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2話目 前半 交渉

 チェスターのモルモットになったその当日、早速事件が起きた。


「さて……ヤタ君、と言ったかなぁ?」

「はい」

「君の体からサンプル用に血液を採取させてもらったのだがぁ……これは何かね?」


 チェスターはその採取した血液を入れた試験管を見せ付けてきた。


「わぁお、綺麗な赤黒い血。糖尿病とか心配してたけど、俺って健康だった?」

「どうでしょう?これを健康だと言うのなら、私は医者には向いてないということになりますが……あなたの体は一体どうなっているのか聞いてもよろしいでしょうか?」


 ふざけて誤魔化そうとしてみたが、チェスターは疑いの眼差しを向けてくる。

 またバレちまったか……

 内容はともかくようやく報酬のいい仕事を請け負ったってのに、俺が普通の人間じゃないと知られたら、依頼を破棄されるどころか騒がれてまた俺が討伐対象になっちまう……


「それは……」

「こういうのは先に言ってもらわないと困ります!」


 ……ん?


「え、今なんて?」

「あなたの体は普通の人とは違うのです!その様子だと自覚していたのでしょう?ならばそれを先に言ってもらわねば、薬を服用させた結果が理論と異なってしまうではありませんか!」


 よくわからない方向に憤慨するチェスター。

 俺がただの人間じゃないことよりも、実験結果が違ってくるのを気にするらしい。こいつはマッドサイエンティストなところがあるが、こういうところはありがたいかもしれない。


「……まぁ、それはそれとしてだ。君の体にも俄然興味が湧いてきたのですがねぇ……?」


 そう言って歪んだ笑みで俺を見るチェスター。そして俺は、まるで蛇に睨まれたカエルのようになっていた。


――――


「ふむふむなるほど、謎の施設で出会ったリビングデッドに噛まれて人間としての体質が変異したと……」


 俺は体の変化した経緯をある程度省いて彼に話した。

 チェスターは恐れるでも面白がるでもなく、真剣に俺の話を聞いてくれる。

 しかし次第に彼の表情が歪んでいく。


「……では予定変更です」

「えっと……何に?」


 チェスターの歪んだ笑いを見て嫌な予感がする。


「何って決まってるじゃないですかぁ……元々依頼内容は私の実験に付き合ってもらうと言いましたが、その実験内容をあなたの身体検査としましょう!」


 嫌な予感は恐らく的中。

 「身体検査」なんて学生が嫌がりそうな言い方をしているが、こいつが言っている意味は多分、俺の体を解剖して原理とかを調べようって意味なのだろう。

 そんなのモルモットより酷いんじゃないか?

 冗談じゃない――と言いたいところだが、その提案に乗ってやってもいいかもしれない。


「さっき、報酬の上乗せもアリって言ったよな?」

「ん?えぇ、相当おかしな金額でなければの話ですが」

「ならその上乗せを条件にしてくれるなら、俺の体を調べてくれていい」


 承諾とも取れる俺の返答に、チェスターは今までよりも純粋な笑顔になった。

 しかし彼はすぐに咳払いをし、期待に満ちた顔を隠した。


「その条件の上乗せ、少し相談できるでしょうか?」

「相談?」


 意外と簡単に頷かなかったことに内心驚きつつ聞き返す。


「やっぱりさっきの値段は高過ぎたってことか?」

「いえいえ、金額自体は問題ではありません。しかしだからと言って、無闇に私の独断でライアン殿の財産を上乗せすることはできませんので。なのでまずはこちらから別の報酬を用意しようかと」


 別の?


「金じゃなく物とかってことか?」

「あるいは情報……あなたの話を聞いていると、どうやらあなた自身がその体のことをわかっていないようじゃありませんか?ではその体を調べ、これからどのように生きていけばいいかなど有益に活動できるようサポートをして差し上げます。もちろん先程提示した金額はそのままでね?」


 チェスターは目を細め、試すような視線でこちらを見てくる。

 ここで頷いたら損をしてしまいそうな気がするのは何故だろう?

 まぁ、どうせ「相談」なのだから、もう少し交渉してもいいだろう。


「ある程度は自分で理解してるから、上乗せの減額はともかく代わりにはならないぞ」


 俺が反論するとは思わなかったのか、チェスターは目を見開いて驚いていた。


「ヒ……ヒヒヒッ!その若さで何とも図太い性格をしていますねぇ……いや、その年齢も体質によって変化しているんですかねぇ?何にせよ、あなたを調べるのが楽しみですねぇ……イーッヒッヒッヒッヒ!」


 何も無い天井に向かって高笑いをするチェスター。

 楽しそうで何よりです。俺からすると恐怖しか感じないけど。

 にしても当たらずとも遠からずな発言するな、この人は……


「ヒヒ……ま、そこは研究結果次第でライアン殿と相談ですな。場合によっては君の体質がこの世界の助けにでもなれば、それこそ報酬の上乗せは提示した金額の比にならないかもしれませんしねぇ?」

「そんな大袈裟な……」


 そう、「世界の助け」になるなんて流石にないだろう。

 しかし俺の体質は下手をすれば世界を変えてしまう可能性があることはたしかだ。

 良い方向にもだろうけど、圧倒的に悪用しようとする奴が多いだろう。

 そう考えると、目の前にいるこいつも怪しく見えてきた。


「……なぁ」

「はい?」

「あんたは俺の力を解析してどうするつもりだ?」


 牽制をするつもりで睨んでそう言ったのだが、チェスターは怯む様子など微塵もなく答えた。


「後のことは知りませんよ」


 えぇ……

 斜め上の拍子抜けした答えに、俺は一気に気が抜けてしまった。


「知らないって……」

「私の役目はあくまで解剖解析分析。どう流用するかまでは研究の一環として徹底的に調べますが、万が一この世界を支配できるものがあったとしても使う気はサラサラありませんねぇ……」


 チェスターはそこで鬱陶しそうに大きく溜息を吐く。


「私がこうやってライアン殿のところで一人研究をしているのは、そんな価値観の合わない他の研究者たちから逃げたからです。そこでライアン殿に拾っていただいたわけですが……まぁ、その辺りはいいでしょう」


 ライアンさんは色んな事情を抱えた奴らを集めたと言っていたが、こいつもそうだったのか。


「何にせよ、あなたが思うような悪用などしないのでそこは安心してください」

「お、おう……」


 見透かされているかのような言い方に少し戸惑ってしまう。

 完全に信用したわけじゃないが、ある程度事情も話してしまったことだし、少しくらいならこいつに身を任せてもいい……のか?


「で?」

「でって?」

「私は答えました、あとはあなたの返事待ちですよ!」


 「早くYESと答えろ」と言わんばかりに目を輝かせて期待に満ち溢れた顔で急かしてくるチェスター。


「わかったよ。俺は金が貰えるならそれでいいからな」

「では契約成立ということで!ヒヒヒッ、これから楽しみですねぇ……」


 怪しく不気味に笑うチェスターを見て、やっぱり信じない方がいいんじゃなかろうかなんて思ってしまうのだった。


――――


 俺はチェスターと別れた後、この町で泊まっている宿屋へ戻った。

 ガチャッと自室の扉を開くと真っ先にイクナが勢いよく飛び付いてくる。


「ア!」

「おぉ、どうした?」


 俺はそのダイブを受け止め、イクナの頭を撫でる。

 イクナが気持ち良さそうに撫でている手に頭を擦り付けていると、彼女の後ろから黒猫を肩に乗せたレチアがやってきた。


「依頼は終わらせてきたにゃ?」


 誰もいない部屋では語尾を「にゃ」と猫化させて話すレチア。

 そしてプルンと揺れる彼女の大きな胸に目がいってしまうのは男の性である……


「終わり、というか継続的な感じで続くことになった。しかもかなりの額を貰えるらしい」

「えっ、それって……?」


 レチアが驚いた表情で俺の顔を見てくる。


「まぁ、いつまで続くかわからねえし、安定とまではいかないかもしれないが……とりあえずちゃんとした収入源をゲットだ」

「やったじゃにゃいか!いくら依頼をいくつも掛け持ちしてても厳しかったからにゃあ……その日暮しの生活とはオサラバだにゃ?」


 嬉しそうに言うレチアだが、俺はそれに首を横に振って否定する。


「たしかにまとまった金はいくらか入るが、贅沢な暮らしはまだできねえよ」

「な、なんでにゃ?装備だってまだ使えるし、そんな大きな出費をする予定にゃんて――あっ……」


 困惑していたレチアだったが、俺が何にその大金を当てようとしているのかすぐに思い当たったようだ。


「そうだ、俺たち……正確にはお前を買い取った俺には借金がある。月々に一定の料金さえ払っていれば問題ないが、どうせ払えるんならできる限り払っちまおうってことだよ」

「ご、ごめんにゃ……」


 途端に落ち込んでしまったレチア。

 彼女を見て俺は苦笑する。


「謝るなって、俺は別に後悔はしてないから」

「……ヤタはお人好し過ぎるにゃ」


 レチアもまた苦笑して溜息を零す。

 たしかに。

 人を助けるため……しかも仕方がないとはいえ、自分を貶めた奴を借金を負ってまで助けるなんて普通はしないだろうな。


「……にゃははははは」

「ははっ……」


 俺たちの間では不思議な空気になり、お互い自然と笑いが込み上げてきた。

 間で俺の腰に抱き着いているイクナは、そんな俺たちを交互に見て一緒に笑い始める。

 別の世界に飛ばされ、人間の体じゃなくなり、そして借金まで抱えてしまったが、こうやって一緒にいてくれる仲間がいるってだけで俺は今少しだけ幸せを感じられた。

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