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5話目 前半

 アリアたちを救出した次の日。


「流石マルスさん!あの広い毒沼地帯でアリアさんたちを一瞬で見付けて来ちまうなんて!」

「そうだね、準備も途中で飛び出した時は心配になったけど、どうやら杞憂だったみたいだ」

「あ、あぁ……彼女たちも無事でよかったよ」

「毒沼に行ったのはマルス様も同じなのに心配してあげるなんて優し過ぎですよー!」


 マルスは毛色の濃い冒険者たちに囲まれて賞賛を浴びていた。

 それを遠目に見ている俺たちは掲示板の前で依頼を受けようとしているのだが、レチアが不満そうな表情で掲示板を睨んでいる。


「どした、そんな顔して。なんか変な依頼でもあったのか?」

「おかしなことならあった二。昨晩どっかの誰かさんが不振な挙動をしながらいなくなって、挙句変な臭いをさせながら帰って来た二。なのに何もしてないことになってるのはなんでか二?」


 レチアはそう言ってジト目でマルスを睨んだ後、それを俺に向けてくる。


「さぁな。大方そいつは下水にでも落ちたマヌケだったんだろ」


 適当なことを言って流す。

 本当のところはアリアたちを安全な沼の入口付近まで運んでおき、マルスが来るまで近くで隠れていた。

 そしてマルスが来たところで俺は撤収したというわけだ。

 なんでそうしたかと言われると表現するのは難しいが……そう、誰にでも役割ってのがある。

 例えば俺が素直にアリアたちを町まで運んで助けたとしよう。

 すると周りの反応はどうなる?「なんで見習い程度のあいつが?」となるはずだ。

 そうなると面倒なことが起きるに決まってる。

 デタラメを吐く嘘吐きだと騒ぐ奴も出てくれば、どうやって助けたのかと探ってくる奴も出てくる可能性があるだろう。

 どちらも俺にとって厄介でしかない。

 なら取る方法は一つ。その手柄を誰かさんに譲ればいい。

 そうすれば俺は沼に行って強くなれた。誰かさんはみんなからもてはやされる。

 これでみんな幸せ。めでたしめでたしってわけだ。


「……ヤタはもうちょっと欲張ってもいいと思う二」

「何言ってんだ、俺ほど平和と平穏を欲張ってる男はそうそういないぞ」

「欲張り方がおかしい……」


 ララが横でボソッと呟く。

 欲は欲だ、おかしいもかかしもないはずだ。

 そんなことを思っていると、誰かが俺の横に立つ。

 妙にサラサラしたこのブロンド髪とポヨンと視覚に入ってくる柔らかそうな双丘には見覚えがある。


「……いいんですか、マルスのとこに行かなくて」

「もういいですわ。ライバルだなんだと言い張るのはやめにします。そのせいでやっかみを受けて結果的に仲間を危険に晒してしまいましたので……」


 アリアはそう言うと表情を暗くする。

 彼女の言葉の意味は恐らく、昨日の依頼を受けてしまったことを言ってるのではなく、その依頼を渡した受付の彼女のことを言っているのだろう。

 普段は低い階級の依頼はこうやって掲示板に貼られているが、アリアたちのような高い階級を持つ奴らは受付の人から提示してもらって受けることができるようだ。

 しかし今回はそれが仇となった。

 昨日、受付にいた女性は「間違えて」と言ったが、実際はマルスと親しく接するアリアのことを妬んでわざと高難易度の依頼を渡したらしい。

 そんな彼女はさっき解雇されたと聞いた。まぁ、当然だわな。

 しかしアリアを妬んでいたのはその女性だけでなく、冒険者やマルスと接点のあった女性全般だそうだ。

 アリアじゃないが、マルスに近付いた女性が刃傷沙汰に遭ったらしい。彼女は冒険者としての階級が高いからそういう話はないらしいが……

 やはり嫉妬っていうのはやっぱり男女関係なく怖いもんだ。


「それでそのお仲間は?」

「……解散しましたの」

「そうか、解散したのか……は?解散しましたの!?」


 驚いた拍子に彼女の口癖が移ってしまった。

 いや、それよりも解散って……?


「そもそもの発端は、ワタクシたちがこの町で一番階級が高かったのに、そこへマルスさんたちがやって来て周囲の視線がワタクシから彼らに移ってしまい、それに嫉妬して因縁を付けてしまったのが原因なんです。それにあの子たちを付き合わせてしまいました……」

「だからって解散する理由になるのか?んなもん、適当にごめんなさいして関わらなきゃいいだろうに……」

「そんな簡単な話ではありませんわ。一度関わってしまえば関係を断ち切るのは難しいですし、きっと今回の騒動で彼を慕う者から行動を起こされるかもしれません。手遅れになる前にこの町を去ることにしますわ。あの子たちにもすでに話は付けてありますので」

「決心は固いわけか。ま、ほぼ他人の俺がそこまで口を出せる内容でもないし、そう決めたってんならそれでいいんじゃねーの?」

「えぇ。それと、ありがとうございました」

「……え?何が?」


 突然のお礼の言葉に聞き返した。

 心当たりがあるとしたら昨日助けたことだが、あの時は意識が朦朧としていて俺が助けたとはわからなかったはずだ。だから俺はとぼけておく。


「魔物に襲われて諦めかけた時、あなたが説いてくれた友人がどんなものかについてを話してくれたことを思い出してワタクシは奮い立てました」


 ……そっち?

 たしかに話したけれども……そんな重要な内容じゃなかった気がするんだが。


「俺は特別なことは言ってないぞ?」

「いいえ、ワタクシにとっては特別なものになりました。もしあの時諦めていれば誰かが……もしくは全滅していたことでしょう。だからあなたのおかげでしてよ」


 そう言って俺の顔を見るアリアの表情は、思わず顔が赤くなってしまうほど穏やかで綺麗な笑みを浮かべていた。


「……おう」

「それだけですか?」


 顔を逸らして短く返事をした俺をクスッと笑うアリア。

 俺が気の利いた返しをするとでも思っていたら大間違いだぞ。


「それから昨日の恩はちゃんと返させていただきますから」

「あぁん?だからなんであんなどうでもいい屁理屈一つでそこまで……」

「そちらではなく、その後のことですわ」


 その後……?と何のことか考え、すぐに理解した。

 まさか……


「お前、あの時意識が……!?」

「ふふっ、殿方からのファーストキスが首筋というのはあまり聞いたことがありませんが、今も思い出すとあれも中々胸踊りますわね♪」


 うわぁぁぁぁっ!?

 意識が朦朧としてるから大丈夫だろうって油断してたらこのザマかよぉぉぉぉ!!

 あまりの恥ずかしさに俺は崩れるようにして手と膝を地面に付いて沈んだ。


「首筋にキスって……おみゃーは一体何やってる二か……」


 後ろでレチアも呆れた様子で俺を見下している。

 くそぅ、俺はそっちの業界の人間じゃないから、こんなシュチュエーションは全然ご褒美じゃないんだからね!

 すると沈んでる俺の目の前に封がされた手紙のようなものが落とされた。


「もしその住所の近くに寄ることがあれば顔を出してくださる?命を助けていただいたお礼ということで、おもてなしして差し上げますわ。その時には……あの魔物を一瞬で消し去った技のこともぜひ聞かせていただきますわ」


 アリアはそう言ってフッと笑う。アレも見られてたのかよ……


「ではご機嫌よう」


 俺は沈んだ体勢から座り直し、アリアの背中を見送る。

 周囲からは嫉妬や嫌悪が混じった女性からの視線を受けながらも、彼女は臆することなく堂々と去って行ってしまった。

 なんだろう、潔くて凄く格好良く見えてしまうのだが。

 というか、女子はいいだろうが男子諸君はあの美女軍団がいなくなったのだと知ったら、相当ショックを受けてやる気が無くなるんじゃないかと思う。

 まぁ、俺には関係ない話だな。

 俺はその手紙の中身も確認せず、フィッカーの中へ入れて立ち上がり、掲示板の依頼を改めて確認した。

 ……あっ、そういえばそろそろ給料貰えるんじゃね?

 まさか今月働いた分は来月に支払われるとか言わないよな……明日にでも確認するか。

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