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10話目 前半 アナザーシステム

 ぼとりと音を立ててマルスたちの前にヤタだったモノが落ちる。

 人間の片腕。今し方八咫 来瀬だった人間の破片。

 それが力無くマルスたちの足元へと落ち、それが彼らを呆然と脱力させた。

 ヤタを「面白くて少し強い人間」と認識していた彼らからすれば衝撃の光景だった。

 もちろん強いと言っても彼をマルスたちが守りつつというのが大前提でという話であり、マルスのプロテクトは並大抵の威力では撃ち抜くことはできないからだと自負していたからだった。

 しかし彼らの考えは甘かったと思い知らされていた。


「くっ……来るよ、マルス君!」

「っ!」


 ルフィスの言葉に現実へ引き戻されたマルス。

 直後、そんな彼らに九尾が尻尾を振り下ろして潰そうとし、二人は上から降ってくるそれを踏ん張って防いだ。

 ――パキン

 するとプラスチックが割れたような音がなり、マルスたちの体を覆っていたプロテクトが消えてしまう。


「僕のプロテクトが一撃で……!」

「それにさっきよりも格段に速い……ねっ!」


 ルフィスは防ぎ止めていた尻尾に拳を一撃入れ、マルスもまた受け流した。

 予想外の強敵。だが多くの経験を重ねていたマルスたちからすれば、この状況などよくあることだった。

 ただ一つ気掛かりがあるとすれば、運悪くそこにヤタを誘ってしまったことだろう。

 とはいえ、それでマルスたちが取り乱すわけでもなく、冷静に九尾の技に対処していた。

 九尾が先程までよりも激しい猛攻を始めたにも関わらず、二人は冷静に見定めて避け、防ぎ、反撃する。


「……今までと変わらない。今目の前にいる敵を倒して、泣くのも悔しがるのもその後でいい……」


 マルスは自分に言い聞かせるように呟き、振られた九尾の尻尾を斬る。

 一度は硬さ故に弾かれたが、今度の一撃は刃が通り、長い尻尾を半分にした。


「オオォォォォォッ!?」


 尻尾を斬られた九尾は悲痛な叫びを上げ、眉間を歪ませてマルスたちを睨む。

 九尾は無くなったもの以外の尻尾を八本、その先を前方に集めてエネルギーを収束し始めた。


「これは……」

「マズイ――」


 そして発射までの時間は短く、玉状になっていたエネルギーはすぐに光線として放たれた。

 マルスはスレスレで回避に成功し、ルフィスも肩を掠めながらも避けることができた。


「《キャノン》」


 ――ズドンッ!

 ルフィスが大砲でも放ったかのような素早い拳を九尾の腹部に打つ。


「……ッ!?」

「《聖剣カリヴァーン》!」


 馬鹿力と呼ぶべき威力で持ち上がった九尾の体へ、さらに追い討ちをかけようとより上空でマルスが大剣を掲げる。

 その剣先から眩いほどの光を放ち、そのまま振り下ろした。


「ガアァァァァァッ!」


 直撃した九尾は勢いよく地面へと叩き落とされた。


「やったかな?」


 地面へ着地したマルスと並んで言うルフィス。


「だといいんだけどね……」


 心配そうにそう言い、先程までヤタの片腕が落ちていた場所を一瞥するマルス。そこにはもうすでに片腕すら残っていなかった。


(……戦いに巻き込まれてどこかへ飛ばされてしまったか……ごめんよヤタ君、君を守ってやれなくて……)


 悔しさで拳を力強く握り、表情を歪ませるマルス。

 それを見たルフィスも彼にかける言葉が見つからず、ただ黙って正面を向いた。


「……えっ?」


 そして「ソレ」を見たルフィスが驚きの声を漏らす。

 その声を聞いたマルスもルフィスに視線を向け、釣られて正面を向いた。

 すると煙が立ち込める中に先程よりも小さくなった尻尾のシルエットが見え、同時に人影があった。

 歩くような音と共に中から現れたのは九本の尻尾を生やし、赤い眼と髪をした裸体の女性。

 それは九尾が獣の姿になる前と同じ容姿だった。

 その女性の影からシュルシュルと黒いものが体に伸びて覆い、薄い服のような役割を果たす。


「力が無くなって人型になったのかな?」

「……いいや、これは――」


 マルスは彼女から苦しいほどの威圧感を感じていた。

 次の瞬間、彼女の残り白い部分も赤くなり、マルスたちの見ていた景色がぐにゃりと歪む。


「……え?」


 マルスは辺りを見渡す。

 そこにはルフィスも九尾だった女性もおらず、ただどこまでも続く草原が広がっているだけだった。


「ここは……」


 今までいた場所とは明らかに違う風景にマルスは動揺する。


「幻覚?……いや、風や地面の感覚がハッキリしてる。どこかへ飛ばされたのか?僕はたしかにさっきまで……あれ?」


 汗を流し、フラリとよろめき頭を抱え出す。


「……僕は今まで何をしていたんだ?」


 記憶が混濁して混乱していた。

 たった今まで自分が何をしていたのかすら思い出せずにいる。

 それが恐怖となり、焦りを生み出してマルスは走り出した。

 どこへと続いているかもわからない草原をただ走るマルス。

 すると前方に突然巨大な何かが現れ、ポスンと優しくぶつかる。


「あらあら、そんなに走ったら危ないわよ?」


 優しい声が彼の耳に届く。

 マルスが見上げると、優しく微笑む女性が彼を見下ろしていた。


「……母さん?」


 驚いた表情で彼女を見るマルス。


「『母さん』じゃなくて『ママ』でしょ?まー君♪」


 女性はそう言うとマルスを軽々と持ち上げた。

 そしてマルスの姿も子供のものとなっている。

 これは……マルスの幼い頃の記憶だった――


――――


「あ……う……」

「か……さん……」


 ダンジョンのボス部屋、その中でマルスとルフィスはその場で立ち尽くしていた。

 マルスが最初に推測したことは合っていたのだ。

 九尾からの精神的な攻撃、幻術を二人は見せられている。

 しかしそれは脳に直接働きかけ、記憶さえあやふやにして現実との境目をわからなくしてしまうという恐ろしいものだった。

 マルスは母との幸せな記憶を、そしてルフィスもまた己の記憶にある幸せな場面を切り抜かれ見させられていた。

 人間は誰であろうと幸せを感じていたいと思うものである。

 特に、今となっては手に入らないものであれば尚更。

 マルスは今は亡き母との再開、ルフィスは拒絶され続けていた家族との抱擁を。

 二人にとってそれぞれ甘く、幸せで、残酷な夢を見せられていた。

 夢を夢とも思わせない術中に嵌ってしまっているマルスたち二人に、九尾だった女性がゆっくりと近付いていく。

 彼女が持つ尻尾の一本一本それぞれが意志を持つ生き物のように「キュルルルルル」と鳴き声に似た音を出し、先端を尖らせてマルスとルフィスに向ける。

 そうして女性は殺意の篭った笑みを浮かべる。


「おい、待てよ」


 マルスたちは為す術もなく殺される……そんな状況で九尾に声をかけた人物がいた。

 目を見開いて振り返る九尾。そこには自分が殺したはずのヤタが立っていた。

 五体満足、服すら破れていない彼の姿を見た九尾は警戒して尻尾の毛を逆立てる。


「……そこの二人が動かないのはお前がなんかしたのか?さっさと元に戻せよ」


 ヤタが短剣の剣先を九尾に向けて威嚇する。

 九尾はなぜヤタが生きているのか理解できず、歯軋りをした後に獣のような声を上げて尻尾を彼に向けて伸ばした。

 マルスたちのレベルでようやく反応ができる速さの尻尾の攻撃をヤタが避けることは難しかった。だが彼にとってそんなことはどうでもいい。


「……聞こえなかったのか?」


 呆気なく心臓部を貫かれてしまったヤタを見て「やった」と感じた九尾は余裕の笑みを浮かべようとしたが、声を出し動き始めた彼を見てしまった九尾は背筋を凍らせる。


「解放しろ」


 ヤタが怖がられないようにかけているグラサンが地面に落ち、腐った目を九尾に向け低い声で一言だけ放った。

 睨むことによりより一層増す謎の威圧感に九尾がたじろぐ。

 しかし九尾はそこで立ち止まり、先程と同く目を赤くさせてヤタを睨む。


「っ……あ……?」


 そしてその目を見てしまったヤタもまた、景色が揺らぎ体中の力が抜けて幻術に陥ってしまう。

 俯いて項垂れるヤタの様子を見て九尾はホッと息を吐く。


【宿主が戦闘状態中に半覚醒状態であることを確認。緊急処置を行います】

「っ!?」


 すでにこの場にいる全ての者には幻術をかけたにも関わらず、四人目の声が九尾の耳に届いた。

 バッと周囲を見渡す九尾だが、その声の主の姿が見当たらない。

 続く奇怪な現象に九尾の女性は「フーッフーッ」と荒い息遣いをしながら歯を剥き出しにする。


【体の主導権を獲得。オートモードに切り替わります】


 再び聞こえた声。

 声のした方を見るとヤタが虚ろな目で九尾を見つめていた。

 それはいつもヤタが「アナさん」と呼んでいる者の意志だった。

 彼が幻覚に囚われず意識が覚醒しているのを、そして風穴を開けたはずの心臓部が元通りになっているのを見た九尾が体を震わせる。


【「鑑定」九尾の体内で蔓延るウイルスの割合……8%以下。遠隔による完全操作は無効。限られた中から手段を選択……負の感情を増加します】

「っ!?」


 九尾の震えがさらに増す。

 恐怖の感情を無理矢理に増幅され、強制的に怯えさせられてしまっているのだ。

 九尾はたじろぎ、ヤタに向けて鋭くした尻尾を銃弾のように放つ。

 ヤタは避ける素振りも見せずに七つの尻尾の攻撃を受けた。


【……九尾の一部が体内への侵入を確認。直接捕食します】


 ヤタの口からアナウンスが聞こえると次の瞬間、ヤタの体を貫いていた残り七本の尻尾が全て食い千切られる。


「ギャアァァァァァッ!?」

【高レベルな相手を多く捕食したことにより急激なレベルアップをします。ウイルスLvが20→35になりました。ボーナスポイントを含め、全てをステータスへ割り振ります。一定レベルを超過しました。――が可能になります。宿主の任意によりいつでも――が可能になりました】


 誰かに言うでもないお知らせのような言葉を淡々と機械的に口にするヤタ。

 尻尾を全て食い千切られた九尾は完全に恐怖に飲み込まれ、マルスたちなどには目も向けず出入口に向かって走り出した。


【……敵の戦意喪失、逃亡を確認。戦闘状態を解除します】


 そう口にするとヤタは周囲を見渡す。


【個体名「マルス」及び「ルフィス」の幻術による半覚醒状態を確認。強制的に覚醒を促します】


 ヤタはゆっくりと二人に近付き、それぞれの頭に手の当てる。


「「……はっ!?」」


 その数秒後、マルスとルフィスは同時に目を覚ます。


「……ここは?」

「僕はなんで身体がこんなに大きく……いや?」


 短い時間で長い夢を見ていた二人は、記憶が混濁して目を覚ました現状が理解出来ずにいた。


「……ヤタ、君?」


 マルスがヤタの顔を見て、ここまでのことをゆっくり思い出して彼の名を口にする。


【否定します。現在の「八咫 来瀬」の意識は現在休眠状態にあります】

「なっ……!?」

「……君は何者だ」


 ヤタからヤタではない声が発され、マルスは驚きルフィスは笑みのない表情で冷静に聞き返す。

 その声で彼がヤタでないことを理解したマルスたちは警戒して構える。

 周囲にはあの九尾の女性が見当たらない。

 それにヤタは確かに彼らの目の前で死んでいる。

 ヤタが全身バラバラにされても生き返ることを知らないマルスたちが立てられる推測は、彼が九尾である可能性だった。


【自分は八咫来瀬を補助する役割を担う者、アナザーシステムです。現在、彼の人格の代わりに肉体操作を行っております】


 ルフィスの質問に答え、襲ってくる様子もないヤタの様子にマルスたちは互いに顔を見合せ、一旦構えを解く。


「それじゃあ……さっきまで僕たちが戦っていた魔物は?それとヤタ君は本当に無事なのか?あの時はっきりと彼が死んだ瞬間を僕たちは見たんだけれど……」

【このダンジョンの主、九尾は戦意喪失により逃亡を図りました。八咫 来瀬は現在、通常の人種とは異なる体質を持ちます。これ以上のプライベートな質問はご本人にお問い合わせください】


 つい先程まで親しく話していたヤタが死んでしまったと思ったら生きており、さらにそのヤタが別の人格によって動いて話しているというこの異様な状況に、マルスたちはどう反応していいのか混乱を隠しきれずにいた。

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