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とある女の罪悪について

 どうして、こんなことになったのか必死に考えるが、理解が追いつかず、何もわからなかった。

 ただ唯一、ひとつだけ、わかったことは大切なものが奪われたということだ。


 真っ白い雪。なにもかも銀色に染めて、世界が冷たく、美しいと思わせてくれる、白。

 はらはらと白が零れ落ちて、広がっていく。

 世界は美しく、静謐で、どこか、脆い。

 そのなかでぼんやりとしていた女はよろよろと起き上がり、自分だけがこの世界で異様だと気が付いた。

 はじめて知ったその心をなににたとえたらいいのか、言葉が足りない。さがしても、さがしても。ちっとも見合うものがない。

 泣きたいような、叫びたい気持ちだけが心のなかで疼いて、衝動的に駆け出しそうになったが足に広がる痛みのせいでそれもままならない。見れば足首が斬れている。溢れる自分の赤が、白を染めて、穢しているのだと理解する。

 自分の前に立つ者がひどく悲し気に視線を向けてくるが、それがひどくうっとおしかった。さくっと雪を踏みつぶす音が響き、重い静寂に飲み込まれ、沈んでいく。

 女はただ声にならない言葉を抱えて、項垂れる。

 いつまで、そうしていたのか。

 生きることを忘れたままでいれたらよかったが、女は動き出した。

 白く凍る息を吐きながら立ち上がり、ずりずりと進む。

 奪われた。

 絶対になくしてはいけないものが。

 奪われた。

 この世で最も価値あるものが。

 奪われた。

 奪い返さなくてはいけない。

 自分は生きていてはいけない存在だ。だから死んでもいいが、その前にひとつだけしなくてはいけないことがある。

 奪われたものを必ず奪い返す。

 震えるのは憎悪のせいか、寒さのせいか、それとも、もっと別の、言葉に出来ないもののせいかはわからない。

 それでも進む。

 一度立ち止まり、空を見ると重い灰色の雲のなかに、小さな光が見えた。曇の隙間にこぼれる星の光は柔らかく、この世界の美しさを思い知らされる。

 女はそのとき自分がひどく傷つけられたのだと理解した。

 声もなく泣きながら願った。

 救われたいという気持ちをこめて。

 奪われたものを奪い返す。そのためなら、なんだってしよう。

「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい」

 絞り出した声はか細く、頼りなくて、誰にも届かないが、それでも女は謝罪を口にせずにはいられなかった。

 生き残ってしまった罪悪が胸を焼いて、言葉を無力にする。


 かみさま、ごめんなさい。わたしは、ニンゲンに恋をしました。

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