9話目 前半 ダンジョンの主
「ダンジョンの外……?なんで外になんか……まるで外に出て暴れるのが目的みたいじゃねえか?」
「だから『魔王の進行』と呼ばれる所以なのさ。大昔に魔王と呼ばれた者が魔物を使って世界を脅かした時に因んでね」
……逆に言うと大昔はいたのかよ。
よくこういう転生ものって大抵が召喚されて「魔王を倒してくれ」って言われるのが定番だけど、その時代に召喚されなくてよかったよ。
もし俺がその時に召喚されてたら勇者じゃなくて魔王の手下扱いされてたかもしれないな。
……だからといって何も無い森の中に放り出されるのもどうかと思うが。
「指令を出す奴とかいないのか?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「そりゃあ……今までとは違う行動を取る集団がいたら指揮官がいると思った方が自然だろ」
一匹や二匹だったら偶然だったり、そういう理由があるからと結論付けることができるが、数十の単位で集団が纏まった行動を取ったというならそう思った方がいいだろう。
それが魔物で、人間を攻撃するなんていう話なら尚更だ。
それこそ魔物を率いる者――
そこまで考えてゾッとし、マルスたちの顔を見た。
「……まさか」
「……やっぱり君は面白いね。常識に囚われずにその結論を出すなんて……そう、数百年は姿を現していないけど、魔王はまだいると僕たちは考えてる」
「今のところそんな報告はないけどね」
俺とマルスが話してる間にも、その先でやってきていた魔物をルフィスさんが拳でぶちのめしている光景を目にして、どうにもシリアスな雰囲気になれずにいた。
あまりにも逞し過ぎて、魔王とか出てもあの人が一人で倒しちゃうんじゃないかって思えてくるから不思議。
「でも実際、魔王が出てもお前ら二人がいれば大丈夫な気がするんだがな」
「そう言ってくれるのは嬉しいね」
「告白ならいつでも受け付けてるよ!」
マルスはともかく、そんなに大きな声で言ってないはずの俺の言葉に反応するルフィスさんの耳はどうなってるのだろうか。
仮に今、町の連合でルフィスさんが好きかどうかなんて話をしてもこの場にいるこの人に聞こえていそうで怖いでござる。
「そういや俺たちは今どこに向かってるんだ?迷わず進んでるみたいだが」
「ヤタ君たちと別れてから探索してて、このダンジョンの主がいる部屋っぽいところを見付けたんだ」
「ダンジョンはそこの主、ボスを倒しちゃえば閉じるんだ。だから魔王の進行が始まる前に閉じちゃおうってね……よいしょ!」
ルフィスさんが荷物を持ち上げるような掛け声を上げ、彼より体格が大きい魔物を蹴り上げて天井へ体半分を埋めてしまった。ひぇぇ……
「……あれ?それじゃあ俺要らなくね?ボス倒すだけなら二人で事足りるだろ。むしろ足でまといだよ、俺?」
「ハハッ、謙遜しなくていいさ!君は強いし、時間が経つにつれてもっと強くなっていってる!ずっと君を見てた僕の目は誤魔化せないよ!」
凄い良いことを言ってるはずだったのに、最後の言葉で全部台無しだよ。
でも段々強くなっていってるのは当たってる。
捕食でレベルが上がる度にステータスにポイントが加算されていってるはず。この世界に来てから最初にステータスを見て以来から確認してないけど。
それでもアリアの時に女性五人を一度に担げる程度には力が付いているのは確かだ。
それを連合でしか会っていないルフィスさんに見抜かれてしまった。
……正直言うと驚きより引いてしまったのが事実だけれど。
「僕も聞こうと思ったんだ。何をしてそんなに強くなったんだ?今の君ならもう一つ階級を上げてもらえるように頼めるよ」
「お願いだからそれだけはやめてくれ。お前らに推薦されただなんて知られたらやっかみが来るだろーが」
みんな大好きの人気者に贔屓されたとなれば周りの奴らが黙ってないだろう。
俺だけだったら良いかもしれねぇが、多分そうなったらララたちにも迷惑がかかる。ただでさえ彼女たちみたいな可愛い子を連れている時から男どもからの視線が痛いのに、前回グラサンを取った目を晒してから白い目で見られがちなんだ。
これ以上の厄介事は勘弁してほしい。
「もしそんなことしやがってくれたら全員の前でお前に土下座した上で泣き付いてやるからな!」
「斬新な脅しだね……」
マルスは呆れた笑いを浮かべているが、俺は本気だぞ☆
<hr>
道中の戦闘は全てルフィスさんが担当し、ことごとく倒しながら進んだ。ちなみにその魔物の素材は譲ってくれると言われたので遠慮無く貰った。
そして分かれ道もなくなり、マルスの言うボス部屋っぽい大きな声扉の前に到着した。
「……いや、デカ過ぎない?」
大きさ的には二階建ての一軒家くらい。
こんな扉、人間が開けられるわけないだろ……
「大丈夫、扉に手を当てれば勝手に開くから」
マルスがそう言って扉に触ると、ゴゴゴゴと重いものが動く音ともに大きな真ん中から半分に割れて扉が内側に開いた。両開きで自動式かよ。
「……って、見本みたいに言ってっけど、扉を開けたってことはすぐに入るのか?」
「うん。ヤタ君は準備が必要かい?」
そう言ってマルスとルフィスさんが俺を見る。妙な圧力を感じて焦りそうになるからヤメレ。
「少し待っててくれ」
正直にそう言うと俺はフィッカーから短剣を二つ取り出す。
「うん?そっちの短剣はずいぶん珍しいね」
「……本当だ。呪器を使ってるのかい?」
するとルフィスさんとマルスが片方の短剣を見てそう言う。
それは「斬れないから」と言われて安く買った不思議な短剣だ。
しかしそれはマルスの言った通りの呪器……呪われた武器だ。
強力な力と引き換えに持ち主に何らかの悪い影響を与えるというもの。
この短剣の場合は自分を斬りつければその分斬れ味を増すというもの。
「俺の体とは相性が良いらしくてな。愛用してるんだよ」
「ハハッ、ヤタ君の体と相性が良いとは妬けちゃうね!」
武器に嫉妬するなんて初めて聞くんだが。あとルフィスさんが言うと別の意味に聞こえてくるから本当にやめてほしい!
「それじゃあ行くか。俺は基本的に後ろで応援してるから頑張れよ」
「わかったよ。代わりにもし僕たちがピンチになったら助けてもらおうかな」
「お前らがピンチになるような奴相手に俺がどうやって割って入るんだよ……」
マルスと互いに軽口を言い合いながら部屋の中へと入った。
中はドーム状の広い空間となっている。
しかしこれといって何かがあるわけでもなく、ただ広いだけの空間だった。
「……ボスは?」
「いない……?」
「…………」
困惑した俺たちの間に静寂が流れる。
マルスたちでさえ不測の事態だったらしく、警戒していた。
「こういう前例は?」
「ないよ。ダンジョンの最奥には必ず大きな部屋があって、その中にはボスがいるはずなんだ」
マルスは迷わず首を横に振る。
その横でずっと無言だったルフィスさんが構えを解いて前に出る。
「だけど実際、この部屋には何もいないよね?」
「もう誰かがボスを倒したんじゃないか?」
「さっきも言ったけど、ボスを倒したらダンジョンは無くなるんだ」
「だとしたら元々いないとしか……」
――バキッ
「「「っ!?」」」
突然、嫌な音が周囲に響いた。
それはさっき魔物が出てきた時に空間が裂けた時に似た音だった。
そうか、失念していた。
俺たちが相手するボスだって魔物だ。
……その魔物のボスが目の前で生まれたってだけ話だった。
しかし驚くのはそれだけじゃなかった。
「……え?」
「おい、アレが魔物だと?」
「驚いたな、僕も聞いたことがないよ……人型の魔物なんて」
その裂け目から這い出てきたのは赤い髪、赤い眼、そして裸体をした女性だった。
そいつは全身がぬるぬるの液体がべっとりと付いていて、ベチョッと汚い音を立てて地面へと落ちた。
そいつはまるで産まれたての子鹿のように立つことすらできないでいる。
「……なぁ、まさか本当に人間だったりしないか?」
「わからない……でもどの道、あの裂け目から出てきたのは普通じゃないと思う」
「だね。少なくとも今のあの子を攻撃するのは戸惑うな……」
そう思わせるのがあの裂け目から出てきた奴の狙いなのかもしれない。でももし本当にただの人間だったら?
過程はどうあれ、被害者の人間かもしれない以上、下手にこっちから手出しできない。
どうすんだよ、これ……
そう思っていると――
「キィヤァァァァァァァァッ!!」
「「「っ!」」」
一瞬、意識が持っていかれそうになるほどの強烈な叫びが周囲に響いた。