11話目 前半 腕輪
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「……ん?」
徹夜明けのような重い瞼を開き、目を覚ます。
たしか俺はマルスたちと一緒に九尾と戦おうとして……目をが会った瞬間に意識が……
「っ!」
直前に何があったかを思い出し、急いで起き上がる。
「おや、眠姫が起きたようだよ」
「ああ、そうだね。おはよう、ヤタ君」
「……あ?」
思わずそんな声が漏れてしまう。
眼前で俺の名前を呼んだのはマルスとルフィスさんだった。
「ここは……」
周囲を見渡すと木々が生い茂る森とダンジョンの入り口があった。
まるでさっきまでの戦いが夢だったかのような気分になってしまっていた。
「ダンジョンの入り口、僕たちは戻ってきたんだよ」
ルフィスさんがそう言いながら、湯気の立つ暖かそうなものが入ったコップを「はい」と差し出してくれる。
俺はそれを受け取りながら、色々と疑問が浮かぶ中で俺は一番気になることをマルスたちに聞くことにした。
「……なんでそいつがいるの?」
「や♪」
俺とマルスとルフィスさん、そしてなぜか知った顔の奴がもう一人いる。
赤紫色のサイドテールをした少女、グロロだった。
「本当は合流する気はなかったんだが……この人たちの勘が良過ぎるおかげで捕まってしまったよ。ああ、そういえばまだ名乗ってなかったな」
グロロはそう言うと俺の方に向かって人差し指を口に付けて「静かに」のジェスチャーをする。まぁ、こいつがグロロだって知ってるのは俺だけだもんな。
……でもなんでこいつらに捕まってんだよ?
「妾はロロ。こんな形をしているがお前さんたちよりは年上だ。さっきはこの男たちにダンジョンに迷い込んだ子供扱いされてここまで連れてこられたがの。ああ、あとそこのヤタとは顔見知りだ」
どうやらただの勘違いと偶然だったらしい。
最後に会ったのが数日前で、しかも「その日を楽しみにしてるぞ」なんて強敵感を出しながらどこかへ行ったせいで当分は会わないと踏んでいたのに、何とも呆気ない再開だ。
にしても「ロロ」か。
グロロの後ろ二文字から取ったんだろうが、意外とその容姿に合った可愛らしい名前だな。
というか姿を変えられるって割には前と同じ姿なのはなんでだ?気に入ってるのか?よくわからん。
「へぇ、こんな可愛らしい少女とも知り合いだったんだね、君は。ララちゃんやレチアちゃんといい、結構モテるじゃないか」
マルスが笑いながらそう言う。強くてイケメンのこいつに言われると余裕ある強者の皮肉って感じで腹が立つんだが。
「あいつらともこいつともそういう関係じゃねえよ。変なこと言うな……じゃないと他の冒険者にお前らの関係をあることないこと吹き込むぞ」
「それは困――」
「ぼくは構わないよ!むしろウェルカムだ!」
「「「…………」」」
苦笑いのマルスの言葉を遮り食い気味に答えるルフィスさん。
どうすんだよ、微妙な空気になっちまったじゃねえか。
「あぅあ……」
「……赤ん坊の声?」
今まで気付かなかったが、赤ん坊が俺の膝に乗っていたのに気付いた。
……え、何これ。
しかもよく見ると赤い髪に獣耳が生えている。
それを見て鮮明になってきた頭で思い出し、どことなく人型になった九尾の面影があることに気付く。
そんな九尾らしき赤ん坊が親指をおしゃぶり代わりにちゅぱちゅぱと音を立てながら口に咥えて俺を見ている。
「こいつは……」
「九尾、らしいよ。アナさんが言うにはね」
マルスがそう言い、一瞬誰のことかと思ったが、すぐに俺の頭の中でいつも喋っているアナさんのことだと理解した。
なんでこいつがアナさんのことを知ってるんだ?俺は誰にも話したことがないはずだが……
俺が疑問に思っていると、マルスたちが事の経緯を話し始めた。
「……つまり、俺の代わりにアナさんが表に出て動いてたってわけか?」
「そういうことになるね。二重人格ってああいう感じなんだなって勉強になったよ」
厳密には違うが、似たようなもんだし別に訂正しなくていいだろう。
【八咫 来瀬の意識が不明になってしまったため、緊急の処置を実行しました】
頭の中でアナさんがそう言う。そんな能力ありましたのね、あなた……
それに本当の名前ってアナザーシステムって言うんだな。どっちにしても「アナさん」になるから呼び方はそのままでいいのが助かる。
「んで、そろそろ俺が目を覚ますからって引っ込んだと……まぁ、そこまではわかったが、それでこいつをどうするんだ?元九尾だろ?」
「それなんだけど、君の判断に委ねたいと思って」
こいつ……面倒事を人に全部ぶん投げる気か?
「おい、なんで俺なんだよ?前に話したことがあっただろ、こちとら養う奴が多いんだって。変な面倒事を押し付けようとするなよ」
「うーん……じゃあやることは一つしかないかな?」
マルスはそう言うと大剣を握り、その剣先を赤ん坊に突き付ける。
「……何の冗談だ?」
「え?だってその子は九尾なんだよ?僕だってさすがに人の形になった赤ちゃんに剣を突き刺して何も思わない人間じゃない。もし君がその子を庇うというのなら、僕たちは今日ここで見聞きしたことを忘れよう。でもそれが無理だというのなら、ここで終わらせる。その方がみんなのためになるしね……」
後半のマルスの言葉は自分に言い聞かせているような気がして、「仕方ないけどそれが正しいんだ」とでも言いたげに辛そうな表情をしていた。
恐らくこいつ自身は心の底では踏ん切りがつかないのだろう。
だから代わりに俺に選択権を与え、もし殺すという判断を下したのならマルスがやろうとしたのだ。
マルスは人気者だ。だからみんなから慕われてるし、こいつ自身もその期待に応えようとしている。
たとえそれが意に反するものだったとしても、場の空気に沿った答えを出そうとする。
……マルスよ、やっぱり俺はお前のことが嫌いだ。
「……じゃあ俺が育ててやるよ」
「え……?」
「いいのかい、ヤタ君?今回は誰も傷付かなかったけれど、それが力を取り戻せば今度こそ被害が出るかもしれないよ」
マルスは驚いて固まり、ルフィスさんは神妙な顔で警告を促してくる。
その横でグロロ……もといロロが意味深に笑ってるのが気になるが……
「一応俺にも考えがある。だからさっきお前が言ったように、今日のことは全部忘れてくれ」
「……任せて、いいんだね?」
念を押すように言ってくるルフィスさんに俺は頷いた。
「……ま、信じてくれと言うには保証も根拠もないがな。だからもしお前らが信じられなくてどうしてもこいつを殺したいって言うならやりたいようにやればいい。俺から奪って殺すなんて、お前らの実力があったら赤子の手をひねるくらい簡単だろうしな」
疲れて少し投げやりな言い方をしてしまったが、マルスたちはしばらく考えたあとに首を横に振った。
「君には命を救ってもらった恩があるからね。全部じゃなくても十分に君を信頼できるさ」
「僕もさ♪男の子を見る目は人一倍あると自負してるからね!」
相変わらずシリアスな雰囲気をぶち壊すようなことを言うルフィスさんの言葉を最後に、その話は決着した。
「そうそう、二つ君に聞きたいことがあるんだけど」
面倒な話題が終わったと思ったら、またマルスが何かを気にし始める。
「なんだよ……そろそろ帰りたいんだけど」
「ごめんごめん、まだモヤモヤしてることがあってね。今聞いておかないと僕が寝れなくなりそうなんだ」
若干の申し訳なさを顔に出してそう言うマルス。
知的好奇心旺盛なこって。というかルフィスさん的な意味で興味を持ったとかいう話じゃないよな?
やめろよ、これ以上ルフィスさんが増えるのは勘弁願いたい。
なんて思っていたが、マルスの方が何か唸って悩んでる様子だった。
「えっと、どう聞けばいいのかな……聞き方の言葉が中々見つからないんだけど……」
「だったらまた今度でいいだろ。思い出せないからって待つくらいなら本当に帰るぞ?」
「ああうん、わかってる。できる限り言葉を頭の中で整理するから大丈夫」
マルスがそう言うとすぐに真剣な表情になって俺の顔を真正面から見つめてくる。
「九尾と戦った時、君は一度死ななかったかい?なぜこうして何事もなく生きてるんだ?」
「――――っ」
聞いてほしくないと思っていたことを普通に聞かれてしまった。
色々あったし、誤魔化して突き通せると思ったんだがなぁ……
年貢の納め時、という言葉が頭の中を過ぎった。
「あとその腕輪はなんだい?このダンジョンに入るまでは付けてなかったよね」
「ちょっと待ってくれ。最初の質問内容のカルチャーショックがデカ過ぎて余裕がないんだ」
なんでよりにもよって答えやすいはずの質問をその後にするんだよ……答えたくてもそれどころじゃないんだけど!
ここで正直に答えたら九尾よりも化け物扱いされて俺が討伐されかねないんだが……
「マジックだ」とか言って誤魔化すか?でも証拠見せてみろって言われても切断マジックしか見せられないからすぐにバレるか?
……まぁでも、九尾の情報を共有してるこいつらなら……なんてちょっと血迷っちまうのも仕方ないよな。
「えー……んじゃまぁ、見てもらった方が早いからダンジョンに戻るぞ」
「あ、じゃあ妾はこれにて。また会おう」
あ、そっか。そういえばいたなお前。
濃い奴の相手ばっかしてるから存在を速攻で忘れかけてたわ。こいつもそれなりに濃い性格してるんだがな。
……「また会おう」か。今回みたいにまたどっかでひょっこり会いそうだ。
するとそのままどこかへ行くと思われたロロが近寄ってきて耳打ちしてくる。
<hr>
ダンジョンに入って間もなく、強そうな岩の魔物が現れた。よくゲームに出てくる見た目だし、ゴーレムみたいな類だろう。
「んじゃ、お前らはただ見ててくれ。危ないと思っても手を出すなよ」
「わかった♪」
「……気を付けて」
「気を付けるさ、俺は俺が誰よりも慎重だと自負してるからな」
軽口を言いながら魔物に向けて歩く。
メリーが言うにはたしか、腕輪にあるボタンを押して赤色のランプが緑になれば起動、付けてる右腕に意識を集中させれば発動させることができる、だったか。
カチリと上下式のボタンを動かし、赤色が緑になったのを確認する。
魔物も俺を敵だと認識したのか、近付きながら腕を振り上げた。
さて、起動するとは言っていたが、何が出るとは聞いてなかったな。
とりあえず奇跡の代わりになるってんだから遠距離だろ。
そう思ってなりふり構わずに腕輪を付けた腕を魔物に向けて集中する。
俺なんぞを表面だけで覆えるくらい大きな拳が目の前に迫ってきてるが、俺の場合は気にしなくていいだろ。
「ヤタ君!」
マルスが心配してるのか、俺のことを呼ぶ。
心配するなって言ってんのにな……つーか集中乱れるから声かけんな――
ボンッ!
「――何?」
突然、目の前で爆発が起こり、腕輪を付けていた俺の右腕が吹き飛ぶのだった。




