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学園ハプニング 4

「わたし、その、お家の事情で、実は、半時間しかここにいないの」

「半時間? けど、生徒なら問題ないよ」

「そ、そうじゃなくてね。いろいろとあって三時間だけで、そのあとは家の仕事をしなくちゃいけなくて」

「家の仕事……そっか。うーん」

 わたしの言葉に紺ちゃんが、唸り始める。わたしはあえて言葉は少なく言い返したのは、これで紺ちゃんがあれこれと勝手に考えて先ほどの部活にはいる、という発言を撤回してくれればと願ってのことだ。

「いいよ。幽霊部員でもオッケイ! 許す。仕方ない。この際、別に幽霊部員でもぜんぜん気にしない。ううん。気になるけど、アタシと小日向ちゃんの仲だし」

「ふぁ!」

 どういう仲だ! それにどうしてそんなにも無駄に前向きなのだ? わたしは唖然としてしまった。それに、と紺ちゃんがつけくわえはじめた。

「土曜日とかの半日授業の日とか、どう? 集まれない?」

「それは……家の人と相談しないと……」

「そっか。けど、考えてくれる?」

 ああ、やんわりと角を立てずに断るつもりなのに、日本人の悪いところはきっぱりと断れないところである。わたしはうう、と唸って。ため息をつきながら李介さんの顔を浮かべた。

「相談、してみる」

「わーーー! さっすが、やさしい。ちょうやさしい。本当にやさしい。ありがとう、ありがとう。本当にありがとうっ」

 この笑顔と感謝を受けると、李介さんにダメ、と言われたときのことを想像して既に胃がしくしくと痛みはじめてしまった。

「それじゃあ」

 このまま逃げよう。ここにいて感化されてはたまらない。それに家に帰ったら掃除やお洗濯が……しかし、がしっと手を握られてしまった。

「じゃあ、体験しようか。今日は」

 わたしは、きょとんとしてしまった。

「家の用事って何時までに帰りたいの?」

「えーと、出来たら三時くらいには」

 帰れないと覚悟したわたしが観念して告げるのに、うむうむと吟味しはじめた紺ちゃんが

「よし、急いで説明するね。実は、アタシら、巷を騒がせる怪人を追いかけてるの」

「怪人?」

「辻神ってやつよ! なんか、隠し事や秘密にしている場所に現れて、その秘密を暴いて世間に晒すってやつ。最近、新聞で大賑わいでしょ? 知らない?」

「ツジガミ」

 わたしはぼんやりと言い返す。それに紺ちゃんがそうそう頷く。

「あいつを追いかけるのっ」

「けど、警察とかは? わたしたち、学生が」

「もちろん動いてるよ。話では、うちの学校の先生たちも動いてるって話だもん」

「先生が動いてる?」

「あれ、知らない? うちの学校の先生たち、みんな軍にはいってるんだよ。憲兵だから、一応、警察でもあるんだって」

 知らなかった情報だ。いや、けど、それを思えば鼠騒動のときに警察ではなくて李介さんの同僚さんたちが来たことに納得がいく。

 そうか、神がこの世に現れて事件を起こすこともある。それに対応するのは普通の警察では無理なのか。

 なんとなくだが、納得していると

「あの怪人が人か、神かわからないけど……捕まえるとか難しくても、最新のニュースをお届けするその努力は惜しまない、それって大切じゃない?」

 なんだか志が高いのか低いのかいまいちよくわからないが、とにかく紺ちゃんは新聞部をしたい熱意は通じた。

 それに巻き込まれている暇がわたしにあるのか――否、ない。

 わたしはちらりと千里様と伊吹を見ると二人ともしれっとした顔をしている。つまり紺ちゃんにみんな巻き込まれているのか。

 黙っていると紺ちゃんが地図を広げて、怪人の出現したところなどを印をつけているし、なにがあったのかをメモしているという。なかなかに時間と手間のかかった作業をしっかりとしている。

「そんなわけで、そこらへんを重点的に調べてみて、あいつの出るパターンを知ってちょっとでも可能性のあるところにすっ飛んでいけないかなって」

「はぁ……けど、これ、わたし、お手伝いできる、かな」

「出来る。出来るよ! だって、小日向ちゃん、わかるんでしょ? そのカンって、近づいていけばいいんだよね? レーダーとかみたいなの?」

 誰がレーダーだ。失礼な。わたしを探索機械みたいに言わないでほしい。ぷんすこである。 

 わたしは腕組みをしてむむっと唸った。それにあれはカンというか、感覚的なもので、決して万能ではないし、わかるかというと微妙。紺ちゃんの役に立てるのか本当に自信がない。わたしが不安そうな視線を向けると。ぎゅっと手を握られた。

「最悪、部員数だけでも協力してもらったら嬉しいから、本当に、お願いね~」

「わかりました。うん。ただ、あの、今日は、わたし、宿題があって、それで、そっちもしなくちゃいけなくて」

「宿題?」

「うん。式神を作らないといけなくて、それがわたし、どうもわからなくて」

 卑怯にも逃げた言い方をしてしまったが、まだ出会った数時間の相手に自分の弱さを晒せるほどわたしは大人ではない。

「よし、それ、捜そう。図書室で」

「へ」

 真顔で紺ちゃんが言うのにわたしはびっくりした。

「だって、困ってるんでしょ? ごめんね、アタシたち、式神とかまったくわかんないけど、図書室の本とかにあるんじゃないかな? って。図書室の使い方も知らないんでしょ?」

 わたしはこくんと頷いた。

「じゃあ、教えてあげるね。ほら、助け合い、助け合い! あとさ、アタシらのことは気軽にちゃんづけしてよ? ほら、アタシは紺ちゃん、こっちは千ちゃん。あー、伊吹は伊吹だわね」

「おい、まぁ、そっちのほうが慣れてるけどよ」

「俺は俺らしい」

 紺ちゃんは、強引だが、決して悪い子ではないようだ。わたしは肩から力が抜けて、くすくすと笑って頷いていた。


 黙っている伊吹と狐たちにもふられている千ちゃんを連れて図書室の門をくぐると、見た目よりもずっと広い空間にわたしは驚いて目を瞬かせていると

「図書室の先生、陰陽師でね、空間をねじってるんだって、詳しくは知らないけど、そういうことができるんだって。あ、先生は見たことないけど、すごい人らしいよ? それでね、この図書室では悪いことすると即ばれするから、気を付けてね」

「ほぉ」

 ちらりとみると受付カウンターには真っ白い式神がいて、生徒たちが差し出す本の処理を行っている。

「まずはね、ここに学科とか登録して、そんでカード作って、そのまま本もってきたら六冊まで借りれるんだよ」

 なんと楽で、すごいのか。こんな膨大の知識と本を借りる権利がこんなにも容易く手にはいるなんて! 学生というものになってよかった!

 わたしは目をきらきらさせてしまったが、紺ちゃんが差しでしてきた用紙にぎくりとした。名前を書く欄がある。わたしは鉛筆を差し出されて握りしめたままかたまった。ど、どうしよう。どうしよう、頭のなかが熱くなって、ぐるぐるしている。胃がきゅっと痛む。

「どうしたの、小日向ちゃん」

「え、あ」

 どうする。本当のことを口にする? けど。

「俺のカード使うか?」

 冷や汗をにじませているわたしに伊吹がぽつりと口にした。

「俺もカード作ってなかったし、今後のためにも作るから、それ使っていいぜ」

「確か、カードの間借りってだめだったんじゃないの?」

 と紺ちゃん。

「俺がカードを持って借りる。そうしたらアンタ、図書室に行くしかないし、俺らに借りがあるから逃げられないだろう」

 さらりと脅す言葉にわたしは目をぱちぱちさせる。そうしている間にわたしの手のなかの用紙と鉛筆をとって伊吹が名前を書き込んで受付に向かって、カードを作ってしまう。ものの三分もかからず青い真四角なカードを持った伊吹が、んと差し出してきた。

「六冊、式神を作る陰陽の本を探せばいいんだろう。千と紺はあっち。俺とアンタはあっちから探したら早いんじゃないのか。ほら、時間、限られてるんだろう」

 手をとられてひっぱられる。返事もしてないのに力強い。わたしは伊吹のあとにつづいていく。後ろを見ると紺ちゃんが手をひらひらふって千ちゃんと指示された棚を調べてくれている。

「あの、伊吹、わたし」

「文字、書けないのか」

 躊躇いもなく切り込まれたのにわたしは降参した。

「……わかるの?」

「アンタ、すごく追いつめられてる顔してたからな。そういうのはなんとなくわかる。俺、自分の気持ちとかいまいちよくわからないから他人のそういうのよく見て、あ、困ってるな、とか怒ってるなとかはわかるんだ」

 伊吹はもうわたしを見ていなかった。棚を見て本を探してくれている。わたしはその横に立った。有無を言わさない強引さは、気を使ってくれた結果なのだ。彼なりの優しさが伝わってくるのに本当はお礼を言いたいのに、なんだか癪に障る。誰も助けてくれなんて言ってない、いや、助かっているけど素直になりたくない気分だ。なんだ、この気持ちは。

「あった。陰陽についてって本、これとか」

「う」

 なかなかの分厚い本にわたしはぎくりとした。

「一応、初級とか、入門とか書いてるから、アンタ向きだと思う。あとは家に帰ったら読むだけだけど、読めるか?」

「たぶん、読む方法は、あると思う」

 李介さんにお願いするか、朧月様に言ったらなにか方法を教えてくれる、かもしれない。

「式神についてのことも目次みたら書いてた」

「……うん」

 本当はありがとうと言うべきなのだろうけども、わたしの口はあまのじゃくにもむっつりと吐き捨てる。

 本を両手で受け取って胸に抱くとふと視線を向けた。

「ねぇ、この図書室に昔のお話とか置いてるところある?」

「昔の話? ……たとえば歴史とか? 偉人とかの?」

「ううん。そういうのではなくて」

「あー、歴史小説とかか? たしか、娯楽の本とかも置いてるはずだけど」

「ええっと、あのね、……昔話はないの?」

 わたしの必死の問いかけに伊吹が顔を曇らせる。それは李介さんの時に見たものと同じ。わたしは、再び底のない絶望を味わう。

「むかし、ばなし?」

「そうよ、その地方の……御伽噺は?」

「おとぎばなし? なんだ、それ」

 わたしは口を開いて、強くむ唇を噛む。本を握る手に力をこめて、緩める。低く息を吐くと首を横に振った。

 落胆してはいけない。けれどひどく苦しくて、悲しい気持ちが押し寄せてくる。たぶん、これは怒りだ。激しい怒りと絶望だ。

「……ううん。なんでもないの。ごめんなさい。この本だけ、あと、あのね、絵がいっぱいの本はある?」

「絵本とか?」

 わたしは頷いた。

「だったらこっちにある。なんか学科によっては保育の知識とかいるって聞いたから」

 伊吹に案内されて小さな棚にいくと薄い本がいっぱいあったのにわたしは手を伸ばして、一冊を開くと鮮やかな色の絵本だ。それを二冊、ほぼカンで選んで伊吹に渡した。

「借りてくる」

 ぶっきらぼうな伊吹を見送って、わたしは自分の覚えた違和感の正体に確信を持てた。

 この世界には昔話がない、御伽噺もない。

 一体、どうして。

 疑問や居心地の悪さを感じてお尻がなんともむずむずしてしまうかんじにわたしは疲れも覚えて伊吹が借りてくれた本を受け取ろうとして、ひょいと奪われた。

 なんで?

「俺の話、聞いてもらう番だな」

 真顔で本を人質にとって伊吹がそんなことを言うのでわたしは呆気にとられた。あ、これ、まだ帰れない。

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