カレンダーには赤い色で直とついていた。そうだ、李介さんは当直だ。

 だったら焦ることはない。

 お家をほったらかしにするのは心苦しいが、ちび妖怪たちがいるし、家自体がしっかりしているので泥棒ぐらい叩き出してくれるだろうと、信じよう。

「その人物は軍に籍を置いていたのですか?」

 唐突に近江様が口を開いてきたのにわたしはびっくりした。

「学校のデータにアクセスする権限を持ってます。最低限の調べものなど出来るようにと」

 これが道満様好みというものなのか。

「それって今も出来るんですか」

「できます。霊力による繋がりはあるので」

「でしたら、その霊力不思議ぱわぁーでいろいろと調べられませんか」

「霊力不思議ぱわぁではありません。霊力による仮想空間を設計、維持を行うことによる空間固定にて霊力通信機能。いわゆるネットワークシステムによるデータ保管を行っているものへのアクセスです」

 なんとも小難しいことを言われているが、とにかく霊力不思議ぱわぁであれこれと出来ていることは間違いない。

「調べてください。お願いします」

「……それは式神作りに必要なことですか」

「必要です。他の人には必要なくとも、わたしには必要です!」

「承認しました。道満様から与えられたアクセス権利による干渉からの検索をしましょう」

 なんだ、思った以上に話がわかるではないか。

「ただ、検索には時間がかかります」

「何時間ほどですか?」

「八時間」

「それを待っていましたら、明日の朝になります」

「仕方ありません。このシステムは最近作られたものなので」

 しれっと言い返されてはなじれない。

 怠慢というわけではなく、お願いしたことを聞いてくれているのだから、この場合はお礼をいうべきなのだ。

「ありがとう。近江様」

「いえ。式神としては当然です」

 わたしは伊吹に視線を向けた。

「このまま帰るのか」

「うん。帰ろうって、伊吹、あれ!」

 わたしが伊吹の腕をひっぱる。伊吹も気が付いて視線を向けて、驚いたように口を開ける。

 建物の上――あれはたぶん、図書室のある階だ。そこに人影があり、じっとこちらを見ているように――感じた。

「もう生徒は下校の時間です。巡回はすでに終わっているはずですが」

「伊吹、行こう!」

 近江様が説明するの遮るようにわたしは声をあげて、伊吹の手をとって走り出していた。どうせ今日李介さんは戻ってこない。いくら遅くなっても平気である。

 うう、悪い妻だ。

 しかし、もし、あれがわたしの考えるものであるなら見逃すことはできない。

 わたしがここにきた目的を果たさなくてはいけないのだ。

 門をくぐって建物に近づくと、扉が閉められていたのにわたしは大いに慌てた。鍵が閉めてあるのでなかに入れないではないか! あまりしたくないが――仕方がない。

「裏手にまわ」

「開きました」

 伊吹の言葉を無視してわたしは扉を押し開ける。

 何か言いたげな視線をかんじるがわたしはあくまで黙ってなかにはいる。薄暗い廊下を進み、図書室への道を駆けていく。正直、鍵について聞かれないことをわたしは祈っている。ここで聞かれてもわたしには答えようがない。伊吹が無口でよかったと思う。そして近江様が式神で余計なことを自ら進んで口にしないことにも感謝せねば。

 図書室までくると、わたしはぜぇぜぇと息を切らしていた。

 あ。

 図書室のドアも鍵がかかっているとしたら……先ほどと同じように鍵を開けようとして、違和感を覚えた。ここは、鍵がかかっていない?

 怪訝に思って扉を引くと、軍服の青年がじっとこちらを見て、消えた。

「伊吹、あれ」

「……入るか」

「入るわよ」

 かみさま、あなたへの助けとなるものがようやく見つかりそうです。だったら鬼でも蛇でも出て来るといい。わたしが踏みつぶす。

 扉をくぐりなかにわたしと伊吹がはいった。とたん、ぴしゃりと音をたてて扉がしまった。

 後ろにいた近江様と赤い鳥が、人の姿になる――朱雛が驚いてドアを叩いている。中に入れないのだ。音も聞こえない。遮断されている。

「朱雛……と離されたっ」

「大丈夫、伊吹のことはわたしが守ってあげるから、それに……この気配は」

 敵意をこの空間からはなく、わたしが前に出ようとして、腕をひっぱられた。

「いや、普通逆だろう」

「え? だって、伊吹、神様いないと役に立たないんでしょ」

「……アンタ、もう少し、言葉選べよ」

 これでも一応、ちゃんと選んであげているつもりだ。

 伊吹が前に出てくれたのにわたしは庇われてしまい、目をぱちくりさせる。

「これでも俺だって体を鍛えてるんだ。それに、ここは陰陽師が作った空間だから下手なことは出来ない、って聞いた」

「うん?」

 何が言いたいの。

「それでどうしてこんなことができるんだ」

 それは、たぶん。

「普通ではないから、かしら?」

「たとえば」

 わたしは口ごもり、じっと伊吹を見上げる。伊吹の黒い瞳が不思議そうにわたしのことを見ている。

「行き過ぎたものよ」

 わたしの口にするそれは、人や物の思い、または言葉、なにもかも、行き過ぎたものは結局破滅を招く。

 わたしは、手を叩いた。

「いい加減、出てきなさい。答えなさい、しゃべりなさい。語りたいなら語りなさい。お前様の言葉、お聞きしましょう」

 静寂。

 空気がなまあたたかくなった。

 伊吹とわたしは再び顔を見合わせる。

「何が見える」

「あっち」

 わたしは伊吹の手をとって本棚の一角まで来た。目の前の棚に手をのばして本をとろうとするが、あと数センチ届かない。それは決して私がちびだからじゃない。

 見かねて伊吹が本をとってくれた。

「これか?」

「うん。開いて」

 伊吹が本を開く。そして、ぱらりと紙が落ちる。わたしと伊吹が手を伸ばしてとると、それは封筒だ。宛先も、送り名もない。

 伊吹は躊躇いなく、封筒の中身を取り出した。

 一通の紙には絵が描いてある。

「なんだこれ」

「……恋文よ」

 わたしは言い返した。

 そのとき、扉が開く音がして振り返ると朱雛様と近江様がいた。二柱が不似合いな間抜けな顔をしているのは予想以上にあっさりと扉が開いたせいのようだ。

 わたしと伊吹は顔を見合わせる。

「これを見つけさせたかったのか」

「たぶん」

 わたしと伊吹はため息をついた。

「おーい、伊吹、大丈夫なのかよ、なぁなぁ」

「扉が唐突に開きましたが、これは」

 伊吹が口を開こうとしたとき、わたしは自分の限界を悟って、ぱたりと倒れる。

「おい、大丈夫か」

「体に、力がはいらないの。目がぐるぐるする」

 ぐぅ。

 おなかが鳴った。

 あ、もう無理――世界が真っ黒に染まる。

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